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6/11

5:25 PM

「今日は来てくれてありがと! それじゃあ、また明日ね」


 勝利を確信した俺はもう祝杯ムードであり、脳内では既に凱旋パレードでも開こうかと言った具合である。なので繕ってない本心からの笑顔で晴樹を見送ることが出来るのだ。


「ああ、また明日ーーーーーー」


 ドゴォッ!!!!


「ひっ!?!?」


「なんだ、今の音は……?」


 突然の轟音に若干ふわふわしてた俺は、不意を食らって短い悲鳴を漏らしてしまう。

 音の発信源は玄関だろうか。拳大の石か何かを壁に叩きつけたような大きな音。まるで晴樹の言葉を遮るかの如く発生した音の正体を探ろうと後ろを振り返ると、玄関の扉がゆっくりと開いて行く。


「いった〜〜〜〜、頭ぶつけちゃった」


 家の中から現れたのは、額を押さえながらやや涙目になっている海実だった。服装も先程までの部屋着でなく、コンビニに出かけられる程度に整ったモノへ着替えている。

 俺より地味というか控えめな辺り、やはり他人に見せる部屋着としてはあっちの方が正しいのだろう。さて、海実は何かに足を引っ掛けて頭をぶつけるようなおっちょこちょいではないだろう、どうしてそんなことになったのか。

 そんな思考のまま訝しげに海実を見ていると涙を滲ませている目とこちらの目が合う。


(あ、やべぇ……)


 こちらを射殺すかのような眼力で睨んでいた。もし視線に物理的な干渉力が備わっていたならば俺の顔には二つの風穴が空いているだろう。

 俺は知らずのうちに海実の逆鱗に触れてしまったらしい。でなければ先程の数年ぶりに味わった和やか空気から一変して、こんな通常運転時よりも殺意増し増しな視線を向けられないはずだ。

 確認のため少し振り返り一瞬だけ晴樹へと視線を移す。向こうに変化はない。困惑気味ではあるが怯えたり、ギョッとしている様ではなかった。

 どうやら海実は晴樹と自分の対角線状に並ぶ様配置して俺だけに怒りが伝わるようにしているようだ。

 つまり不興を買ったのは確実に俺個人ということになる。

 てか、よく見ると額を抑えている指の付け根付近が赤くなっていないか? もしかすると頭をぶつけたのではなくその拳で殴りつけたというのか。

 ヤベェよ……ヤベェよ……

 あの衝撃音だ。とてつもない怒りが込められているだろう。

 背中からじわり、と冷たい汗が浮かび始める。後のことを想像して自分の顔から血の気が引くのを感じた。


「天の妹さんであってるよな。おでこ大丈夫か?」

「あっ、はい。大丈夫です」


 海実の怒りオーラが瞬時に霧散する。目の前に居たはずの鬼は華やぐ笑顔がよく似合う少女へと姿を変えていた。どうやら、この状況を分かっていないだろう晴樹が動き出したようだ。

 気付けば俺の横に並ぶように移動した晴樹は海実に軽い会釈をする。

 対する海実も家での不機嫌状態からは想像のつかない外行き社交的モードで対応し始めた。

 海実は会釈を返すと額に当てていた手を下ろす。やはりというか、指の付け根と比較して額が赤くなっている様子はない。あれは海実が拳で殴って出した音で間違いないようだ。

 二人は初対面ということもあり、当たり障りのない挨拶をしているようだが今の俺には会話の内容がまったく頭に入らない。

 晴樹には分からないようだが俺には海実が静かな怒りを燃やしているのが分かる。心臓が止まりそうだと錯覚を起こさせる眼力は抑えたが雰囲気が、笑っているようで笑っていない目がこちらに向けられる度語りかけてくる。


 ニゲルナ


(た、たすけて……)


 その恐怖のあまり横に並んだ晴樹の服の袖をつい摘んでしまう。本当ならコイツの背中に隠れて盾にしたい気分だ。なんなら生贄となるように羽交い締めにして前に突き出したい。

 ただ、海実に対してあまりにも大袈裟なリアクションは悪手。態々向こうが本性を隠しているにも関わらずバラしてしまうのは余計に不興を買う。こうして何とかちんまりとしたリアクションで留めることが出来た自分を褒めてあげたい。


 ……理由は不明だが心なしか海実の怒りオーラが小さくなった気がする。


「メロンなんて特別なものをいただいて、うちの家族だけで食べるなんてとんでもないですよ! 上がっていってください。切り分けるので家で食べませんか?」

「え……? ええええ!?」


 やっと二人の間で交わされている会話を聞ける程度には落ち着きを取り戻したが、いきなり聞き捨てならない言葉を耳が捉える。

 家にあげるだと? そんなことをすれば家にある物からヒントを与えてしまうし、何より一緒にいる時間が増えてしまうじゃないか。比例してボロを出してしまう確率も増えるわけでメリットがあまりにもない。


「いいよね、お姉ちゃん?」

「いやぁ、その……」


 海実がズイ、と一歩踏み出し近づいてくる。物理的な距離が縮まるとともに心へのしかかってくるプレッシャーも増した。

 袋を持っている方の手首を軽い力で掴まれる。確かに軽い力なのだが、まるで硬く冷たい強固な錠を嵌められたような気分だ。

 だが、しかし負けてなるものか。ここで晴樹を家にあげるのは避けねばならない。例えこの後、妹と争うことになろうとも!


「 い い よ ね ? 」


「……はい」


 戦意喪失。物の見事な即落ち2コマを披露してしまった。

 そして海実に手を引かれるまま家の中へと誘われて行く。


(いや、力強っ!?)


 思ってたより力を込めて引っ張られている。なんだこれ、どうしてそんなにキレてるんだ。絶賛困惑の中、ボソリと小さく海実は呟いた。


「女として見て貰うのにたかが5分で満足してんなよ……」


 その低い声にゾッとして血の気が引いた。

 これは不味いことになったぞ。そこまで深い意味はなかったってのに、海実からは思ってた以上に重く捉えているらしい。あーどうしてこうも上手くいかないんだよ……。

 しかし、ここで悩もうが晴樹は待ってくれない。そして自分を守るための手段はただ一つ、このまま理想の女の子の擬態を続けて乗り切るしかないのだ。

 精神的に一歩一歩重く感じる足取りだが、ゆっくりなのは慎み深い落ち着いた性格だから。そういった印象になるよう表情を繕う。妹の強引さに振り回されつつも、それが嫌ではなく逆に嬉しいという面倒見の良い姉の顔をするんだ。

 そして、やましい事は何もなく家へあげることに躊躇いはないんだと態度で示す。腕を引っ張られてる影響で身体の向きは変えられない。だから顔だけを晴樹に向けた。


「ということだから、晴樹も家に上がってってよ。ね?」


 晴樹をリベングに招くとメロンを持った俺は早速キッチンへと向かう。海実は部屋に用があると言って二階へ上がっていったが、今の俺たちを一対一にするんじゃない。

 じゃあ何で玄関に居たのかとか、若干晴樹も不思議そうにしてるじゃねーか。どうせ聞き耳立ててたとかだろうけど……


「それじゃあ切ってくるから、座って待っててね」

「ああ、突然来てなんか悪いな」

「いいよ、気にしなくて。お客さんに最低限のおもてなしはしなくちゃダメでしょ?」


 先程料理で使って洗ったばかりの包丁を水切りカゴから取り出す。袖をまくり手を洗いながら、やれやれといった感じに小さく息を吐いてしまった。

 メロン持ってきたぐらいだし、おもてなしした方が良いという気持ちも多少は本音が混ざってる。なのでメロン分は歓迎してやろう。家に居て良いのはメロン分の時間だけだからな。

 さっさと切るから、さっさと食って、さっさと帰ってくれ。それで今日はおしまい。

 帰ったと思ったら「忘れ物した」って不意をつく感じにUターンして来るのだけはマジでやめろよな? 素に戻ってるところを目撃されたら終わる。


「ていうかお前が切るんだな」

「家の中でお母さんの次に慣れてるのは私だからね」

「へぇー、怪我しないようにな」


 お前が思ってる以上に俺は家事に慣れている。メロンを切るぐらいで怪我しないっての。ということでヘタ部分を切り落とすのだが、手応え的にこのメロンはまだ完熟してなく固そうだ。少々力がいるか?


「ふっ!」


 おお、固ってぇな。 力んで思わず声が出てしまった。しかし、確かに固いが切れない程でもない。もう一息力を込めてメロンを縦に真っ二つに割いた。

 思ってたより重労働になりそうだな。今度は横にして気合を入れてもう一発。


「よっ!」


 ズドン、と言った感じにメロンを割った包丁がまな板を叩く。今度は何とか一息で切断出来た。そのままの要領で8等分に切り分けていくと、終わった頃には額に薄っすらと汗をかいていた。

 切り分けたので向こうに持っていくために食器を取り出す。しかしその途中、この青いメロンをそのまま食べるのはどうかという考えが浮かび上がってきた。どうせならおいしく食べたいよなぁ。

 急遽工程を増やすことに決めた。切り分けたメロンを皿の上に乗せ、ラップをかけた後電子レンジへと投入。30秒程加熱する。

 キウイを甘くするのと同じで熟してないメロンもレンジで温めると良いらしい。

 あったかいメロンを食べるつもりはないのでそのまま冷蔵庫へ入れる。あとは軽く時間を置くだけか。

 包丁を水でサッと流したあと、一旦落ち着くためリビングに向かう。

 晴樹は考え事をしているのかソファに座っているだけで何もせず大人しく待っていた。俺もどっこいしょとソファに腰をかける。メロン切っただけなのに思ったより疲れているようだ。


(っと、危ねぇ)


 思い切りガニ股で座ってしまったのに気付いて足を閉じる。ここで変に慌てると不自然に映るため、なるべく自然でスムーズな動きを意識する。

 それにソファに座った際に座席の布地が太ももに触れるのが落ち着かない。これは男の時はズボンを履いていたために味わったことのない感覚だった。

 まぁ、この問題は座っているうちに肌が布に馴染むだろうしここは気にした素振りを見せないことに徹しよう。もしこれが革材質なら蒸れるところだったがウチのソファはファブリック材質だ。そういう点は気にしなくて良い。

 晴樹の方にチラリと視線を向けるが特に気にしている様子はない。一安心だ。


「あれ、切ってたメロンは?」


 俺が手ぶらなのを見てメロンの所在が気になったのだろう。先程まで俺が固いメロンを苦労しながら切ってたのを知っているので、その疑問ももっともだな。


「固そうだったからレンジで温めて追熟させたよ。冷やすから食べるまで少し時間がかかるかな」

「追熟? 何それ」


 家事をしないとそのぐらいのことも知らないのか。晴樹には大体のことで負け越しているので、家事においては自分が優位に立っていることが分かり少し優越感に浸る。家庭的な男はモテるんだぜ?

 そんな感じに心の中でしっかりとマウントを取りつつ、しょうがないので優しく教えることにした。


「固いキウイをレンジでチンすると柔らかくなるのと同じで」

「え、なんだって?」


 俺の言葉に被せるように聞き返してくる。この声帯の発音にまだ慣れてないのか声が小さかったかな。心が広いのでもう一度最初から言ってやろう。


「その、固いキウイをレンジでチンすると柔らかくなるのと同じで」

「ん? よく聴き取れないんだけど」


 なんだ、またダメか? しょうがないので今度は聞き取りやすさを意識してもう一度言う。


「えっと、固いキウイを、レンジでチンすると」

「ごめんもう一回」


 難聴系主人公かお前は。要点を抑えてしっかり発音しよう。もう一度。 


「固い、キウイを、レンジで、チン」

「ワンモア」

「ふっ……」


 意図に気付いてちょっと吹き出しそうになる。というか吹きかけたので慌てて顔を俯く。




 コイツ、俺にチンチン言わせたいだけだろ?




 いや、気持ちは分かる。今の俺どっからどう見ても美少女だもん。透き通るような綺麗な声してるもの。そんな美少女の綺麗な声音で下ネタを拝聴したいってのはスゲー分かる。誰だってそうするし、俺だってそうする。けど、今はやめてくれ。

 今の俺の状態でそのネタを笑うことは出来ないんだよ。だって清楚な女の子を演じてるから。

 清楚が服着たような娘は下ネタなんて振られたら顔を赤くして俯くような初心な心の持ち主なんだ。だから俺は笑ってはいけない。

 コイツはこの小学生男子が喜ぶような下ネタを振り、それに俺が引っかかって笑うのを待っているんだ。そう、鬼畜な罠である。俺が尻尾を出すように罠にかけているんだ。そんな手に乗ってなるものか。


 ……ふふっ、しかし、笑いを我慢するというのは案外ツライ。それは笑うと罰でケツをシバかれるバラエティ番組を見ているとよく分かる。さらに笑ってはいけないという心理的バイアスがかかると余計に難易度が高くなる。ふ……


 ……チンチンって


 ……くだらねぇ




 ふっ、くくくっ、チンチン……っ


 ああーーーー! こんなクソみたいな下ネタなのにツボに入っちまった!

 てか清楚って素の俺との相性悪過ぎだろ! キャラセレクト間違えたか!? Bボタン押させろ、早く戻させろ、連打だ連打だ。

 え、ダメ? 決定ボタン1度押したら選び直せないとかス○Ⅱか? スー○ァミとか何年前のゲーム機だと思ってんだ? 現代のスタイルに合わせろよ!!

 これなら初めから女だったけど男友達みたいなノリで接してくる距離勘が近いキャラにすれば良かったか? そしたらこんなことで悩みはしなかっただろうに。

 ああああああ、いつもみたいにくだらん下ネタで笑いてえええええ!!

 くだらねえって笑いながらツッコミてえええええ!!


 ……

 …………

 ………………


 多分顔真っ赤だこれ。だって涙が滲んできたもの。

 やっと笑いの波が落ち着いて冷静になることが出来たがどうなんだろう。

 咄嗟に俯いて顔を見せることはなかったが、ここからの軌道修正は可能か? 今コイツから俺はどう写っている。


 下ネタで笑いを堪えてた頭小学生で中身が男のTS娘か?

 それとも下ネタを恥ずかしがって俯く清楚な女の子か?


 ええい、悩むな。後者で貫くしかないだろ!

 このまま笑ってないことを前提に物事を運ぼう。

 俯いている顔を少しだけ上げる。そして、その涙を滲ませた双眸で抗議をするように視線を向ける。しかし、恥ずかしさで目を合わせ難いため合う度に逸らすという下ネタが苦手な初心な少女を演出する。

 それにより笑いを堪えたあとの血が昇った顔は、まるで羞恥に染まったように見え方が変わるだろう。

 顔真っ赤にして涙目で見つめてくる女の子とか反則じゃない? 自分でやっててあざといと思う。


「その、そういうことをわざと言わせるのはダメ、だから……恥ずかしいよ……っ」

「わ、悪い……」


 晴樹はどこかバツが悪そうな顔で謝る。表面上は向こうも反省したようだ。そうだ、悪ノリ下ネタ攻撃は控えてなってんだ。

 しかし、今は上手くいっているがどこまで誤魔化せるのだろうか。この調子でぶっ込まれていくと、誤魔化しの効かないボロが出そうで心配でしょうがない。先が思いやられる。

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