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第3話 名付け Side:少女



 気が付けば、私は出された食事を全て食べ終えてしまった。……彼の分までも。


「おやまあ、サラダまで奇麗に平らげてしまって」


 彼がくすくす笑っている。食いしん坊みたいで恥ずかしくなった。ピンと立っていた犬耳も、瞬間的にしおしおとしおれてしまった。


「料理人冥利に尽きるね。まあ、男の一人暮らしじゃ大したものもつくれないケド」


 彼はチョコバーをかじっている。


「あ、ごめんなさい」


 それは私が彼の分まで食べてしまったからで。消え入りたい気持ちになった。全然怒っていないようだから、まだ良いけど。


「別にいいよ。けど、子供はお菓子が好きなものだと思ったけど」


 こっちの方が好みじゃない? とバーをぷらぷら振る。破片が飛び散った。

 彼はおっと、と言ってティッシュでまとめてゴミ箱へ捨てた。初めて見たときも思ったけど、けっこう適当な人だ。


「……お菓子は嫌いです。そういうのばかり食べさせられたから」


 ちょっと胸のあたりがむかむかしてきた。食べ過ぎだけでは、ないと思う。甘いものは嫌いだった。

 それは仲間の子だって同じだった。子供でも、お菓子ばかり食べていれば嫌にもなる。誰だってそうだ。


「ああ、カロリーさえ与えればいいならそうもなるか。お菓子の方が安いし、なにより調理の手間も要らないしね。秘密組織が一々給食の真似事なんてしてたら、むしろ期待外れというものだ」


 納得した様子で、バーを食べ終えた彼は食器を片す。


「あ……私が」

「いいよ、休んでいて。テレビでも見てて」


 まごまごとしていると、ものの10秒で戻ってくる。ざっと水で流して食器を積み上げただけだ。

 彼はソファに座ってテレビを付けた。


「テレビ、見ない?」


 そういうと彼はリモコンを手にニュースを付ける。


「緊急速報です。〇〇〇地区にSS級魔物が出現しました。【大災厄】の発生源となったSSS級魔物の発生から10年、一度も確認されなかった高位魔物です。しかし、ご安心ください! アメリカの最新鋭兵器により一撃で撃破! 人の英知の力、VTRでご覧ください!」


 彼は食い入るようにその画面を見る。テレビの中のニュースキャスターは慣れた様子で原稿を読み上げている。きっと同じ内容を何度も読んでいたのだろう。

 人の作った兵器で撃退したと、快挙を知らせているのだ。


 そのニュースには軍の特殊部隊のことも、そして私のことについても触れなかった。


「ふうん、撃退ねえ」


 彼は品定めするかのような視線を画面に向けている。

 何を考えているのやら。何も力のない人間、魔物と会ってもその魔力すら感じ取れるかどうか怪しいのに。


「しかし、なあ……馬鹿じゃないのか」


 ぞっとするような冷たい声。私に向けられているわけでもないのに背筋が寒くなった。


「どう……して……?」

「ん? ほら、見なよ。地面に赤いものが映ってる」


「はい。O2Fですよね。……それが?」

「Origin of Life。魔物は死んだら”それ”に変わる。そして、それは良い研究材料でもあり、資材なわけだ。今日は使っていないけど、食卓に上がる合成肉は低位のそれを科学錬成したものということは広く知られている」


 それすら知らずに今日も合成肉を食っている後進国の連中も居るわけだが、と彼は嗤う。日本は比較的珍しい、合成食材を積極的に使う国だ。

 国によっては、まるで毒物のような扱いをされることもあるそれにあまり抵抗感がない国民性。


「ゆえに――現れたことのないSS級魔物。そのO2Fを日本が手に入れたとなれば、何人殺してでも欲しがるような人間は指折り数えることもできないだろうね」

「え……」


 ぞわり、と冷たい汗が流れた。

 自分の関わった事件が原因で多くの流血が起きる。それが、予感ではなくほぼ確定した未来だ。純度の高いO2Fは軍需品、命よりも価値はよほど高いのだ。


 ――いや、なぜかその場に居ただけなんだけど。


「この先、日本は少しうるさくなるかもね。まあ、それで君のことが木の葉の影に紛れるなら良いことなのだろうけど」

「あう……」


 けらけらと笑う悪意の混じった声。愚かな人間が殺し合っていると、冷たく突き放した態度だった。

 一転して、彼はいつもの能天気な顔に戻る。


「ああ、そうだ。名前を聞き忘れていたね」

「あ……私のナンバーは33です。εナンバーの33」


 そう、それが名前だ。人間が魔法少女を発症したのなら元の名前がある。けれど、組織で製造された魔法少女には、それすらもない。

 でも、それが名前だ。33番と呼ばれていた。ただそれだけのことだから、悲しいとは思わない。


「名前がないんだ」

「え? あの……そう……かも」


「じゃあ、俺が名前をつけていい?」

「え? ええ……と」


 戸惑ってしまう。私の名称は33だ。ただそれだけだった。

 いきなり名前なんて言われても。……ただ、断る理由もない気がして。できたのは困ったように愛想笑いを浮かべることだけだった。


「うん、そうだ。クルミがいい。可愛い名前でしょう? 似合ってると思うよ」

「クルミ……? それが、私の名前?」


 そう言い残すと、彼は机の上に乗っている籠から何かを取って投げた。


「うん、あった。これだ」

「クルミ……?」


「そ。君は魔法で花を咲かせてたね。クルミがなるのは木だけど、それを成長させて食べられたら面白くない?」

「え……私、相性のいい種以外はあんまり……」


「余っていたものだから、試しにやってみてよ。別にこれが駄目だから別の名前にするなんて言わないから」

「あの……はい」


 いつのまに私の名前はクルミになったんだろう、と思いながら魔力を込める。組織で試したときにはそもそも魔力すら通らなかった種がほとんどだったけれど。

 手ごたえは感じる。


「あ」


 小さな木ができあがる。果実ができる。


「お、クルミが出来た」


 彼は素手で実を割って種を取り出し、中身を取り出してしまった。止める間もなく彼がそれを口にする。


「まって……」


 魔法少女の魔法は基本的に殺すためにある。魔物に対抗するために生まれたと言う歴史的な背景もあるのだから不思議なことはない。

 生かすための魔法なんて、存在しない。


「っべ!」


 吐いた。


「舌がぴりぴりする。毒だね、これは」

「ああ、だから止めようとしたのに……」


 彼は苦い顔。だけどこりた様子には見えない。


「これ、毒じゃないのは出せないの?」

「あの……いえ……」


 能力調査の一貫で、そういうのはやったことがある。……そもそもさっきみたいな果実すら出せなかったけど。


「そう。まあ、いいさ。またやってみればいい」

「え……?」


 彼はまたキッチンへ行ってしまう。子供以上に行動の脈絡がない人だった。


「コーヒーでも飲もうかと思ってね。クルミも飲む? ココアもあるよ」

「あ。私はいいです。あの……あなたの名前は?」


「ああ、忘れていたよ。俺の名前は絶華(たちばな) (せん)だ」

「セン。……おじさん?」


 そう言うと、彼は打って変わって苦々しい顔をして。


「俺はまだ30前なんだけど」

「じゃあ、お兄さん?」


 飄々としていた彼が、急に親しみを覚えるような表情を見せてくれて。思わず笑ってしまう。

 なんとなく、だけど。胸のあたりが温かくなった気がする。


「呼ばれるならそっちの方がいいね」


 ずっと食卓の椅子に座っている私を横切ってテレビ前のソファに腰かけた。やっぱり何を考えているのか分からないひょうひょうとした人。

 でも、どこか心が温かくなった。


「まあ、いいや。君はそろそろ寝なよ。疲れたでしょ」

「あ……はい。私は、その辺で座って寝ますから……」


 どうせ、組織でもベッドなんてものはなかった。毛布すらなかったけれど、魔法少女はその程度で風邪をひかない。

 野ざらしでも、それほど問題はなかった。


「ベッド使っていいよ。俺はソファで寝るし」

「あの……いえ……」


 テレビを見る彼は動く気がなさそうだ。

 それでも、ベッドを奪ってしまうのは……なんというかやりすぎな気がする。


「まあ、好きにすればいいよ。俺はこのソファで寝ることに決めたから」

「ええと……えっと……」


 ――どうしたらよいのだろう?


「寝室はあっちの部屋。ベッドで寝たかったらそこの部屋を使うといい」

「ええ……?」


 戸惑ってしまう。あまり構われてもそれはそれで困るけど。


「ま、俺も疲れたしね。今日はもう寝るよ」

 

 彼はテレビを消して、ソファで横になる。

 ――これも、私に気を遣わせないため?


「別に好きな寝方があるならそうしてくれてもいいけど。電気消していい?」

「あの……はい……」


 そう言うと、本当に電気を消して寝息を立て始めてしまった。

 どうすればいいのかな。せっかくだからベッドを使った方が良いのだろうか?


「……」


 分からないけど、とりあえず寝室へ行ってみた。あたりまえだけど、大きいベッドがあった。大の字になって寝ころんでも十分なスペースがある。


「うん、いいよね。ああ言ってくれてるんだし」


 ここで寝たらとても気持ちがよさそうだった。子供の私でも、座って寝ると起きたときには身体が痛くなっている。

 ベッドで寝れば、違うのかな?


「……ふわふわ」


 触れてみた。びっくりするほど柔らかい。地面とは雲泥の差だ。

 そろそろと中に入ってみる。


「温かい」


 安心するような心地。


「あの人の、香り」


 他人のベッドを使うなんて初めての経験で少し興奮してしまった。

 ぽすぽすと、指をマットレスに喰い込ませて感触を堪能して。


「あまりやると、壊れちゃうかな」


 それはとても素敵な経験で、ずっと堪能していたいと思うような心地だったけどすぐに睡魔が私を暖かな暗闇へと導いた。




「クルミ。……クルミ、起きて」

「ふあ?」


 彼の声がする。ゆさゆさと揺さぶられる感触。


「え? ……朝!」


 びっくりした。いつもは朝になる前には目覚めるのに。


「顔洗っておいで。朝食もできてるよ」


 彼はくすくす笑っている。……恥ずかしくなって、頬をぐしぐしとこする。よだれが垂れていた。

 急いで洗面所に行った。


「どうぞ」


 用意されていたのはトースト、何かのっかっている。


「合成豚肉のコマにケチャップを絡ませて焼いたものとチーズだよ。特に料理名はないけどうまそうだろ?」


 ……たまらずかぶりついた。


「おいしい。……すごく」

「そう、良かった」


 そして至福の時間を終えて、少しお腹が苦しくてソファに横になっていると。


「じゃあ、俺は仕事に行ってくるから」


 おなじみのスーツに着替えた彼が居た。


「え……?」

「ああ、家のものは適当に使っていいよ。残念ながら作り置きしておく料理スキルはないけど、シリアルとかはあるから適当に食べておいて」


「いえ……あの……」


 不審者を家に残して仕事に行って良いのだろうか? 仕事中に家が荒らされないか心配になったりしないのだろうか、この人は。


「今日は出来る限り早めに戻るから許してくれると嬉しいな。じゃ」

「あ、はい。行ってらっしゃい」


 思わず送り出してしまった。


 彼の足音が聞こえる。……遠ざかっていく。


「――え?」


 シン、と静まり返った気配に気づく。あの人と一緒に居るとうるさかった。仲間の魔法少女たちもしゃべる方ではなかったから。

 あんなにしゃべったのは久しぶりだ。だから話す声がしないのはいつものことで。


「――痛い。なんで?」


 静寂がこんなにも耳が痛いだなんて、知らなかった。


 ブゥン、と唸り声が響いて来てびくりと身体をすくませてしまう。


「なに!?」


 自分でも分かる動揺した声。でも、考えてみれば家電の音に決まっている。冷蔵庫のファンの音だ。何も怖いことはない。


 きゃいきゃい、と誰かの声が遠くに聞こえて。


「……ッ!」


 武器を、と思って種を取り出そうとするけど、何もない。今着ているのはあの人のYシャツ。種は元に着ていた服のポケットの中だ。


「ううう……!」


 探そう、という気力もなく座り込んでしまう。


「あう……!」


 もしあったとして、使える気はしない。名前も顔も知らないあの人たち、特殊部隊で私を攻撃した人たちの中の二人。反撃だけど、人を傷付けるために魔法を使ってしまった。

 あの感触を思い出して、足が震える。胸が苦しくなる。


「――どうしたら、いいの?」


 外は怖い。誰かを傷付けるのも怖い。彼を見送った玄関から、一歩動くことも出来なくなってしまって……



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