7、思いもしないことばかり
「お疲れ様ですぅー」
空が茜色に染まり、調査クエストを終えてシャーリー達が迷宮の外へ出た瞬間だった。かわいい幼女エルフことギルドマスターが、ニッコリと笑って立っていた。
ゲェっ、とアルフレッドが顔を歪める。ドリーはというと、キョトンとしながらギルドマスターを見つめていた。
シャーリーは苦笑いをしつつ、話しかける気配がない二人の代わりに声をかけた。
「待っていたんですか?」
「違うですよぉー。迷宮の外に出たら転移するように設定しておいたんですよ。ホント、最近の魔具アイテムは便利で助かりますです」
「へぇー、そんな便利なアイテムがあるんですか」
「ただ、とんでもなくお高いんですよ。しかも消耗品ですから、おいそれと使えないものなんです。そうですね、シャーリーちゃんの生活費で例えるなら、二年分は飛ぶと思いますです」
「えぇー!」
とんでもない代物を使っていたことに、思わず大きな声を上げてしまった。
目をまん丸にして、シャーリーはただただビックリする。そんな反応が面白いのか、ギルドマスターはニヨニヨと笑っていた。
『そんなお高いものを使って、なんでわざわざここに来たんだ?』
「アルフレッドには教えないのですぅー」
『ほぉ、いいのか? お前の秘密をバラしても?』
「私には秘密なんてないのですぅー。アルフレッドみたいにふしだならことなんて、何一つしてないですしぃー」
『言ったな? そうだな、去年のちょうどこの時期だったかな。青く澄んだ空の下、何気なく外を眺めた時だったな。一つの敷布団が――』
「わぁー! それはダメなのですぅー!」
ニヤニヤとアルフレッドは笑っていた。
慌てるギルドマスターに、シャーリー達は首を傾げてしまった。一体何を言おうとしているのか。気になってしまって、ついアルフレッドに顔を向けてしまう。
『なら言うんだな。じゃないと――』
「わかったです! 言うから言わないでですぅー!」
珍しくアルフレッドにギルドマスターが負ける。悔しくて堪らないのか、ギルドマスターは大きなため息を吐いていた。
だがすぐに、改まったかのように咳払いをして語り始めた。
「実は、シャーリーちゃんに任せたクエストはとっても偉い人から依頼されたものだったんですよ」
『なんだ、そのとっても偉い人っていうのか?』
「都市国家エルミア。そこの公爵様から頼まれたんですよ」
『な、なんだと!? エルミアを治める貴族じゃないか!』
アルフレッドは、驚きのあまりに声を上げてしまった。シャーリーも同じように驚き、あわわっ、と身体を震わせている。
しかし、ドリーだけは不思議そうに見つめていた。どうしてそんなに驚いているのかわからず、静かに立っていた。
「ねぇ、そのエルミアを治める公爵って、そんなに偉いの?」
『偉いなんてもんじゃない。かつて世界に終焉が訪れた時、聖なる盾で空を覆い尽くす邪気を払ったとされる英雄の末裔だ。その中で現在領主を務めるディラルは、歴代で最高と言われるほどの智将だ。しかもそこにいるガキとやり合えるほどの腕前も持っている』
「そんなことないですよぉー。照れるじゃないですかぁー。褒めても何も出てきませんよっ」
『照れるな。あと褒めてもないからな』
ギルドマスターはどれほど強いのだろうか。わかるようでさっぱりわからない例えに、ドリーは疑問符を浮かべていた。
何気なくシャーリーへ目を向けてみる。ガクブルと、あまりの恐怖のためか震えていた。
『っで、なんでクソジジイに頼まれたんだ?』
「うーん、言っていることがちょっと難しくてよくわからなかったですね。ただ、暇があったら眠っている宝物を取りに行って欲しいって頼まれたです」
『なんだよそりゃ……。聖なる盾でも見つけてこいと言われたのか?』
「宝物としか言ってなかったです。でも、この感じだとなかったようですね」
ギルドマスターはそう言って、ポーチから手のひらサイズの石を取り出した。コツンッ、と軽く小突くと石ころは虹色へ変色する。
足元へ虹色に輝く石を落とす。すると虹色に輝く円陣が出現した。
「ひとまず、おじいちゃんに報告しておくです。あ、そうそう。滞納分は免除してあげるですけど、今月分はちゃんと払ってくださいですね」
『待て、ちょっと待て! 今月分も含めて免除じゃなかったのか!? さてはお前、最初からその気だったな!』
「支払いはキッチリするのです。それでは、アデューでーすっ!」
消えていくギルドマスターに、アルフレッドは文句を言おうとした。しかし、一秒も経たないうち虹色の光に包まれて消え去ってしまう。
『あの野郎!』
アルフレッドの叫び声が、空へ虚しく響き渡る。すっかり日が暮れたということもあり、余計に虚しさが強調されてしまう。
そんなアルフレッドに、シャーリーは苦笑いを浮かべていた。なんだかとんでもないことに巻き込まれた気がするが、一旦忘れることにした。
「と、とりあえず、どこかに泊まりましょうか」
すっかり日が落ちてしまった。下手に歩くと、モンスターと鉢合わせるかもしれない。拠点に戻るにしても、できれば安全に移動したい。
そんな思いもあり、シャーリーの一声で一行は近くの宿へ足を運ぶことになるのだった。
◆◆◆◆◆
チェックインを済ませ、部屋を取ったシャーリー達は一日の疲れを取るために大浴場へ訪れていた。
大きな風呂場には誰もいない。言ってしまえば貸し切り状態である。
「わぁー! おっきなお風呂ぉー!」
「結構、情緒溢れているわね」
「誰もいない。やったぁー!」
「こら、あんまり騒がないの。ちゃんと節度を守りなさいよ」
「はぁーい」
はしゃぐシャーリーに、ドリーが軽く注意を促していた。どこか立場が反対な二人だが、それぞれが楽しくお風呂を過ごしていた。
髪を洗い、身体も荒い、肩までお湯に浸かる。ちょうどいい温度ということもあり、疲れ切った身体には最高の薬だった。
ふと、ドリーはシャーリーの胸へ視線を向ける。ほのかに膨らんだそれは、将来性を期待させるものだ。
ドリーはそのまま視線を自身の胸へ移した。まな板、とまでは言わないが膨らみがあまりない。シャーリーと比較すると、とてもバカバカしくなるくらい小さかった。
「ハァ……」
思わずため息を吐いてしまう。なぜこんなにも人とは不平等な生き物なのか、と心の中で神様に文句を言い放つ。しかし、言ったところで変わりがない。
ドリーは膨らみがない胸にガックシとしつつ、シャーリーへ近づいた。
「ねぇ、シャーリー」
「なーに?」
「さっきのギルドマスターだっけ? あの子、そんなにすごいの?」
「うーん。具体的にはわからないけど、すごいらしいよ。前に聞いた話だと、一人でマスタードラゴンに一人で挑んだことがあるって言ってた」
「ハァッ!? マスタードラゴンって、賢者クラスの魔術師が束になっても勝てない相手よ! あんなのに一人で挑んだの!?」
「勝っちゃったらしいよ」
「勝っちゃったの!? どれだけバケモノよ!」
「でもまあ、やりあったのはかれこれ三十年前らしいけど。今じゃあ、そのドラゴンさんと仲よしだって」
ドリーは言葉を失う。普通に戦っては勝てない相手だが、話を聞く限りだと真正面からやりあって勝ってしまったようだ。
衝撃的な事実に、感想すら言えない。だがドリーは、シャーリーの言葉に大きな引っかかりを覚える。そして、気づいてはいけないことに気づいてしまった。
「ちょっと待って。ギルドマスターってどのくらい生きているの?」
「確か百年ぐらいだったかな? まだまだヒヨッコだって言ってたよ」
「ひゃ、百っ!? そ、そっか、エルフだもんね……」
「エルフってすごいんですね。ギルドマスターよりすごい人がいるみたいですし」
「そ、そうね。アハハハハ……」
エルフは長寿である。しかし、シャーリーのギルドマスターは別格だ。
そう思ったドリーだが、敢えて口にしなかった。代わりに乾いた笑い声が溢れてしまう。
世の中、とんでもないバケモノがいる。
敢えて深く考えず、シャーリーと一緒にお風呂を楽しむのだった。