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50、ただいま

『だーかーらー、そうでないと言っとるだろうが!』

「うるさいわね! 少しは集中させないよ!」


 ぐつぐつと煮立つ大釜があった。

 それはいつになく怪しげな輝きを放つと、口出しをしていたアルフレッドが叫んだ。


『いかん! もっと早くかき混ぜろ!』

「ハァ!?」

『手を止めるな! 爆発するぞ!』


 思いもしない言葉を受け、ドリーは慌ててかき混ぜた。だがその輝きはどんどん大きくなり、一向に消えない。

 それどころか歪な光を帯び始めた。


『ヤバい。逃げるぞー!』

「あっ、ちょっ、私を置いてくな!」


 アルフレッドとドリーは部屋の外へ逃げ出した。直後、煮立っていた大釜は煌めき、部屋の窓を吹き飛ばすほどの爆発を起こす。

 ドカーン、という音と共に立ちこめる黒い煙を見て、二人は大きな息を吐き肩を落とした。


「失敗、しちゃった……」

『だから言っただろう。お前には錬金術は向いとらんと』

「アンタの教え方が悪いからでしょ! どうするのよ、また部屋が散らかったじゃない!」

『ワシは教え方は完璧だ! 悪いのはお前だぞ、ドリー! 基本のきすらできとらんのに、応用に挑むバカがどこにおるっ?』


「うっさいわね! とにかく落ちついたら片づけるわよっ」


 ドリーとアルフレッドはいがみ合う。だがすぐに仲直りをして、部屋の掃除を始めるのである。

 シャーリーがいなくなってから約三年の月日が経っていた。ドリーはシャーリーが戻ってくることを信じ、大切なお宝や住んでいた部屋をあの日からずっと維持し続けていた。

 迷宮探索の頻度は抑え、生活に困らない程度に働いていたがなぜか〈緋色の銃士〉〈炸裂娘〉〈デストロイヤー〉という様々な二つ名をもらったのは内緒である。


『ったく、いつもこれではらちがあかん!』


 文句を言いながら片づけるアルフレッドだが、その手を止めようとしない。アルフレッドもまたシャーリーの帰りを待っている一人でもあった。


「文句を言わないの。今度一緒に本屋に行ってあげるから」

『別にいい! ったく、ワシの楽しみを見るたびに白い目をするくせに』

「何か言った?」

『何も言っとらんわ! とっとと片づけるぞ!』


 ドリーはため息を吐いた。

 シャーリーの代わりにドリーがアルフレッドと魔力同調をしている。だが、相性がそこまでいい訳ではなかったため、アルフレッドの行動範囲が一気に狭まってしまった。

 そのせいもあってか、アルフレッドはいつも同じ本を読んでいた。だからこうしてたまに気を遣っているのだ。


「ねぇ、アルフレッド」

『なんだ?』

「シャーリーとはどうやって出会ったの?」

『唐突にどうした?』


「たまにはいいじゃない。聞かせてよ」

『そうだな。ワシがあのガキとはぐれて動けなくなっている時だったかの。物陰から覗き込むように、ずっとシャーリーは見つめていたな。興味があるのか、ずーっとワシを見ていたよ』

「何それ、かわいいじゃない」

『次第に好奇心が勝り、ワシを手に取った。そこからが始まりだな』


「じー」

『そうそう、こんな風に物陰から見ていて──』


 ドリーとアルフレッドは、思わず出入り口に目を向けた。そこには興味ありげに覗いている白いボブヘアーの女の子がいる。


『あの子は?』

「もしかして、シャーリー!?」


 ビクッと女の子は震えた。慌てて逃げようとしたが、寸前でドリーは手首を掴む。

 ドリーはその顔を覗き込んだ。不安で不安で仕方ないという表情に、ルビーのように赤いキレイな瞳が印象的な女の子である。


「違う……」


 シャーリーとは違う瞳の色だった。思わず残念な表情を浮かべると、女の子は「ごめんなさい」と口にした。


「ああ、違うの。もしかしたら待っていた人かもって思ってね」

「そう、なんですか。あの、お姉さん」

「ドリーよ。そう呼んで」

「じゃあ、ドリーさん。その手に持ってるの見せてもらってもいいですか?」


 女の子に言われ、ドリーは右手を見た。

 そこには保存用容器に入っている黄鉄鉱がある。そういえばシャーリーと出会った時、黄金と勘違いして大変なことになっていたな、と思い出して笑った。


「いいけど、面白いものじゃないわよ?」

「そんなことありません! だって、石ころは宝ですもん!」


 その発言に、ドリーは違和感を覚えた。

 女の子はそんなドリーのことなんて全く考えることなく、奪い取るようにして黄鉄鉱を手にする。

 途端に目が輝き、その顔は緩んでいた。


「黄金だぁー! 初めて見たよ。ああ、いい。いいよぉー!」


 そこはかとなく、いやダイレクトに妙な気持ち悪さが伝わってくる。まるで女の子がシャーリーのように思えた。

 ふと、女の子はどこから取り出したかわからないハンマーを手にしていた。それを遠慮なく黄鉄鉱へ振り下ろすと、当然のように火花が散る。


「きゃー!」


 思いもしなかったのか、女の子は悲鳴を上げた。そしてすぐに、残念そうにため息を吐く。

 ドリーはそんな光景を見て、呆然としていた。同時に大きな既視感も覚えるのだった。


「これ、黄鉄鉱じゃないですか。もぉー、ドリーさんのいじわる。愚者の金だってなんで言ってくれなかったんですか? 危うくケガするところだったじゃないですか」

「いや、アンタが勝手に──」

「ふんだふーんだ。ドリーさんなんて知らなーい」


 なぜか女の子が怒る。

 それはかつての親友を、シャーリーを見ているように思えた。

 だからなのか、ドリーの中である思いが芽生える。もしかして、とあり得ない可能性を考えていた。


「ねぇ、教えてくれない? あなたの名前」


 もしそうであるならば、合点がいく。

 もしそうであるならば、待ち続けた意味がある。


 違うかもしれない。だけど知りたい。

 この子がどうして現れたのかという理由を。


「シャルル。シャルルって言います」

「シャルルね。ねぇ、シャルル。どうやってここに来たの?」

「えっと、この子達に教えられて来ました」


 シャルルがそう告げると、二つの存在がドリーの前に現れた。


 一つは見覚えのある幼い黒髪の男の子。

 二つはシャルルの影だ。


 そのどちらからも懐かしい雰囲気が感じ取れる。まさか、と思い見つめていると黒髪の男の子か口を開いた。


「久しいな、ドリー」

「まさかアンタ、ダリオン!?」

「ああ、そうだ。ちなみに影はかつてお前の片割れとなっていたあれだ」


 幼くなったダンダリオンは笑う。影になったかつての片割れも優しく微笑んでいた。

 この二つの存在は何を意味するか。心の中で拭えなかった不安が消え、その奇跡を確信する。


「バカっ」


 もう逃がさない。もう離さない。

 ずっと待ち続けた人をドリーは抱きしめた。


「あ、あの?」

「ずっと待ってた。ずっと帰ってくるって信じてた」

「え? えっと、ダリオンくーん」

「安心しろ。必要なことだ」


 流さないと決めた涙が自然と頬を伝っていく。

 待ち焦がれていた人が戸惑っていても、ドリーは涙を流し続けた。

 ダンダリオンはその光景を温かな目で見守る。アルフレッドもまた、グズグズとしながら嬉しさのあまりにも隠れて泣いていた。


「ホント、遅いわよ。バカ」

「えっと、ごめんなさい」

「おかえり、シャーリー」


 それは、シャルルにとって意外な言葉であった。だけど包み込む優しさはどこか懐かしく、初めて嗅いだはずの花の香りにも覚えがあった。

 シャルルは思いもしない感覚に戸惑いを抱く。初めてのはずなのに、懐かしい。どうしてこんな感覚を持つのか考えようとした。


 そんなシャルルを見てもドリーは躊躇うことなく言葉を告げ、身体を少し強く抱きしめる。

 シャルルは優しい温もりを懐かしく感じながら微笑み、無意識のまま答えを口にした。


「ただいま」


 全てが終わり、始まりを告げる。

 別れがあれば、出会いもある。

 ドリーにとってシャルルは、またかけがえのないものになっていく。

 これは、そのプロローグに過ぎない。


「これ、あげるわ」

「いいんですか!? これ、すごく手入れされてるし」

「いいわよ。杖なんて使わないし、ポーチは変だし。ま、私は私のがあるから」

「ありがとうございます!」


「ところでシャルル、アンタ迷宮探索者ラビリンスチェイサーになるために来たのよね?」

「はい! でも、その前にここに寄れってダリオン君が」

「余計な気を遣って……。まあいいわ。まだ登録してないようだし、町の案内も兼ねてギルドに連れてってあげる」

「いいんですか!?」


「いいに決まってるじゃない。さ、今すぐに行くわよ、シャルル。まだ見たこともないものを見つけにね!」

「はい!」


 シャルルはドリーから差し出された手を握る。

 一緒に駆け、また迷宮探索へ向かう。

 待ち受けるのは見たこともないもの。

 それは試練となり立ちはだかる。


 だが、シャルルには怖いものなんてなかった。

 手にしたお宝と一緒に、駆け抜ける。

 どんなことがあっても挫けない。

 どんなに転んでも立ち上がる。


 それが迷宮探索者(ラビリンスチェイサー)なのだから。

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