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あとひとり

※エブリスタ・カクヨムにも投稿しています

 それから企画部・営業部全員分の「気配」が判明したので、人事部に戻って二人してプリンを食べつつの結果発表。


「小野さんも含めて、営業も企画もみんなシロだね」

「そうですか」


 実は半分くらい小野君を疑っていた。


 この部屋によく来ていた小野君が来なくなってから少しずつ状況が変わったとぼんやりと記憶していたからだ。


「ところで俊郎さん。これでほぼ全員調べたことになるけど」

「あぁ、あとは社長……藤田君だけですね」

「うん」


 遥が社内SNSの画面を開いてスケジュールを確認する。


「明日の午前中は社内にいる予定になっているね。俺、明日の朝は大学に行くから、社長からなにかもらっておいてくれる? 何か文字で書いてもらうとありがたいかな」

「分かりました」

「昼前には出社します」


 私は終電の二つ前には乗ろうと思い、慌てて荷物をまとめて遥と共に会社を出た。


「遅い時間まで、どうもありがとう」

「夜更かしは慣れっこだから大丈夫。あ、俊郎さん。こないだ渡した満月の守り、ちゃんと肌身離さず持ってる?」

「えぇ。言われた通り、ちゃんと持っていますよ」

「よし。ではおやすみなさい!」


 ビルの玄関で別れて私は駅へと向かう。あの日、遥がこの屋上に居なかったら扉は施錠されていて、私はまた別の死に場所を求めて彷徨っていただろうか。


 正直に言えば、遥を疑わなかったわけではない。もしかしたら本当は大きな仕掛けがあって、何かの策略じゃないかとか、そんな風にさえ思った。


 遥を信じてみようと思ったのは、私が死んだら妻や息子が悲しむからと、そのためだけに協力を申し出てくれたからだ……。


 私は振り返り、遥の住む部屋があるであろう付近を見上げた。その向こうには少し欠けた月が上っていて、雲の中に隠れるところだった。今年は空梅雨と言われていたが、さすがに一雨くるかもしれない。


 ポケットの中の満月の守りを握り締めて家路を急ぐ。


 ……今日はもう眠ってしまっているだろうから、明日の朝は、出かける前に妻と息子をしっかり抱きしめようと思う。


* * * * *


「藤田君、昨日……豪雨に遭遇してスマホが水没して、番号が消えてしまって……えーと」


 考えに考えた末、自然に筆記してもらう方法がこれだった。ほかに何かいい方法があっただろうか。それ以前に棒読みの台詞を不審に思われなかっただろうか。


「なんだ、俊郎にしてはドジなことをするなあ」


 何も疑わずに付箋に番号を書いてくれた。ついでに6月28日の誕生日まで。


「もうすぐなので、プレゼントもよろしくな!」


 藤田君は前職での同期入社組だ。藤田君の方は早々に転職し、後にこの会社を立ち上げる際に呼ばれて来たので、いわゆる同胞でもあり腐れ縁でもある。誕生日は忘れるわけがない。


「何が欲しいか、あとでメール——」

「うまい棒ひと箱!」


 私の言葉を遮って言い放ち、子供のような顔でニッと笑う。良い意味で子供っぽさを残すからこそ、大胆にも起業に打って出たのだろうと思う。


「そういえば遥君をデザイン部に欲しいって言ってる奴がいたぞ」


 なんとなく想像はついたが、こちらも人手が惜しいので手放す気にはなれない。


「デザイン部も、どうにかいい人が見つかるといいですね」

「ハハハ、やんわりとお断りかぁ。……俊郎は洞察力があるし、良い人がいたら即捕まえてやって」

「えぇ。もちろん」


 そろそろ昼休みという頃、遥が出社してきた。藤田君から受け取った付箋を見せようとすると、いつもと雰囲気が違う。


「あれ? ……遥君、その目は」

「あ、学校行くときはコンタクトレンズだよ」


 そう言いながら、黒いコンタクトレンズを外すといつもどおりの金色の瞳が現れた。


「学校だけは、どうしても物珍しさで人が押しかけてくるからね」

「なんだか苦労してそうですね」

「慣れっこ慣れっこ」


 レンズをゴミ箱に捨てると、メモを受け取ってリュックを背負ったまますぐに詠んでいる。

 もし藤田君だったら……。


「ふふっ」

「ん?」

「俊郎さん、社長からすごい心配されてるよ」


 一瞬涙腺が緩んだ。……彼は上司ではあるが親友なのだ。


「ね、死ななくて良かったでしょう」

「えぇ」


 みっともない顔をしていたであろう私の顔を覗き込んでニッと笑う遥だったが——


「これで全員か……」 


 遥はすぐに怪訝な顔になると、ポケットから革袋を取り出してその結晶をしまった。


「そういえば前に結晶同士を近づけると溶けるのを見せてくれましたが、昨日の夜みたいにそれぞれ違う結晶をまとめて袋に入れるのは大丈夫なんです?」

「結晶にはちゃんと境界があるからお互いが触れ合っても平気。あの時は俺が境界を解除して反応させたんだよ」

「本当に不思議なものですね」


 藤田君の思惑も知ることができたし、彼は色んな形で本当に想いを循環させているようだ。


「これで全員無実……ってことですかね?」


 遥は目を閉じて何かを考えている。


「まさか社外の何者かが侵入してゴミをまき散らしたり、受話器にガラスを張り付けたり、「死ね」なんてメッセージを残したということなんですか……」


 しかし、このセキュリティの甘い社内なのに盗難などの被害報告は一切ない。


 デザイン部のハイスペックなパソコンや、この部屋の仮払用の現金も手つかずだ。それにSNSへの書き込みは北原さんで間違いない事実だった。


「社外の人にここまでの嫌がらせをされる覚えがまったくないんですが」

「ねぇ、俊郎さんちょっと待って。俺も社長が最後かと思っていたけど……」

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