49、絶対に帰ってくるよ
『おのれ、おのれぇぇぇぇぇ!』
黒い大蛇は、いやワイズマンは叫んでいた。ただ悔しそうに、ただ怒り狂ったかのように、ただ声を荒げて。
黒い身体がドロドロと崩れ、空間へ溶け込んでいく。それは全て終わったとも言える光景でもあった。
『まだだ! まだ我はここにいる!』
だが、禍々しい意思は叫んだ。
まだ生きていると、まだ死んでないと、まだ生き続けると、まだ死んでたまるかと。
『我は不滅! 我は不死身! 我が力、我が知識、我が探求心、その何もかもが消えることはない! 永久に、永遠に、何があっても、消えることはない! お前達がいる限り我は死なぬ!』
身体はさらに崩れる。それでもワイズマンは叫んだ。
どんなことがあっても、消えることはない。必ず蘇る、と。
『我は神! 我はコトワリ! 我は根源! 我は法則! 我は──』
最後の言葉が放たれるが、聞き取ることはできなかった。
消える。消えていく。シャーリーを、ドリーを、みんなを苦しめた元凶が跡形もなく。
それは完全な勝利。漆黒が消え美しい月が顔を出す中、シャーリーはドリーの身体を抱きしめた。
「よかった。本当によかった」
優しさと温かさが、ドリーに伝わってくる。だからこそドリーは目に涙をいっぱい溜めながら「ありがとう」と言った。
ただ嬉しい。本当に嬉しい。心の底から嬉しい。
全てが終わり、二人は労うように身体を抱きしめていた。長い時を越え、約束を果たした二人はお互いに「ごめんなさい」と言い放つ。
すると二人は噴き出すようにして、楽しげに笑った。
「なんでシャーリーが謝るのよ」
「だって、だってぇー」
本当の意味で終わりを迎えようとしていた。
優しく見守っていたアルフレッドは二人に声をかけようとしたその時である。
『なんだ?』
先ほどまで美しかった月が、赤黒く染まっていた。よくよく見ると蠢いている闇がそこら中にある。
戦いは確かに終わっただろう。
だが、まだ完全には終わっていない。
『逃げろ! 呪われるぞ!』
ワイズマンの置き土産。それは意思を持つ呪いだ。
一斉にドリーへ向かって意思ある呪いは飛びかかった。だが、シャーリーが咄嗟に身体を入れ替える。
飛びかかってきた意思ある呪いを光で弾き飛ばすと、それは悲鳴を上げて消滅した。
「大丈夫!?」
「ええ。でもなんで? もう終わったんじゃあ……」
「わからない。わからないけど」
シャーリーは戸惑った顔をしながらそれを見つめた。蠢いているそれは、ただ苦しげに呻いている。
だが、シャーリーを見た途端、大きな悪意を放った。それは殺気でもあり、感じたことのない敵意でもある。
「戦うわよ!」
『バカ言うな! 逃げる一択だ!』
「逃げてどうするのよ! こんなの野に放ったら──」
『だとしてもだ。こいつらはどうにもできん!』
呪いとはそれほど強力である。
アルフレッドは暗にそう告げていた。だが、ドリーは引こうとしない。このままでは下にあるユルディアが巻き込まれることがわかっているからだ。
みんなを守らなければならない。それなのに、逃げるしかない。
ただただ悔しい現実が、目の前にあった。
「私がなんとかする」
そんな中、思いもしない言葉がシャーリーから放たれた。ドリー達は思わず振り返ると、シャーリーは強い目で二人を見つめる。
だがその目は、覚悟を抱いたものでもあった。
『ダメだ!』
アルフレッドは反対した。
知っているのだ。その目をした者が何を選択したのかと言うことを。
『ワシは許さんぞ! そんな命を投げ出すなんてことは!』
わかっている。やらなければ悲劇が起きることなんて。
わかっている。それでもシャーリーには生きていて欲しいと願った。
『いいかシャーリー、ここは逃げるんだ! 例えどうにかできたとしても、逃げるんだ!』
怒号。だがそれは懇願しているかのようにも聞こえた。
怒鳴り散らすように、願うかのように、アルフレッドはシャーリーを止める。しかし、シャーリーは儚げな笑顔を浮かべた。
「ごめんね、先生」
突如、叫んでいたアルフレッドが静かになる。シャーリーは影の翼が消えたアルフレッドを抱きしめ、ドリーへ顔を向けた。
「シャーリー、アンタ……」
「魔力同調を切ったから、静かだと思う。ドリーちゃん、先生をお願いできる?」
「イヤよ! なんでそんな顔をするの? 最後の別れみたいじゃない!」
「ドリーちゃん……」
「呪われてもいい。アンタが生きてくれるなら、それでいい! だから、だから──」
本心からくる言葉だった。
だからこそシャーリーは、ドリーの身体を優しく抱きしめた。震えている手と、怯えている顔がシャーリーの全てを物語っている。
「シャーリー……」
「もっと、一緒にいたいよ。でもみんなも守りたい。だから、私」
それでもシャーリーは、大切な人達を守るために進もうとしていた。
納得できることじゃない。だがこれはシャーリーが決めたことでもある。
だからこそ、ドリーはアルフレッドを受け取った。
「ドリーちゃん……」
「昔から頑固だからね、アンタは。ホント、困るぐらいに」
シャーリーは暗い顔をした。ドリーはそんな表情を見て、大きくため息を吐いた。
だからこそ、ある言葉をかける。
「待ってるから」
「え?」
「ずっと待ってるから。だから必ず帰ってきなさい。そうすれば許してあげる」
それはあまりにも無謀な約束だった。
叶わないかもしれない、いや叶うはずがない約束だ。しかしそれがわかっていても、ドリーは言い放つ。
「約束よ。破ったら、承知しないからね」
その言葉は、シャーリーの心に刻まれる。
その言葉は、シャーリーに大きな決意を与える。
終わってはいけない。必ず戻らなければならない、と。
「うん!」
シャーリーは返事をした。どんなことがあっても帰ってくると約束をした。
ドリーはその返事を信じる。交わした約束を必ず守ってくれると信じた。
だからこそ、ドリーはアルフレッドを抱えて離れた。そんなドリーを意思ある呪いが追いかけようとした。
「させないよ!」
シャーリーが立ちはだかる。その全てが敵意をむき出しにする中、シャーリーはありったけの力を解き放った。
光と闇がぶつかり合う。その衝撃はすさまじいもので、離れたドリーを吹き飛ばすほどだった。
「負けない。絶対に負けない! 私は必ず、帰るんだ!」
想いと力が合わさり、大きな光が生まれる。
シャーリーを、いやユルディアを飲み込もうとしていた意思ある呪いは、その光に飲み込まれていった。
◆◆◆◆◆
「目を覚ましましたか?」
暖かな光が、雪のように降り注いでいた。
覗き込んでいるアーニャは、どこか悲しげな顔をしている。
ドリーは身体を起こし、何気なく周りを見た。そこには当然のように、シャーリーの姿はない。
「ギルドマスターが、あなたにって」
アーニャはそう言って、シャーリーが持っていた杖とマゼマゼくんを渡した。
何を意味するのか、すぐに気づく。不意にアーニャが涙を流した。グズグズと泣き、悲しんでいた。
「なんでです? なんで、こんなことになってしまったの? こんな、こんなのって……」
周りにいる人々もまた、浮かない顔をしていた。それだけにシャーリーは大きな存在だった。
みんなが悲しんでいる。しかし、ドリーは違った。
「シャーリーは生きてるわよ」
約束したのだ。必ず帰ってくる、と。
だからこそドリーは、その現実を受け入れない。
「あの子は、必ず戻ってくる。絶対に、絶対に──」
信じている。交わした約束を果たしてくれることを。
信じている。あんなことぐらいじゃ死ぬはずがないと。
だからこそドリーは顔を上げる。
降り注ぐ光の雪を見つめて。
◆◆◆◆◆
シャーリーの身体は空を漂っていた。
力を使い果たしたと言うこともあり、徐々に消えていた。
このままでは燃え尽きるように消えるだろう。だが、それを許さず手を差し伸べてくれる者達がいた。
「シャーリー」
名を呼ばれ、シャーリーは目を開く。そこにはダンダリオンの姿があった。
消えそうな身体を優しく抱き上げられると、ダンダリオンは告げた。
「あの時の約束を果たそう」
覆うようにダンダリオンの身体が重なっていく。それに呼応してなのか、漂っていた優しい闇がシャーリーの元へ集まっていた。
「ありがとう。これならほぼ確実だ」
温かな光がシャーリーを包み込む。
夜が明けると共に、その光はさらに大きくなる。
「生きろシャーリー。お前はまだ、生きなければならん」
たくさんの優しさで包まれていく。
たくさんの温かさがあふれていく。
シャーリーは思わず微笑んだ。そして助けてくれるみんなに感謝の言葉を口にした。
「ありがとう──」




