触らぬ神に祟りなし
目が覚めると木製の床が見えた。
腕が縛られており、縄の先を見ると柱にキツめに縛られている。
既に起きていることを悟られないよう、目線だけ動かす。
どうやら廃船に連れ込まれていたようだ。
少し先にならず者の人魚たちが見えたけど、「これで借りがチャラだ」とか「負けた…」などという声が聞こえてきたため、賭け事で時間をつぶしていてあまり私に注意を払っていない。
私が目覚めたことも全然気づいていないようだ。
「結構時間が経つけどあの人間、全然人魚から人間に戻らないな」
「まさか俺等が知らないだけで、かなりの重要人物だったんじゃ…」
「だが、一人で出歩いて罠にひっかかったんだぞ?護衛がいないなら、案外そんな大した奴じゃないだろ。呼吸ができなくなれば、人間用の檻に入れっぱなしにできるんだかな。そうすりゃ見張りも要らない。明日には人間になるだろ」
どうやら私が呼吸できなくなるのを待っていたようだ。
だけど、私は無制限に人魚に変身できるようにセオドアに魔法をかけてもらったから、時間経過で人間に戻ることはない。
油断している今こそ何とかしなくちゃと思っていた矢先、ドンと鈍い音と強い振動を感じた。
先ほどまで賭け事をしていたならず者たちは明らかに驚いていており、ざわついていた。
「な、何が起こったんだ!?」
「こんな辺鄙な場所がバレるはずないのに!」
するとこちらの部屋に急いできたならず者が、焦った様子で状況を伝えてきた。
「大変だ!王国にこの女を誘拐したことがバレて、攻撃を仕掛けられてる!」
これには私も驚いた。
私がいなくなって、数時間しか経っていないのに場所まですぐにわかるものだろうか?
すると、ならず者のリーダー格で眼帯を着けた男の人魚が、私の胸元のネックレスをいきなりつかんだ。
突然のことで声も出ないでいると、眼帯の男はルーペのような物でネックレスを品定めした。
そして何かに気付いたようで、ネックレスをにらみ付けて舌打ちをした。
「魔力痕がある。てめぇら、所持品は何も調べなかったな」
「お頭、こんなネックレスにどんな魔法がかかってたんですか?」
「バカ野郎!このネックレスが、ネックレスの所持者の位置を知らせてたんだよ!普通の娘に見えても侮るなとあれほど言ってたのによ」
「すみませんお頭…この女を捕まえた時も全く魔法を使わなかったんで、魔法が使えない女だと思ったもんで…」
「付呪の道具を持ってることも考えろ。しかしこんな物を持ってるってことは俺達が思う以上に大事にされてんのかもな」
ネックレスで位置がわかる?
つまり現実世界で言うとGPSということか。
セオドアが私にプレゼントした物って、ただの綺麗なネックレスってわけじゃなくて、どんな場所にいるかバレバレな物だったんだ…
でも今回はそのおかげで探してくれたんだし、今は感謝しないと!
眼帯の男が私を乱暴に起こし、他の場所に移動させようとした瞬間のことだった。
前方に見える木製の壁が大きな水流の渦によって、バキ、という大きな音と共にこれまた大きな穴が空いた。
渦の威力が凄まじく、飛ばされないでいるのがやっとだったけど、目をそっと開くと、目の前には白銀の甲冑で武装したセオドアがいた。
渦に巻き込まれたのか、セオドアの足下には先程まで眼帯の男と話していた部下たちが転がっている。
転がっていないのは私と眼帯の男だけだ。
「さあ、アカネを返してもらおう」
触らぬ神に祟りなし、とはこのことだろうか。
あれだけ優しくて誠実なセオドアと同一人物とは思えない。
海の全てがセオドアに味方している。
彼と敵対するということは、海の生物にとっては生きていくことが難しくなるのかもしれないと感じた。
本当は畏れを抱くべきなのだろう。
でも私がその時感じたのは、セオドアが真っ先に助けに来てくれて本当にうれしいという感情だった。
セオドアの後ろの空洞の先の遥か彼方の海に、近衛兵らしき集団が急いでこちらに向かっているのが見えた。
セオドアはかなり急いで駆けつけてくれたのだろう。
近衛隊長のアンセルさんが「やれやれ王子ときたら…」と言っているだろうなと想像できた。
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