セオドアとライラさんの過去
「まずは、謝らせてほしいの。出会って早々、失礼なことを言ってしまって申し訳なかったわ」
「そんな、顔を上げてください!縁もゆかりもない私なんかがいきなり城に来て、驚いたでしょうから…」
ライラさんは自身の部屋に着くなり謝罪をして頭を下げた。
セオドアを巡って、良い印象を持たれていないと思っていたのでこれには驚きだ。
顔を上げてもらうように何とか説得してようやくライラさんは顔を上げ、対面の椅子に座るように案内してくれた。
「本当は、昔から気付いていましたの。王子…セオドアは私のことを愛していないのだと」
「え…」
私が何も言えないでいると、ライラさんは落ち着いた様子で、過去の記憶を辿るように話してくれた。
「王子とは幼馴染で、出会ってから日に日に殿下のことが好きになっていきました。私を含め、同じ年代の人魚が成人する頃、セオドアだけが恋の概念が分からず、成人できずに取り残されていました。セオドアがその事でふさぎ込んでいた時、『何があっても、私はずっと傍にいるわ』と話したんです。まだ幼い私にしては、精一杯の勇気を振り絞った告白でした」
私が出会った頃のセオドアは、まだ子供だった。
成長できずに悩む、そんな過去がセオドアにもあったのだと思うと、胸が痛い。
そして、過去を懐かしみながらもどこか苦しい表情のライラさんを見ると、本気でセオドアのことが好きだったのだと感じさせられた。
「でも、結局王子は成長せずそのまま。私のことを愛することはなかった。そして月日が流れ、こっそり地上に行ってきたという王子は、物思いにふけることが多くなりました。そうかと思えば、休む間もなく、勉学や鍛錬に勤しむようになり、彼の何かが変わったと悟りました。次第に王子は成長し、周囲から『結婚する時期じゃないか』と騒がれた時には、『自分には好きな相手がいる』と断っていました。そしてその意中の相手が急に現れて…巫女として、あるまじき態度を取ってしまって、恥ずかしく思っています」
「そうだったんですね…」
アンセルさんが冗談交じりで話していたことはやはり真実だったようだ。
私がライラさんになんて声をかけようか悩んでいると、ライラさんは優しく微笑んだ。
「私は今後、王子を巫女としてお支えしたいと思っています。帰還した兵から、殿下を守ろうと貴方様が力を発揮したと伺っています。今まで聞いたことが無い魔法の種類です。参考になるかは定かではありませんが、古い文献も神殿にそろっていますので、魔法の使い方の訓練など、何か貴方様の力になりたいのです」
「それは助かります!今まで全然魔法が使えなかったので、自分の意志で自由に扱えるようになりたいんです」
私がわくわくしながら喜んでいると、ライラさんもうれしそうだ。
「どうか、今後はライラと呼んでくださいませ」
「それなら私のことは茜って呼んでください」
私はライラさんと握手した。
話がまとまったところで、ライラさんがふと思い出したように質問してきた。
「ところで先ほど、『場所を変えたい』と言っていましたが、何かあったのですか?」
何と言えばいいか難しかったが、リアムさんが黒い装束の人魚と話していたこと、何やらセオドアが無事で残念そうだったこと、もしかしてリアムさんが私をさらった黒幕だったのかなという憶測も話した。
ライラさんはしばらく考え込んでいたが、「まだ断定できませんね」と言った。
「黒幕の可能性は高いですが、まだこれだけでは充分な証拠ではありません。そして、リアム王子は独自の私兵を持っています。影で動かれたら証拠はつかめません」
「それじゃ今のところ用心するしかないですね…」
一難去ってまた一難というところか。
この騒動だけで終わりにならないかもしれない、という不安だけが残った。
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