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9、迷子の迷子の男の子

◆◆◆◆◆


 朝からいろいろ事件があった。とはいえ、シャーリー達は無事に拠点としている〈交易都市ユルディア〉にどうにか戻ってくることができた。

 目の前に広がる木々に、行き交う人々の姿。振り返ると黄銅に輝く巨大な転移石があった。見慣れたいつもの光景だ。


「へぇー、いい所じゃない」


 だが、ドリーは違ったらしい。とても新鮮なのか、ハンモックでできた町並みを何度も見渡している。


「ここがアンタ達の拠点なの?」

『そうだ。交易都市ユルディアといってな、結構行商人が訪れる所なんだ。他にも綺麗なねーちゃんがいっぱい来てくれて、幸せが詰まった場所でもある』


「ギルドマスターさん、先生が変態先生になっちゃってますよぉー」

『あいつを呼ぶなぁぁ! 地獄耳なんだぞ!』


 ドリーはシャーリー達のやり取りに、楽しそうな笑顔を浮かべた。シャーリーはその笑顔が嬉しくて、にへらっ、とつい笑ってしまう。

 アルフレッドはその光景を優しく見つめていた。だんだん馴染んできたドリーに、嬉しそうな顔をするシャーリーの姿がとても微笑ましい。


『さて、それじゃあ登録しに行くか』

「うぇーんっ」


 シャーリー達を促し、アルフレッドが動き出そうとしたその時だった。誰かが泣いている声が耳に入ってくる。思わず顔を向けると、そこには一人の男の子がベソをかいて立っていた。


「どうしたの?」

「お母さんが、どっかに、行っちゃった……」


 思わず声をかけたシャーリーは、二人を見る。ドリーはちょっと心配そうにし、アルフレッドはとんでもなく面倒臭そうな表情を浮かべていた。


「ねぇ、お家がどこにあるかわかる?」

「わかんない……。来たばっかだし、お母さんがいないと帰れないよぉ……」


 シャーリーは唸る。どうやらこの男の子はユルディアに来たばかりで、帰り道がわからないようだ。お母さんともはぐれ、とても心細くしている。


「じゃあお姉ちゃん達と一緒に、お母さんを探そっか」

「いいの?」

「うん! 一緒に探せばきっと見つかるよ!」


 泣き続ける男の子のために、シャーリーは一緒に行動することを決めた。シャーリーの提案を聞いた男の子は、一生懸命に泣くのをやめようとする。

 頑張る男の子に「偉い偉い」と褒め、手を繋いだシャーリーは二人に顔を向けた。


「ごめんね、二人共。私、この子のお母さんを見つけてから合流するよ。二人は先に行ってて」

「何言ってるのよ。アンタに付き合ってあげるわ。一人でやるより、早く見つかるわよ」

『ワシはパスだ。まあ代わりに、ドリーの登録をやっといてやる』


 アルフレッドはそう言って、そそくさとどこかへ去ってしまった。

 ちょっと感じが悪いアルフレッドに、ドリーは怪訝な顔をする。そんな様子を見てか、シャーリーがフォローするように説明をした。


「先生は子供嫌いなんだよ。よく大切な本をダメにされたって言ってたし」

「ふーん。まあ、どんな風にやられたか知らないから別にいいけど」

「まあ、一番の原因はギルドマスターなんだけどね。よく悪いことをして、ギルドマスターから罰を受けているから」

「ああ、なるほど」


 なぜか納得するドリーに、シャーリーは苦笑いを浮かべた。

 ひとまずどこかへ行ってしまったアルフレッドのことは忘れて、迷子になった男の子のお母さんを探し始めるのだった。


◆◆◆◆◆


『フッフッフッ、ワシは自由だぁー!』


 人通りが少ない裏通りでアルフレッドは叫んだ。ウキウキした表情を浮かべ、ある書店の前で動きを止めていた。


『今日は待ちに待った〈ムフフなパーティー〉最新号の発売日。楽しみにしてたぜ!』


 アルフレッドには目的があった。

 正直、ドリーの迷宮探索者ラビリンスチェイサーの登録なんてどうでもいい。本当の目的は、ちょっとアダルティーな月刊誌〈ムフフなパーティー〉を手に入れることである。

 アルフレッドにとって、この書物を買って読むことが楽しみなのだ。しかし、シャーリーがいると冷たい視線が飛んできて買うのが難しい。


『いいタイミングで別れることができた。感謝する、ガキよ!』


 汚い大人とはこういうことを言うのかもしれない。

 意気揚々に、ルンルンとしながらアルフレッドは書店へ入ろうとする。だが、汚い大人には当然の如く天罰が降されてしまう。


『あれ?』


 ポトリ、と急に地面へ落ちてしまう。アルフレッドは必死に念じてみるが、どんなに頑張っても影は反応しなかった。


『お、おかしい。一体何が――』


 まさか、とアルフレッドは気づく。

 そう、そのまさかだ。シャーリーが男の子を探しに移動したことで距離が開き、魔力同調が切れてしまったのだ。


『お、おのれシャーリー!』


 特に何もしていないシャーリーを、アルフレッドは恨んだ。

 すぐそこにある〈ムフフなパーティー〉に手を伸ばそうとする。しかし、身体が本ということもあり、どんなに伸ばそうとしても届くことはない。

 それでも必死に頑張る。頑張るのだが、やっぱりどうしようもないため、アルフレッドはついに泣き出してしまった。


『ワシ、何か悪いことした……?』


 問いかけるが、答える者はいない。寂しく泣いていると、一つの影が差し込んできた。

 もしかして、という思いがアルフレッドの中で生まれる。この際、自分が悪かったと謝って一緒に買おうとさえ考えた。


『シャーリー、すまなかった! もうこんなことしないから、助けてくれぇぇ!』

「ワン」


 その声は、アルフレッドが想像していた返事とは違った。

 シャーリーってこんな声だっけ、と真剣に考えているとカプリッ、とかじられてしまう。


『おおおっ?』


 視線が急に高くなる。唐突なことにアルフレッドが焦っていると、これまた唐突に移動し始めた。


『これは、まさか――』


 アルフレッドは不運である。

 アルフレッドは不幸である。

 アルフレッドは不憫である。


 なぜならアルフレッドは大きな犬に咥えられ、どこかへ移動しているからだ。

 それに気づいたアルフレッドは、泣きながら叫んだ。


『シャーリー、助けてくれぇぇぇぇぇ!』


 アルフレッドの行き着く先はどこだろうか。

 天国なのか地獄なのか、はたまたどちらでもないどこかなのか。

 それを知る者は、この場にはいない。


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