表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/28

第1話 出会い  Side:翠竜会_εー33(少女)

◆表紙

挿絵(By みてみん)

◆裏面

挿絵(By みてみん)


 響く銃声。続け様にコンクリ-トの地面がひしゃげる音を聞こえてくる。……これは人間との戦い、魔物と戦うのとも違った恐ろしさがこみ上げてくる。

 少女は目元を隠すフードを深くかぶったまま必死に駆けた。


「っは! はぁ……はぁ……はあ――ッ!」


 魔法少女の脚力は一言で言うならば人外だ。ただ走るだけでコンクリートを破壊して10mを一歩で踏破する。弾丸を避けるためにジグザグに走っているのに、だ。

 それでもついてくる彼らは特殊部隊、魔法少女を刈り取る闇の部隊だ。死んでしまうのは恐ろしいけれど、それ以上に誰かを傷付けてしまうことが怖いから少女は反撃を躊躇する。

 きっと、彼らには守るべき家族や兄弟といったものがあって、死んでしまったら悲しむ人が居るのだろう。人工的に”作られた”人間の私と違って。


〈ケルベロス15、17。左方向から周りこめ。ケルベロス2から7はこのまま追跡〉


 その声はおぼろげにしか聞き取れない。けれど、彼らが私を殺そうとしているのは分かっている。必死に逃げるけれど、逃げきれない。

 彼らの方が道をよく把握している。走るスピードそのものは私の方が早くても、一向に引き離せないのはその証左。


 追ってくる部隊はケルベロス、地獄の番犬の名を持つ日米混成の部隊だった。たとえ死体にしようが魔法少女を確保するための、公式には存在しない暗殺部隊。顔をフルフェイスで隠す恐ろしげな彼らは、闇に溶け込む漆黒のパワードアーマーを着て自分を狙ってくる。

 錬度は流々。骨伝導マイクで指示を飛ばし、一つの生き物のように獲物を狩る。そして、5体のケルベロスがその銃口から火を吹いた。


「くっ……! 対魔法コーティングの弾頭、でも魔法そのものに耐性があるわけじゃない! 防いで、『奇鏡(キキョウ)!』」


 コンクリートを殴って下の地面に種を植える。瞬間、現れる鏡のように光を反射する白い花。その花が砲火を受け止める。さすがの対魔法コーティングもそれは貫けない。

 浮浪児のようなぼろぼろのパーカーが裂けて闇夜へ飛んでいった。そして、薄汚れたそれとは違うフリフリの魔法少女服が露わになる。何重ものフリルが夢のように揺れる、幻想的な一幕。


 けれど、そこは情け容赦のない戦場だ。

 彼らが装備しているのは人間を殺すための弾頭である。貫通力のある弾丸は市街戦では使えないから、花弁の守りを突破できないだけにすぎない。

 彼らは政府の犬、ゆえに国籍を……引いては”人権を持つ人間”を撃てないためだ。貫通力のあるものを使ってしまえば弾丸がすっぽ抜けて人に当たる可能性があるから。殺していいのは、この魔法少女だけだ。


「……やった!」


 ぱあ、と顔が明るくなる。敵の攻撃を凌げたと、相手が相手だけに喜んでしまうのも無理はない。けれど……彼らは魔法少女殺しのエキスパートだった。

 弾丸が魔法による防御を突破できないのは分かりきっている。既に手は打ってあるし、幼い彼女にそれを予想することなど出来ないことも経験論として知っている。


「――ッ!」


 けれど、野生の感が生きたのか。それとも偶然か。

 ――感じた。左から迫ってきてる! 二人のケルベロス。聞いていたはずだった、15と17が左から回り込むということは。そして、思えば目の前の5人は右斜め前から攻撃を仕掛けていた。それも、援護のうち。


「……いや。来ないで! 『鳳閃花(ホウセンカ)!』」


 もう一度種子を地面に投げ落とした。種子を成長させると、花となりまた種が芽吹く。……咲き誇る花々がその種を射出、人を殺すに十分な加速と重量で横から迫る二人を襲う。

 言ってしまえば、それは車との衝突に等しい。ただの人間がそれに当たれば潰れたトマトになることは確実だろう。

 当たった二人は、そのまま吹き飛ばされて壁に埋まった。


「え? いや……」


 ――殺してしまった?


 人が吹き飛ぶ光景を見て、蒼ざめてしまう。……相手は人間だったのに! 人を傷付ける覚悟なんてものはなかった。

 ペタリと座り込んでしまう。目の前が真っ暗になる。


 彼女を”作った”翠竜会(シェイロン・フェイ)はまごうことなき犯罪組織であるが、彼女の耳にその日を生きる民衆を傷付けたという情報が入ったことはない。

 想像もしていなかった事態に、思考が止まった。


「ケルベロス1、状況は?」


 新たな声。状況は更に悪くなった。彼女の仲間を追っていたケルベロスが”処理”を終えて合流した。

 殺すのは仕方ないが、できれば生かした状態で確保するのが部隊の任務である。その命令通りにケルベロスは冷酷なまでに任務を遵守する。


「目標、心神喪失を確認。両足を吹き飛ばした後に確保する」


 指示を与えていた男が自ら銃を構える。魔法少女の体には薄くバリアが張られていてその強度は人間とは比べ物にならないが、しかし対魔法コーティングの前には無意味。

 そして、撃ち抜かれた痛みに耐えて戦えと言われても無理。一発でも撃ち込めば魔法少女は無力化できる。


「――あ」


 私は呆気に取られて自分に向けられたその銃口を見つめる。殺されてしまうかもしれないと、どこか遠くで自分が思った。

 けれど……もう、人相手に武器を向けることなどできなかった。


 ここに運命は決定した。公的には存在しない彼女は人権も持たない。闇から闇へ。どこかの後ろ暗い研究機関にでも送られ、生きたまま解剖されるのが……そう、一般的な末路である。

 ――全ては、10年前に出現した【大災厄】……SSS級魔物の再来に備えるために。


 そこに、状況を理解しない能天気な男の声が響く。


「あれ? おたくら……何やってるの?」


 まだ若いサラリーマンだ。声に似つかわしい能天気な顔つきで周りを見渡した。

 優しそうな人、と思う。場違い、状況が分かっているのかなとも思う。彼は私の方へ近づいてくる。


「おやおや。君、大丈夫? 立ち上がれる? ほら」


 ここは獲物を狩るために封鎖したはずの場所。魔物対策のために拡大された”軍”の権力は10年前とは比べ物にならない。

 専守防衛などという古き良き文化は10年の歳月を経て風化した。今の日本は銃を取るのに躊躇しない。

 実際にその能天気な彼を、公務執行妨害でしょっぴくのも可能だった。まあ、戸籍を抹消されたケルベロス部隊の人間が逮捕権限など持っているわけもないが。

 彼らが手にする銃に撃たれても不思議はない、薄氷の上にこの人は居る。


「え? え?」


 驚いて目をパチクリとさせてしまう。差し出された手、座り込んだまま取ってしまった。温かい、と素直に思った。


「HEY,Boy!」


 隊長格が英語で話しかける。


「あ……ああ――いや、ジャパニーズは日本語しか話せないんだったか? おい、坊や。ここは危険区域だ。なぜ避難していない?」

「あれ? それは気付かなかった。どうも、最近警報も少なかったから平和ボケしたみたいだな」


 スマホを弄って何かを確認する。

 ひょうひょうとした様子。隊長が額に青筋を浮かべるが、フルアーマーの上からはその様子は分からない。


「おい、”それ”を置いてとっととおうちに帰んな。それとも、夜に出歩く馬鹿な坊やには拳骨の一発も必要かい?」

「いやいや、俺は親にも殴られたことがなくてね。10年前に親類は全部失くしたから、もう一生殴られることもないと思ってたんだけどね」


「HAHAHA! 面白いジョークだ。物わかりの悪いガキにゃこう言った方がいいかな? モンキー、ゴー、ホーム」


 つかつかと歩いて、フルフェイスの上から目と目が会うまで近づいた。


「あははは、怖いなあ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。あまり短気だと重要なことを見逃すぜ?」


 その人は銃を持つ相手を全く恐れていないように見える。男と見つめ合う趣味はないとばかりに一歩引いておどけて見せる。 

 あまりにも馬鹿すぎる振舞いだった。さては演技なのか。

 その隊長も、いくらなんでも馬鹿なガキと一蹴することはできないと不審に思った矢先にそれが起こった。


〈ガシャアアアン〉


 凄まじい音と共に、”空が割れた”。そこから伸びる異形の手は強大、かつ悼ましいほどに凶悪な気配を放っている。

 ビルと同じだけの体躯を誇る”それ”は地に手を着いた。それだけで周囲の地面が崩れ始める。黒く腐り、溶け落ちる。

 ただ居るだけで全てを壊す最悪の化け物が唐突に出現した。


「隊長ォ!」

「こいつ、もしやSS級魔物か! なんで、こんな木っ端任務の最中に出くわすことになるんだよ……!」


 私が傷付けてしまったと思った隊員2名は、もう起き上がっていた。魔法と戦うための全身のアーマーは、車と衝突しても骨さえ折れない。実際には、わずかな時間気絶していたけども。

 そして不幸なことに、”それ”を始めに見て狂乱することになる。銃撃した――だが人を相手に調整されたそれだ。魔物はもちろん、そのSS級の興味を引くことすらない。文字通り、蚊ほどにも効いていない。


「――馬鹿な。クソが、この装備でアレを相手にしてられるか! いや、既に本国の衛星システムが奴を見つけてる! チィ、準備は出来てるんだ。時間をかけるはずもねえか……!」


 隊長すらもわずかの間、忘我した。この異常事態に心の整理が追い付いていない。ぶつぶつと呟いて、しかしすぐに思考をまとめた。


「おやおや」


 それでも能天気なこの男。誰にも聞こえない声で呟いた。「これ、斬りすぎたかな?」


〈グルオオオオオ!〉


 魔物が、吠えた。ずるりずるりと割れ目から体をひきづり出す。ヘドロのような汚泥に覆われた体躯。粘液の向こうから無数の目が覗く。

 たった一つの腕と、腐ったような身体の異形。見るだけで人の心を砕くその威容。ただの銃弾では意味がない、それだけの巨大さ。巨大であることはそれだけで強く、そしてその強大さは人に恐れを抱かせる。


「――いやだよ、だれか、たすけて……!」

 

 私の心を折るのには十分だった、その衝撃。私は股の間に広がる生暖かい感触を気にすることもできず、ぽろぽろと涙をこぼす。


「うん。じゃあ、逃げようか」


 彼は私を抱き上げ、さっさと走り出してしまった。あんな絶望を前にして、何も感じていないかのような表情をしている。

 やっとのことで気付いた隊員が注意を飛ばす。


「隊長、あのジャパニーズ……目標を攫って逃げやがった!」

「なんだと!?」


「追いかけますか、隊長!?」

「いや、どうせ奴らも死ぬ。全員、一旦伏せろ!」


 叫んだ瞬間、長距離弾道ミサイルがSS級魔物に突き刺さった。爆発――近くにあったビルの窓が衝撃波で全て砕ける。そればかりか、ビルそのものが”曲がって”倒壊寸前になっている。

 そのままなら崩れ落ちるが、その前に魔物の腕が押し潰した。なにせ、そいつは何も堪えていない。


「ダメージなしかよ……! 化け物が!」

「こんなものが……魔物かよ。こんなものが!」

「落ち着け。今のでダメなら、本国はアレを使うぞ。――”神の杖”が堕ちる。全員、全力で撤退!」


 圧搾空気と人工筋肉を用いたパワードスーツの恩恵により、人を越えたスピードで音もなく町を駆け抜け逃げていくケルベロス。

 そして堕ちる神の杖。


〈……オオオ〉


 中にいる人ごとビルをぺしゃんこにして遊んでいた魔物は宙を見る。脅威が、上から降ってくる。人間的な心など存在しないそれだが、しかし脅威には反応した。


〈ーー!?〉


 ”それ”は真上から堕ちてきた。重量10KGのタングステン棒、その質量攻撃は地に堕ちた衝撃で周辺地域一帯を滅ぼし、そして二次被害で地震を起こし被害金額を跳ね上げるはずだった。

 それだけならば。その表面には無数の魔術文様が輝いている。本来ならそれだけの被害をもたらす攻撃を極小の範囲――超大型魔物一体に集中させる。被害を防ぎ、対象を確実に殺す真なる【神の杖】。


 その時、日本に住む者は皆、奴の断末魔を聞いた。一つの文明を終わらせるほどのインパクト、それを一点に収束させた結果だった。

 ビル2棟に家5軒、死者240名。その程度が今回の被害だった。かつての【大災厄】の被害は推定不能、中国大陸を爆心地として九州の端まで削り取られた”前回”とは違う研究の成果。


 SS級魔物を大した被害もなく葬り去った――【大災厄】以降、人類初めての快挙であった。




 そして、別の場所では。


「うう……ふぐっ。……ぐすっ」


 私はまだ泣いている。分からない、何も分からない。何をしていいかわからなくて、怖くて、勝手に涙が溢れてきて嗚咽が止まらない。


「あは、大丈夫だよ。なんかあのデカいのはアメリカさんの秘密兵器が吹き飛ばしてしまったから」


 彼は頭をポンポンと撫でてくれる。


「しかし、まあアレはどうなんだろうな? 極大の破壊力に極小の攻撃範囲、まあ目指すものとしては間違っていないが……量産性以前に弾数が犠牲になっていやせんかな。10発20発程度でもう撃てませんは困るんだけどねえ」


 彼は顎に手を当てて何やら考え込んでいる。


「……?」


 あまりにも自然体で怖がってすらいない彼に呆れて、不思議で――彼の顔をまじまじと見てしまう。


「ああ、気にしなくていいよ。丈夫な建物の影に隠れていたけど、この分じゃその必要もなかったみたいだ。君を追っていた奴らもどこかへ行ってしまったし。……とりあえず、うちに来る?」

「……え、はい」


 とりあえず頷いてしまった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ