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第2話 初めての食事  Side:少女



 そして、彼に連れて来られたのは何の変哲もない街外れの一軒家だった。狭さを補うように2階建てになっている。

 【大災厄】以降、人の住める土地は限られている。都市部以外の農村部は見捨てられ、地獄のような有様になっている。それを考えると、彼はそれなりに成功していると言えるのではないだろうか。まあ、同じ理由で街外れは地価が安いのだから彼の経歴は大成功とまでは言えないはずだが。


「えっと……あの……」


 恥ずかしくて上を見れない。子供みたいにお姫様抱っこされているし、今になって下着がぐしょぐしょになっているのに気付いてしまった。

 ――あの、魔物。言い訳ではないけれど。どれだけの強さかなど、推測すらできなかった。しかし、人の対抗できるようなものじゃないと思う。


 ……彼は普通の人だから、分からなかったのかな。と思う。


 魔法少女は強力な”兵器”だ。

 軍に追われ、あの魔物を前にして動けなくなったのは見られてしまったから説得力はないかもしれないけど。

 それでも、人の腕を握れば肉くらい抉れるし、頭を引っこ抜くことだって出来る。魔法少女と言うものは概してそういうものだ。それは、兵器として”製造”された魔法少女だから。

 固有魔法を考慮しなくても、基礎スペックだけでそれだけの力はある。特殊部隊に追われていたと言うのは、裏を返せば警察では対処できない脅威であるのだから。


「んー。まあ、夜も遅いし見られてないかな」


 彼はきょろきょろとあたりを見渡し、人影がないことを確認するとそのまま家に入ろうと鍵を取り出した。

 ――まるで、犬猫でもつれて来たような態度だった。


 私は……それより危険で”下等”なものだろうけど。魔法少女を発症した日本人ならともかく、製造された魔法少女なんて。と自嘲する。

 今の時代、戸籍がなければ人権もない。そして、作られた私に”それ”はない。危険はあっても、招き入れる理由など何一つない。


「あの……私なんかを家に入れていいんですか?」

「んあ? 帰る場所でもあるの?」


 聞いても、彼は能天気な顔。離してください、と言えばそのまま下ろしてくれそう。気まぐれで連れてきた野良猫でも離すように。

 けれど、それは、困る。


「組織には……戻りたくないです」

「まあ、そんなものだろうね」


 彼は大して気にした風でもなく家に入る。


「あの、私、立てますから」

「んー。でも……」


 ぽたり、と液体が垂れた音がした。


 ……顔が真っ赤になった。


「うっ。うう~~//」

「はは。まあ、気にすることないさ。まずはお風呂でもどうぞ」


 苦笑顔でそのまま洗面所に放り込まれた。彼は何やら色々している。もうされるがままだ。


「使い方はわかる?」

「え? あ、はい」


 流石に分かる。組織だって、そこまで金がないわけではない。ただ魔法少女を人間扱いしていないだけだ。


「じゃあ、適当に使っていいから」


 それだけ言って置いていかれた。とりあえず、身体を洗おうと思い立って。


「――あ!」


 魔法装衣を解けばいいということに気付いてしまった。魔法少女然としたふりふりのお洋服、それはもちろん組織が用意したものではなく。

 各人の思想が反映された戦闘のための道具。魔力の結晶化なのだから、消せば痕は消える。それはどれだけ血が染みつこうとも問題ない服だ。


「あ……いえ、そっちはどうにかなっても下着はダメでした……」


 まあ、それをすると元々着ていた洋服も汚れてしまっていた。どちらにせよダメで、少し悲しくなった。


「服はかごの中に入れておいて」


 外から声。はい、と返事して服を全て脱ぐ。下着を脱いで、かごの中へ。そして、シャワールームへ。

 身体を洗って、湯船の中へ。


「――」


 洗面所の鏡にそれが映る。

 右手に刻まれた紋章……【烙印】。紅いそれは手の甲を覆い、手首にまで浸食している。それは自分が人間ではないと思い知らせる忌々しい証。


「……ッ!」


 振り払ってシャワールームに入る。

 ちゃんと身体を洗ってから浴槽へ。足を延ばしてのびのびと。

 広い、と思う。もちろんそれは私が小さいからで、浴槽としては小さい方だと思う。もともと、この家もそれほど大きくはないから。


 宙を見上げる。


 ――色々なことが起きた。産まれてからずっと”組織”に言われるがまま実験動物の日々。けれど、最近は落ち着いてきた。

 漏れ聞こえるところによれば、期待外れ。どうにも結果がよろしくなかったらしい。価値がなくなれば、魔物と戦わされて死ぬさだめだった。


 魔物と戦わされていた。人里離れた場所に出現する一般的な奴は私でも倒せる。それをしていたのは、きっと魔物から素材を取りたかったからだと思う。強い魔物が出現すれば、使い捨てのように戦わされるような未来もあったかもしれない。

 けれど今日は街中で戦わされた。――人と、戦った。

 指定された地点に行けば、奴らが待っていた。きっと私も、仲間も囮だった。そして、組織は囮は死んだものと思っているのだろう。

 今日戦った、あの人たちは……始末し損ねた私を探すのだろうか。


 ため息、一つ。


 安全なんて、何一つ期待できやしない。軍はきっと私のことを探すだろう。それどころか彼のことだって殺してしまうかもしれない。

 でも、彼だけならば私を手放してしまえば軍に追われることもないだろうに。


「私、生きてていいのかな?」


 押し殺した重苦しい声が出た。目の前が真っ暗になっている気分だ。これからどうしていいのやら。

 このまま彼に迷惑をかけ続けるより、死んでしまった方が良いのかな?


「入ってもいい?」


 出し抜けに彼の声が聞こえてきた。


「え!? あ、はい!」


 ぎゅ、と目をつぶる。彼に何をされるにしても、抵抗する気なんてない。

 ごそごそと物音が聞こえてきた。次にゴウンゴウンと機械音が聞こえてくる。


「悪いけど、下着はないからこれ使って」


 その声を最後に出ていった。


「……え」


 助かった、という気持ち。なんでこんな気持ちになるのかと頭をぶるぶる振って、もう湯船から出てしまうことにした。

 適当にタオルで身体を拭く。髪から水滴が垂れていたが、気にしない。魔法少女の身体は湯冷めで風邪を引くほどやわじゃない。


「ええ……」


 あったのは大きなYシャツ1枚。まあ、彼は見るからに一人暮らしだったし、女の子の服を持ってこられても困ってしまうけれど。

 それを着て、全てのボタンを止める。まあ、そうすれば駄目な部分は見えないだろう。


「ううん……」


 洗面所にガラスがあったので今の姿を見てみる。ちんちくりんが冗談でお父さんの服を着ちゃったみたいになっていた。

 自分で言うのもなんだけれど、色気はまったくなかった。


 ボタン、外そうかなと思うけど。

 ずりおちて全裸になってしまうからやめよう、とそう思った。幸い、上も下も全部隠れていることには違いない。


 行こう、と思って。ランドリーの機械音に、それがなぜ動いているかを思い出してしまってもう一度赤面した。


 ドアを開けた瞬間。ふわりと香りが届いてきて。


「いい匂い」


 ぐう、とお腹の音が鳴ってしまった。


「もう少しかかるかと思ってたけど、いいタイミングだったね」


 くすりと笑いながら、彼。


「あう……」


 たぶん、私の顔はさっきよりも真っ赤になっている。彼と会ってから、私はどれだけ恥をかくんだろう、と心の片隅で思った。


「どうぞ、お姫様」


 手を差し伸べられて、その手を取るとリビングに連れていかれた。机の上には、湯気を立てるホットケーキとサラダ。

 ただ、サラダはおしゃれを鼻で笑う適当にちぎってドレッシングをかけただけの代物だ。


「あ……あの……」


 食卓にあるのはどう見ても二人分。だけど、そんなもの……”組織”での経験とは縁遠くて戸惑ってしまう。

 ホットケーキにサラダをもう一度見る。それは、湯気が立っていて、おいしそうな香りが届いてきた。

 いつもの菓子やパン、または冷めた弁当を地べたの上に積み重ねられて支給されるいつもの食事ではなくて。


「さ、早く食べようか。俺も腹が減っているしね」


 彼は席についていち早く食べ進めている。


「うう……」


 こわごわと席について、おそるおそるパンにかぶりつく。ホットケーキなら食べたことがある。

 適当に渡されたパン類の中にそれもあった。けれど、こんなにいい匂いもしなければ、おいしそうと感じたこともない。


 それはただ、冷えているからというだけだったが。


「……ッ!」


 がつん、と頭を殴られたような衝撃が走り。ぽろぽろと涙がこぼれてしまう。……こんな、おいしい食べ物なんてなかった。


「……ッ! ……ッッッ! ……!」


 声も出すこともできずにそれを頬張る。こんなに満たされたことはない。貰った食べ物を胃の中に詰め込むいつもの食事とは違った。

 とても温かくて、これが本当に”味がある”ということなんだと素直に思った。


「あれ? 口に合わなかった……ようでもないね。まあ、ゆっくり食べるといい。急ぐようなこともないのだし」


 彼の言葉が右から左へ抜けていく。夢中でそれを食べ終わって。


「そんなに気に入ったなら、こっちもどうぞ」


 差し出されたそれも食べてしまった。食べ終わった後に、お腹がとても苦しいことに気付いた。

 でも、苦しいけど、幸せだった。



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