8、幽霊と白百合姫
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その夜は、とても楽しい時間だった。
お風呂を終えたシャーリー達は、身体が冷えないうちに食事を取ることにする。調査クエストを終えたこととドリーが仲間になった祝いを兼ねてか、ちょっとだけ豪華な晩ご飯になっていた。
「へぇー、いい香りがするドリンクね」
アルフレッドがイタズラで頼んだワインを、ジュースと勘違いしてドリーが一口飲んだことでちょっとした事件が起きる。
顔がビックリするほど真っ赤になり、ベロンベロンに酔っ払ってしまったのだ。ドリーいわく何も覚えていないようだが、シャーリーにとって大惨事となる。
「お胸をモミモミしゃせなちゃーいっ」
「や、やめてぇー!」
笑い上戸となり、変態になってしまったドリーに追いかけ回される。泣きながら逃げ回るものの簡単に捕まってしまい、身体中を撫で回されてしまった。
傍から見ていたアルフレッドはその光景に、
『百合、百合、百合ぃぃっ!』と興奮気味に叫んでいた。
こうしてなんやかんや楽しい夜を過ごしたシャーリー達は、夜が更けると共に眠気に襲われる。ドリーと別れ、割り当てられた部屋に入るとすぐに眠りについたのだった。
今日も大変だった。だけど、新しい仲間ができて嬉しい。
そんなことを眠る前に思う。そのうち強力なまどろみに襲われ、シャーリーは目を閉じた。
明日も頑張るぞ。
ちょっとした目標を立て、決意するとそのまま闇の中へと意識が誘われていった。
『離すな――ドリーから、目を離すな』
声が聞こえた。シャーリーは思わず目を開き、慌てて身体を起こす。
身体を震わせながら周りを見渡してみた。しかし、どこにも怪しそうなものはない。
単なる気のせい、と考えて再び眠ろうとした。
『約束を思い出せ』
声が、後ろから聞こえた。ギギギッ、とぎこちなく首を回して振り返ってみる。
そこには、一人の男性がいた。暗いこともあってか、顔がよく見えない。だが、真っ暗だというのに長い黒髪と真っ黒なローブがとても印象的である。
その男は、ゆっくりと近づいてくる。シャーリーは逃げようとしたが、何かが身体に巻き付いて動くことができなかった。
『お前が勝手に交わした約束だ――絶対に、思い出せ!』
顔なし男性はシャーリーの顎を掴み、クイッと顔を上げられた。覗き込むように近づき、そして――
「きゃあぁぁぁぁぁっっっ!」
シャーリーは叫んだ。ハァ、ハァ、と息を切らしながら周りを見てみる。部屋には襲いかかってきた男性の姿はない。
そのことを確認したシャーリーは、ホッと胸を撫で下ろした。
「夢かぁー……」
夢でよかった、と安心する。もう一度寝ようと、シャーリーは横になる。だが、後列な夢だったためだろうか。眠気がすっかり飛んでしまい、目が冴えてしまった。
布団を被っても効果はない。仕方なく起き上がり、暇潰しを考え始めようとした時だった。
『思い出せシャーリー――お前の決意を!』
夢で聞いた声が、耳に入ってきた。反射的に振り返るが、何もいない。
ヒュン、と背筋が冷えた。もしかして、と考えたくないことを考えてしまう。
「そ、そうだ! 先生っ」
アルフレッドを頼ろうとしたその時だった。シャーリーの目に、夢で見た顔なし男性が入ってくる。ゆっくりと近づいてくる顔なし男性に、シャーリーの口が震えた。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴を上げ、思わず部屋を飛び出す。もしかしたらとり憑かれたかもしれない、と考えながら逃げていく。
『待て、シャーリー』
だが、顔なし男性はしつこい。逃げるシャーリーを捕まえようと迫ってくる。
シャーリーは必死に走った。だが、不運なことに行き止まりへ逃げ込んでしまった。
どうにかならないかと周囲を見渡してみるが、どこをどう見ても逃げることも隠れることもできなかった。
『シャーリー!』
顔なし男性に、手首を掴まれてしまう。シャーリーは思わず、「誰か助けてぇぇぇっ」と叫んでしまった。
その瞬間、シャーリーの身体から純白の光が閃く。その光を浴びた顔なし男性は、声を上げることなくモヤとなって消え去っていった。
「ふえぇーっ」
シャーリーはへたり込んでしまう。自身の身体を抱きしめ、ブルブルと震えた。
あの幽霊は何だったのか、と考えようとしてやめる。思い出そうとするだけで、怖くて堪らなかった。
「う、うぅ……」
怖すぎて部屋に戻れない。だけど、ここにいたらまた襲われるかもしれない。
シャーリーは助けを求めるように見渡した。すると、すぐ傍に扉があることに気づく。
「そういえば――」
何かを思い出し、シャーリーはその部屋へ駆け込んだ。幸運なことに鍵がかかっておらず、シャーリーはそのままベッドの中へと潜り込む。
スヤスヤァ、と眠る酒臭い少女を抱きしめ、震えながら眠りについたのだった。
◆◆◆◆◆
チュンチュン、チュンチュンと小鳥の囀りが響いていた。
温かく優しい日差しに刺激されてゆっくり瞼を開くと、すぐに頭痛が襲ってきた。さらに気持ち悪さにも襲われ、ドリーの気分は最悪だった。
「うえー……」
どうしてこんなに気持ち悪いのか。昨日の出来事を思い出そうとしてみるが、全く覚えていない。ただ気分がなんかよかったことだけはわかる。
ひとまず、ベッドから出て顔を洗おうと起き上がった時だった。
「ん?」
ベッドの中に、見覚えのある少女がいた。かわいらしい寝間着を着た少女は、心地よさそうに寝息を零している。
「シャーリー?」
ドリーは思わず名前を呼んだ。しかし、まだ熟睡しているのかシャーリーが目覚める気配はない。
昨日は何をしたのだろう、と真剣に考え始める。だがどんなに思い出そうとしても、思い出すことはできなかった。
『おーい、ドリー。シャーリーがいなかったんだが、見なかった――』
考えていると、アルフレッドがやってきた。だが、ドリーとすぐ隣で眠っているシャーリーを見て固まってしまう。
真顔で、アルフレッドは考えもしなかった光景を見つめていた。
『悪かった、邪魔したな』
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
『ワシはお邪魔虫だったよ。二人だけの時間を、楽しんでくれー!』
「何勘違いしているのよ! コラ、戻ってきなさーい!」
アルフレッドは何かを察したかのように勘違いして去っていく。慌てて引き留めようとしたドリーだがどうすることもできず、アルフレッドの背中を見送ったのだった。
「すぅー、すぅー」
気持ちよさそうに眠り続けるシャーリーに、ドリーは大きなため息を吐いた。シャーリーはというと、ドリーの気持ちなんて知る由もなく「石、ピッカピカ」と寝言を溢す。
『いいものが見れたぜ!』
著者アルフレッドで後に出版される〈白百合姫〉という書物がある。その題材としてこの出来事を使われたのは、言うまでもない。