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むべ山風を嵐というらん

僕は高校生になって柔道部に入った。

今日は初めての他校との合同練習。

そして、初めての他校との練習試合だ。


ありま氷炎様の『第八回月餅企画』の参加作品です。


「有効! 待て!」


 審判の声で、僕は我に返った。

いつの間にか僕は畳の上で座り込んでいた。

一瞬、僕はなぜここにいて、何をしているのかはわからなかった。


 今、僕は柔道の試合に出ているんだ。

初めての練習試合で、あがっていたらしい。

審判の「はじめっ」の声の後でパニックになっていたみたいだ。

緊張して我を忘れるとは、まだまだ修行が足りないな。

いつの間にか投げられて……いや、倒されていた。


「れんたろー! まだ時間あるぞっ、落ち着いていこう」


 友人の和史(かずし)の声が聞こえた。


「落ち付いて、技を出していけっ。練習通りでいいんだぞー」


 部長の声も聞こえてきた。


 僕が立ち上がると、審判が「道着を直して」と言ってきた。

道着の左側がはだけている。僕はゆっくりと道着を直しながら、息を整える。


 もう一度、試合相手を見た。

相手も一年生で背格好は僕と同じくらい。

でもパワーもスピードも技も、向こうがずっと上だろう。

そもそも相手は黒帯で、僕は今年から柔道を始めた白帯だ。

胸を借りるつもりで頑張らないと。


 初めての本番であがってしまうのはしかたない。

小学校・中学校の時には拳法をやっていた。

昔、拳法の試合でもあがってパニックになりかけたことがあったな。


 その時の対応は、調息(ちょうそく)。つまり深呼吸だ。

大きく息を吸ってゆっくりと吐く。

新鮮な空気に含まれる気力が、全身に広がるイメージをする。


 僕が構えると、審判が「はじめっ」の合図。


 対戦相手とまともに組み合った。

僕の左手は、相手の右の袖を持っている。

右の背負い投げをしかけるときは、これが『引き手』となる。


僕の右手は相手の左襟(ひだりえり)を持っている。

背負い投げではこれが『釣り手』だ。


 相手も同じように、僕の右袖と左襟を持っている。

『合い四つ』という基本的な組み方だ。


 急に相手が右手を持ち替えて、僕の右襟を持った。

僕の右袖と右襟をつかまれている。

え? 『片袖片襟』って反則じゃないの?

いや、六秒以内ならOKだったか。


 そのまま相手はグイッと僕を押し込んできた。

相手の右足が僕の右足を内側から刈りにきた。

小内刈(こうちがり)』だ。さっき僕はこれで倒されたんだ。

一本を取られなかったのは、もともとフェントだったからだろう。

僕は右足を下げてかわした。本命の技が来る!


 相手が間合いを詰めて、右手で僕の右襟を吊り上げた。同時に右袖を強く引かれる。

投げとばされる! 僕はとっさに右足を前に出して踏ん張ろうとした。

足先が畳に着く前に、その足が払われたっ?


 僕は投げ飛ばされていた。

そのまま畳に叩きつけられる。


「技あり!」


 審判の声が響いた。

とっさに身体をひねったことで背中が完全にはつかなかったようだ。

危なかった。


 勢いよく背中から落とされれば『一本』で試合終了。

一本に及ばないときは『技あり』。『技あり』は二回とると『一本』になる。

『技あり』にも及ばない場合は『有効』だ。


「待てっ」


 審判の声で相手が離れた。


「あと二つ。落ち着いていけー」


 和史の声だ。残り時間は二分。ポイントでは完全に負けている。

守りに入るわけにはいかない。とにかく攻めないと。


「れんたろー。ウ〇トラダイナマイトだー」


「いけー、ウル〇ラハリケーン!」


「必殺レオ〇ックだー」


 同じ一年生部員達がふざけた応援をしている。


 ちなみに『ウ〇トラダイナマイト』は相手の両足にタックルをかける『諸手刈(もろてが)り』。

『ウル〇ラハリケーン』はプロレスのバックドロップに似た『裏投げ』。

『レオ〇ック』は後ろに倒れながら足を使って投げる『巴投(ともえな)げ』だ。


 全部、奇襲奇策のたぐいだ。

こっちは白帯で油断しているだろうし、これを使えばもしかするとポイントを取れるかも。


 でも、これらの技は部長から『今日は使うな』と言われている。

奇策に頼ったら、ちゃんとした投げ技を覚えなくなるらしい。


廉太郎(れんたろう)!」


 部長を見ると、両こぶしを膝につけた。『寝技で勝負しろ』のサインだ。

考えてみれば有効を取られた時も、技ありを取られたときも寝技を仕掛けてこなかった。


 もしかすると寝技なら希望はあるか?

でも寝技にもっていくにも、一度は倒さないといけない。どうしよう?


 部長は右こぶしに左手を重ねた。

『拳法の動きを使ってよし』のサインだ。


「はじめっ」


 審判の掛け声で試合再開。

僕は右手を一度水平に振り、左足を半歩前に出した。


 左前の構えだ。

左手は肩の高さ、右手はアゴの下で構える。


 柔道では右利きだと右前になるが、拳法では左前である。

相手から見ると組みにくくなるだろう。


 右袖を取りに来た相手の左手を軽く払う。

相手は右手で襟を取りに来た。


 ここだっ!


 僕は両手で相手の右手首を掴み、こちらからみて右下に全体重を乗せて引き落とす。

相手の重心が両つま先にかかったところで、身体を左にひねった。


 拳法技・小手投げ。

相手はころんと転がった。


「有効っ」


 この技では一本は取れない。

っていうか、反則を取られても文句は言えない技かも。

僕は転がった相手に覆いかぶさって押さえつけた。


「抑え込みっ」


 相手の背中が畳に着いた状態で三十秒維持できれば『一本勝ち』だ。


 相手はすごい力で暴れる。道着を掴んでいる右手が外されかけた。

全力で右手に力を集中。右手の圧が収まったところで脱力する。

一か所に長い時間、力を入れておけない。


「ひとつ!」


 和史の声だ。十秒経過の合図だ。あと二十秒。


 相手が勢いよくブリッジになった。

跳ね飛ばされかける。僕は全力で抵抗……いや、思い直して全身で脱力。


 部長から教わったことだ。

重さが同じなら、柔らかいものより固いもののほうが持ち上げやすい。

寝技でも、全身に力をこめて固くすると、逆に返しやすくなることもあるらしい。


 なんとか耐えきった。


「ふたつ!」


 二十秒経過、これで『有効』だ。

あと五秒耐えれば『技あり』となってポイントが並ぶ。


 相手の動きがさらに激しくなった。

右手を外されたっ! 逃げられるっ。


 チンチンという金属音と共に、相手に逃げられた。


「一本! それまでっ」


 あ、あぶなかったー……。時計に助けられた感じだな。


 互いに礼をし、僕は部員達のところに戻った。

みんなは拍手をしてくれた。


「やったなー、廉太郎。黒帯に勝ったぞ。お前、すげーよ」


 和史が僕をねぎらってくれた。

先輩たちが僕の肩や背中をバンバン叩く。


「でも、さっき相手が使った技って『山嵐(やまあらし)』だろ。もう一回見たかったなー」


「おれもおれもー。もっかい投げられてもよかったんじゃないかー」


 先輩達がおかしなことを言っている。もちろん冗談……だよね。


「廉太郎。よくやった。山嵐対空気投げって、すごい試合だな」


 部長もほめてくれた。

でも、小手投げは空気投げじゃないと思いますけどね。


「うんじゃ、次は俺の番だ。タイムキーパーよろしく」


 僕は和史からストップウォッチを受け取る。

僕と和史はこぶしを合わせた。


「じゃ、いってくる」


「がんばれよ、和史」


 和史は黒帯、対戦相手も黒帯だ。

相手もなかなか強そうだな。


「はじめっ」


 審判の声に合わせて、僕はストップウォッチのスイッチを入れた。


挿絵(By みてみん)

上のイラストは『山嵐』という投げ技です。

投げる側が右足で相手の足を払います。

左足だけで身体を支えなければならず、難易度の高い技です。


抑え込みの『有効』『技あり』の時間は国際ルールとは国内ルールで異なるかも。


廉太郎の小手投げは、拳法では手首の関節を極めて投げます。

柔道では反則になるので、手首をひねらずに投げています。

柔道技『浮き落とし』に近い動作となります。


『空気投げ』は、相手を担がずに手の動作だけで投げる技です。

通常は相手を後方に倒す『隅落とし』のことですが、相手からみて前方に投げる『浮き落とし』も『空気投げ』と呼ばれることがあります。



挿絵(By みてみん)

上のイラストは拳法の小手投げ。

当初、誤って相手の左手首をとって投げたように書いてました。

実際は相手の右手首です。


この小説、事前にチェックしてたつもりですが、それでも投稿後に誤字脱字が発覚して直しまくっています。


以下はありま氷炎様に描いていただいた小手投げ。

挿絵(By みてみん)

完璧に決まってて『一本』がとれそうです。

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[良い点] 柔道の試合描写が克明に描かれていて、臨場感と緊迫感に満ちていますね。 そして劇中の柔道関連の専門用語の解説が自然で分かり易かったので、柔道は高校の体育以来という私にもイメージし易かったです…
[一言] こんにちは。 月餅企画から来ました。 柔道の試合の臨場感が良くて、思わず応援してしまいました。勝てて良かった! 同級生の声援のワチャワチャした感じも楽しかったです。
[良い点] 「月餅企画」から拝読させていただきました。 リアリティがあり、読む方も力が入りました。 そして応援もリアリティがありました。 楽しませていただきありがとうございます。
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