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3/11

4:43 PM

 課題を終わらせて現在夕飯の支度の最中、端末からメッセージの短い受信音が鳴る。どうせ晴樹だろうと辺りをつけてからアプリケーションを起動すると予想通り晴樹だった。

 しかし、そのメッセージの内容は予想外である。


 16:43

『病に伏した友人のためにお見舞いへ赴く友人の鑑』


「いや、なんでやねん!!?」


 思わず声に出してツッコミを入れてしまった。


(なんで……? いや、なんで!? お前を家に呼べないこと知ってるじゃん!)


 親友と言う割に晴樹はこの3年近くの間、俺の家に一度も来たことはない。外でばかり遊んで居たが別に友人と家の中でのんびりTVゲームをやる楽しさを知らないわけではなく、招待しなかった理由は他にある。

 以前一度晴樹を家に呼ぼうとした時、大地に部屋を使う話をしたら海実がたまたま聞いていた。そして


『アンタの友達とかなんかヌメッとしてそうだし鉢合わせして気を遣うのも嫌だから家に呼ばないで』


という台詞とともに心底嫌そうな顔で拒否されたからだ。

 晴樹には日頃から妹と仲が悪い事を笑い話にして話していた。しかし実際に頭の上がらないところを目の当たりにされるのは避けたかった。そのため妹の機嫌を損ねるので家で遊ぶのは無理になったという話をしたのだ。

 もしかして俺自身は話したことを覚えているが晴樹の方は聞いたことを覚えていないのだろうか。以降その話をしていなかったので可能性はある。

 念のため確認のメッセージを送ろうか。しかし晴樹の対応として些か不審な点が存在するため躊躇われた。

 俺は学校を休んだが病院には行ってない。その程度のことなら学校にも風邪か貧血あたりで連絡がいっている筈だ。わざわざ見舞いに来るほど心配はしないだろう。それは午前に送られてきたメッセージからも伺える。

 そして風邪程度で気軽に見舞いへ来るほど俺と晴樹の家は近くない。学校を挟んで反対と言っても良い。その距離で足を運ぶほど心配性でもなければ殊勝なやつでもないだろう。実際学校を病欠したことはあるが見舞いに来たことは一度もない。

 以上を踏まえてアイツがわざわざ家に来るか考えると可能性としては限りなく低い。それなのに来ようとする理由……

 

(TSしたことに気付いているのでは……? いや、あり得ないけど……でも、1番あり得そうなのがこれしかない……よな……?)


 説明もなしに友人が性転換したことを推理出来るって脳味噌が二次元に極まりすぎでは無いだろうか。もしくはTSへの執念が高すぎやしないか……?

 この答えに辿り着く自分の脳ミソも中々決まってるが、それ程残念な方向性に対する信頼もアイツにはあった。

 余計に今の自分の状態を知られることに不安が増す。頭をフル回転させ、どうすれば良いか考える。この事態を打開する策はないのか。

 『メス堕ち』は嫌だ。そのせいで晴樹が含みのある接し方をしてくるのも嫌だ。アイツの全てを否定したいわけではない。ただこれからも変わらずにただの友達で居たいだけなんだ。

 一時的で良い。家にわざわざ来るほど行動力とテンションが上がったアイツを何とかやり過ごす方法を。アイツから『メス堕ち』させるという考えを失くす方法を。何か……


「いけるか……?」


 この状況を打開する策を閃く。周りの人が女になった俺をどう認識しているかは分かっても俺が()()()()()()()()()()()()()が分かるのは今この瞬間で俺だけだ。その事実は俺が誰かに話さない限り変わらない。つまり……


 俺も()()()()()()()()()という認識で対応すれば良い。


 燃え尽きた灰は燃えないように、男性が男装を出来ないように、始めからメスならメス堕ちは出来ない、させれない。

 無理やり感は否めないが他に何も思い付かねえからこれで行こう。

 ただしこの策を成功させるにはある人物の協力が必要だ。中途半端では意味がない。今から会うその瞬間から帰るその時まで俺は女に成りきるんだ。

 寝て起きたら女になったならまたひょっこり男に戻る可能性だって大いにある。その時が来るまで辛抱だ。

 さて、第一段階としてまずは服をどうにかしなければならない。こんな男の頃の服装まんまでは態度を上手く装ってもバレてしまう。


(よし……!)


 数分前、確か家に帰って来たはずだ。俺しか家に居ないことを知らずに「ただいまー」と言っていた。そして夕飯の匂いにつられてキッチンに顔を出したが、居たのが母さんでなく俺だったためしかめっ面になったのを覚えている。今は自分の部屋に居るだろう。

 今から俺は海実に助けを求める。手段は選んでいられないんだ。どんなに嫌がられようとも今は縋り付くしかない。

 どれほどの時間が残されてるか分からないのでコンロの火を消してすぐ海実の部屋へと向かう。

 部屋の前に辿り着くと確認のためにドアをノックする。


「海実ー、居る? 部屋入ってもいい……?」

「……なんか用?」


 ノックして数秒、部屋のドアを開けて隙間から顔を出す。海実の反応が思ったより早くて驚く。無視されるぐらい覚悟していたのでこれは僥倖だ。相変わらず不機嫌を主張する表情でこちらを睨んでいるが。


「頼みがあるんだけど」

「イヤ」

「ちょっと待って!」


 悩む素振りもなくノータイムで断られる。想定していた反応だがいつものように引き下がるわけにはいかない。閉まるドアの間に手を入れて、部屋から閉め出されないようにする。


「ブスの頼み事とか聞くわけないじゃん!」

「そこをなんとか!」


 ドアを開けようとする俺とドアを閉めようとする海実の力比べが始まる。高校からは運動部に入らなかったため中学から3年のブランクがあるが、単純な力なら海美に負けないだろうと思っていた。

 しかし女になったせいで筋力が落ちたのか拮抗した良い勝負になっている。兄としてのプライドなどないようなものだが、男としてのプライドはある。勿論これからもだが。なによりプライド云々の前にこれは俺の今後に関わる負けられない戦いの前哨戦だ。


「とにかく聞くだけ聞いて! いや、やっぱ聞くだけじゃなくて頼みを聞き入れて欲しい! お願いいいいいい!!」


 今まで見せたことのない俺の必死さで流石に諦めたのか海実の力が弱まる。その様子を見て俺も加えていた力を抜く。数分間の攻防による消耗で互いに肩で息をしていた。


「はぁはぁ……頼みを受けるかどうかは内容によるから……」

「はぁはぁ……聞き入れる状態になってくれただけでもありがとう……」


 俺は何年か振りに妹の部屋へ入ることが出来た。互いに上がった呼吸を整えると、海実は座れと促すように床にあるクッションを指差した。そしてちゃぶ台を挟むように座ると海美が口を開く。


「それで頼みって何?」

「その、海実の服を貸して欲しいんだけど……」

「理由は?」

「と、友達が来るから……」

「いつもみたいに家で来てるダサい男物着ればいいじゃん。却下」


 海実は話は終わったと示すように追い払う手振りをする。


「友達が居る間だけで良いから! 終わったら洗濯して返すよ!」

「ブス友に見せるためだけに借りれるというアンタの思い上がりがムカつくから無理。そして洗って返すっていう当たり前のことをさも自分が譲歩してるみたいに言ってくるのがさらにムカつくから余計に無理」


 海実は取りつく島もないように拒絶する。


「なんかコンビニで好きなデザート買ってあげるから……!」

「コンビニデザート程度が取引条件になるとか私も服も安く見られすぎで不愉快。てか何泣きそうになってんの? ブスの涙に価値なんか一欠片もないからやめて」


 根気強く頼み込もうと思ったが既に心が折れそうになっていた。海実と仲が悪くなってから会話が続くことがなかったため、続けざまに飛んでくる罵倒に耐性が出来てなかったようだ。

 時間にして数分にも満たない会話だったが重症レベルのダメージを受けてしまった。その容赦のない言葉攻めで精神のライフゲージが赤色に点灯している。


「大体ブス一人でも不快なのにそこに同類のブス女が増えるとか考えられない」

「いや、女の友達なんて居ないし……」

「はぁ? アンタみたいなブスに異性の友達とかそれこそありえないでしょ」


 胡散臭いものを見るような目でこちらを睨んでくる。その視線と態度で信じていないことがありありと伝わってくる。

 確かに男の時は異性の友達など居なかったので海実の言ったことは間違ってない。そして俺が女になったからといって今後女の友達が出来るとも思ってない。

 俺からすれば晴樹は同性の友達だが、自分の今の体裁を考えると異性の友達としか説明出来ないだけだ。


「あ、一応写真あると思うからちょっと待って」


 ポケットの中にある携帯端末から写真を探す。アルバムをスクロールしても中々証拠になりそうな写真は見当たらない。というか一緒の写真はない癖に一緒に行った店の飯の写真はたくさんある。他にはツイッターで拾ったコスプレ美人の写真などで紛れてしまい探すのに手間がかかる。

 まぁ旅行など遠出をしない男同士で一緒に写真を撮る機会なんて中々ないのだからしょうがない。

 しばらく探すとアルバムの中から海実に見せるのに良い感じの写真を発見する。修学旅行の写真で、厳島で鹿と一緒に撮ったやつだ。

 自由時間だったので班で纏まらず晴樹と二人で行動した時の一枚である。互いに写真に写り慣れてないため、手はピースとかのお決まりポーズではない。曖昧に開かれた手を自信なさげに前へ出す俺と、それとは対照的に総書記を連想させるように指をピンと伸ばして手を開いている晴樹と2人で肩を並べて写っている。慣れてない感のせいでどっちもダサくて笑える。

 撮影者は便所帰りでたまたま一人だったクラスメートの上原(うえはら)だったか?


「画面見ながらニヤニヤすんな気持ち悪い。デブとかはホント勘弁してよ」

「ニヤついてないしデブじゃないから。ほらコイツだよ」


 写真を表示した画面のまま端末を手渡す。海実は「ニヤついてるっての」と悪態をついた後ため息を吐いてから受け取った。最初は興味のなさそうな顔だったが画面を覗くと表情が徐々に険しくなっていく。表情の変化と比例して少しずつ画面に顔が近づいていくのがちょっとおもしろかった。


「……は?」


 海実の視線が画面と俺を何度も往復している。明らかに動揺した顔で口からは「うそ……」とか「えっ」とか「なんで?」などの短い言葉が漏れている。

 しばらくして海実は落ち着くと端末をちゃぶ台の上に置いた。


「アンタとこのイケメンの関係は何?」


 イケメンとは晴樹のことだろう。俺と鹿と晴樹しか写ってない写真の中から画面端で見切れた鹿を指してイケメンとは言わない筈だ。

 確かに男の俺から見ても顔は良いと思っている程度にアイツのルックスは良い。女子から告白されたところは見たことないが、靴箱からラブレターらしきものを取り出したところは見たことがある。俺と帰りが合わない時に返事をしていたのだろうか。


「えっと、友達。俺は親友だと思ってる」

「付き合いはいつから?」

「高1からだけど」

「じゃあクラスのイケメンが何かの罰ゲームでたまたま家に来ることになったとかはないわけね」

「……うん」


 今とても失礼なことを言われたが話の腰を折るわけにいかない。ヘソを曲げられて話を打ち切られても困るのは俺の方だ。ムッとした感情を抑える。


「へぇー……」


 海実は改めて俺の端末を手に持つ。そして今度は確かめるようにじっくりと写真を見てから俺の顔へ視線を移す。その顔は普段の蔑むような表情とは違いどこか喜色を滲ませているように感じる。

 そんな海実の表情を間近で見るのはあまりにも久しぶりで若干の緊張を覚える。


「別に私服を見られるのは今日が初めてってわけじゃなさそうだけどなんで普段の服じゃダメなの?」

「今までと同じじゃなくて変わった自分を見せたいから」


(じゃないと性的対象としてロックオンされそうだし……)


「つまりこのイケメンに意識して欲しいと思っての行動ってわけ?」

「そうだよ。晴樹に俺のことを女として意識して欲しい」


(そして興奮が落ち着くまで俺がTSっ娘だと気づかないでくれ)


 目の前に迫っている危機から脱するためには手段は選んでられない。本気だと分かってもらうため真剣な表情で海美を見る。

 対して海実はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような驚きの表情で固まっていた。

 俺がここまで何かに本気になるところを高校へ入ってから一度も家族に見せたことはない。だから普段の妥協と諦めに満ちた俺との違いに面食らったのだろう。流石に貞操の危機となれば本気を出さざるを得ない。

 突然「ふふっ」と小さな笑い声が聞こえる。俺が笑ったわけではないので当然誰なのか分かるが、それでも自分の聞き違いではないかと疑う。しかしそれは勘違いではなかった。


「家のアンタを見てたらてっきりもう人生捨てたブスかと思ったけど、中々抜け目ない学校生活送ってんじゃん。ちょっと見直したかも。いいよ、私の服貸したげる」


 海実はこちらをまっすぐ見てから嬉しそうに言った。今度は俺が驚く。それこそ高校に入ってから海美の嬉しそうな表情は一度も見たことがなかったからだ。


「あ、ありがとう」

「お礼は成功したあとに改めて貰うから。それでこのイケメンが家に来るまであとどれくらい時間が残ってんの?」


 その言葉でハッとして時計を確認する。時刻は16:55分だった。先程のメッセージが仮に学校で送ったものと考えると、猶予としては30分あるかどうかと言ったところだ。

 服を借りて着替えるぐらいなら十分余裕があるだろう。落ち着いて質問への答えを言う。


「30分ぐらいだと思う」

「ちょっと短いか……時間がないからさっさっとやるわよ」

「えっ、着替える時間なら十分あると思うけど」

「このブス! 女のオシャレを舐めすぎ、意識が足りない!」


 俺と海実の意識の差に驚く。それっぽい服を借りて着替えれば終わりだと思っていたがそうはいかないらしい。しかし意識が足りないと言われてもそれは少しずつの積み重ねで養い覚えるわけだ。女歴半日の俺にそんなものあるわけが無い。

 しかし海実からすれば俺は女子歴18年の女として認識されているのだ。

『女としての意識なんてあるわけないだろ!』などとは当然言えるわけもなく、俺の心の中へしまうしかない。


「アタシが手伝うんだからアンタの趣味でテキトーなの選んで着るだけなんて許さない。お気に入りも貸す上でガチのコーデするから」

「う、うん……」


 その有無を言わせない圧にたじろぐ。どうやら海実の中にある何かに火をつけてしまったようだ。ここまで本気になった姿を見るのは久しぶりだった。

 鬼が出るか、蛇が出るか。このやる気が俺にとって救いになることを今は祈るしかない。

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