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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死者の道

作者: 五月雨夕霧

ホラー第二弾です。今回も軽度の残酷描写、ホラー描写を含みます。よっぽど大丈夫だとは思いますが、苦手な方はご注意ください。

 ある街に、街灯のない暗い道があった。周りはビルに囲まれ、働く人のいない夜遅くにその道を歩くと、例え満月の日でもひどく暗く影がぼやけるほどの暗さだった。

 だからなのか、その街ではある噂が何年もささやかれていた。曰く、親しい人が亡くなってから四十九日以内にその道を通ると、その人に追いかけられるというものである。さらに、後ろを振り返って姿を確認すると発狂し、やがて連れて行かれるとも言われていた。

 幾人かは実際に追いかけられたと主張したが、大体はでたらめだった。


 さて、その日男はひどく急いでいた。会社の飲み会で帰りがひどく遅くなってしまったのだ。何の連絡もしなかったから家族は心配しているかもしれない。急ぎ足で大通りを歩いていた男は、その暗い、細長い路地の入り口で立ち止まり逡巡した。


(この道を使えば、大通りを歩くよりもずっとはやく家に帰ることができる。しかし……)


 男はちょうど四十九日前に恋人を亡くしていた。彼は特段迷信や怪談を信じる性質ではなかったが、やはり不気味に思っていた。それから今まで近道として利用していたこの道をわざと避けて大通りから帰っていた、のだが。


(あぁ、でもあいつの脚も腕も、もう使えないのか)


 彼が遺体を確認したとき、脚はひしゃげ、腕は潰れ、とても立つことも這うことすらもできないように思われた。


(なら避ける必要はないな)


 そう判断した男は、路地に脚を踏み入れた。

 その日は新月で、より一層暗かった。五十日前までやっていた様にスマホを取り出すと懐中電灯機能をしようして目の前を照らし進み始めた。


 道は細いため、しばらくは男の革靴が立てる音だけが響いていた。しかし、暫くすると別の音が混じり始めた。


 カッ……コッ、カッ……コッ、カッ……コッ、カッ……コッ。


 それはヒールの足音の様だったが、音の主は怪我でもしているのか独特のリズムを刻んでいた。


 カッ……コッ、カッ……コッ、カッ……コッ、カッ……コッ。


 男は自分と同じようにこんな遅くまで働いたり呑んだりした人がいたんだなと思った。思ったが、やはりこんなに暗い路地だ。少々不気味に思われて、脚を早めた。


 カッ……コッ、カッ……コッ、カッ……コッ、カッ……コッ。


 しかしいくら脚を前に出すスピードを早めても、歩幅を広げても、足音は遠ざからなかった。一瞬、相手も追い越すために急ぎだしたのかもしれないと思ったが、すぐに違うと気がついた。


 足音は、速度が変わっていなかった。


 どうしたのだと男が疑問に思っていると、不意に他にもおかしな音が聞こえることに気がついた。


 ベチャリ……ベチャリ……ベチャリ……ベチャリ。


 そんな湿っぽい音が、足音と足音の間に微かに聞こえてくるのだ。まるで、ミンチ肉を何か硬いものにぶつけるような音が。

 それに気付いて、男は更に速度を上げた。後ろにいるものが死者にしろ、生者にしろ、まっとうな者ではないだろう。


 しかし、更に少ししてから彼の鼻は、持ち主の意に反して異臭を嗅ぎ取った。鉄の臭いとひどく暑い真夏、路上に長いこと放置された生ゴミの臭いが混ざったような、不愉快極まりない臭いだ。

 彼は思わず嘔吐いたが、脚を止めなかった。止められなかったのだ。止めたら追いつかれると思ったからだ。


 真夏で蒸し暑いのに、息が切れるほどに走っているのに男の肌は粟立ち冷や汗がだらだらと流れていた。ノートパソコンの入った鞄を握りしめる手の関節は白く浮き出ていた。スマートフォンを握る手はひどく震えて、明かりは規則的に前後に揺れた。


 不意にスマホが手から滑り落ちた。ガシャリと音が響く。息を呑んだ。足音は今も響いている。震える手で拾い上げようとして、再び取り落とす。

 ふと、今自分を追いかけているのは、恋人ではないのではないかと思った。


 そうだ、確かに彼女は脚がひしゃげていた。男はそれを確認した。だからこの足音は、誰か別の、怪我をしたただの女の人なのかもしれない。

 そうだ、そもそも自分は彼女が追いかけて来られないと思ったからこの路地に入ったのではないか。

 急に怖がるのが馬鹿馬鹿しく感じた。それと同時に、相手がどんなやつなのか確かめたいとも思ってしまった。彼は座り込んだまま息を整えると、意を決して振り返る。


 すぐそこに、女がいた。ひしゃげた脚をヒールに押し込み、潰れた腕を壁についた女がいた。

 暗く、明かりを彼女に向ける前だというのにその輪郭だけでなく、全体に真っ赤な色彩もはっきりと認識できる。彼が既にそうだと知っていることも、ひどく近くにいることも差し引いても、やけに鮮明だ。


 女は真っ赤な顔で笑うと、濡れた唇を動かした。


「やっと、来てくれた」


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