48、時を越える約束
『クハハハハハッ!』
それは嘲笑っていた。何もかもを見下し笑っていた。
ドリーはその姿に、ギリリッと奥歯を噛んだ。
『力が戻る。やはり切り離すものではないな!』
「返せ! あの子を返せ!」
『返せ? おかしなことを言う。元に戻っただろう? 我が一部として』
「ふざけるなっ!」
ドリーは叫び、魔導拳銃を手にした。
躊躇うことなくトリガーを引くと、大きな赤い宝石の身体を貫く。
怒りが籠もった一撃によってか、吸い込みがなくなる。
睨みつけるようにそれを見るドリーだが、途端に嫌な笑い声が響いた。
『クハハハハハッ! 無駄だ無駄だ!』
それはただ笑っていた。みるみると傷が塞がっていく中、ドリーを嘲笑っていた。
『我はワイズマン! 賢者の石でもある我を殺すことなど叶わんわ!』
ワイズマンと名乗ったそれは賢者の石から赤い手を生み出し、そのままドリーを捕らえようと伸ばす。
ドリーは咄嗟にそれを撃ち落とそうと魔導拳銃のトリガーを引く。
だが、その手はドリーの攻撃を全て弾き飛ばし突撃した。
「くっ!」
『逃げろ逃げろ! 虫のようになー!』
右へ左へ。だがどんなに逃げても手は追いかけてくる。
ドリーは空中へ逃げた。すると、手も追いかけてくる。どこまでもどこまでも伸びて、そしてドリーの足首を掴んだ。
「きゃあっ!」
『クククッ。さあ来い!』
身体が引っ張られる。羽を羽ばたかせ、踏ん張ろうとするがどんどん引き寄せられていく。
ドリーが必死に抗っていると、ワイズマンは大きく口を開いた。黒いドリーと同じように食べるつもりだ。
このままじゃ食べられる、と危機感を抱いていた時だった。
『ぬおっ!』
突然ワイズマンの握る力が弱まった。
ドリーは羽を懸命に動かし、その手から脱出する。そのまま地面へ着地すると、ワイズマンは苦悶の声が耳に入った。
『くぅっ、おのれ小娘が!』
ワイズマンが叫ぶと空間に映像が流れる。そこには懸命に戦っているシャーリーの姿があった。
ドリーはシャーリーもまた戦っていると言うことを知る。
『いつもいつも、我の邪魔をしおって!』
ワイズマンは初めて怒りを見せた。
ふと何気なく身体を見ると、先ほどと比べて傷の塞がりが遅くなっていることに気づく。
もしかするとシャーリーが何かしたかもしれない。そのおかげで、ワイズマンが弱体化したかもしれない。
ドリーは魔導拳銃を強く握った。
目の前にいる敵を打ち倒すために。
「返してもらうわよ、あの子を!」
ドリーはワイズマンの不意を突くように突撃した。ワイズマンは咄嗟振り返り、ドリーを止めようと円陣を展開した。
一つは業火を吐き出し、一つは氷刃で切りつけてくる。
一つは雷鳴が轟き、一つは旋風が吹き荒れる。
全てがドリーを止めようと飛びかかってくるが、その全てをギリギリのところで躱した。
そのまましがみつき、その身体に魔導拳銃を突きつけドリーはトリガーを引いた。
『ぬぅっ!』
「アンタが何しようと、私は諦めない。例え火傷しても、腕が跳ね飛ばされても、身体が痺れても、吹き飛ばされても、絶対にあの子を取り戻す。アンタが何者であろうと、私の大切なものを奪い返してみせる!」
『ほざけっ!』
ワイズマンは叫び、ドリーを振り払う。
再び手を生やし固く握ると、今度は殴り飛ばそうとした。
だが、その拳は撃ち出された魔力の塊によって弾き飛ばされてしまった。
『くぅっ! やはり小娘の影響があるか』
このまま押し切れる。
ドリーがそう判断した時だった。
ワイズマンは奇怪な声を放ち始める。それはどんどん大きくなり、次第に身体の自由が効かなくなった。
直後、足下に怪しげな光を放つ円陣が出現する。それが弾き飛ぶと、一気に景色が変わった。
◆◆◆◆◆
「きゃあっ!」
戦っている最中、シャーリーの目の前に求めていた人の姿が現れる。
シャーリーは慌てて手を広げ、その身体を受け止めた。
「ドリーちゃん!」
「シャーリー!」
久しぶりに感じる温もりと、太陽の香り。二人は互いの無事を喜びながら、優しく抱きしめていた。
だが、再会を喜んでいる暇はない。
『ガァアァアアアァァアアァァァァァッッッ!』
黒い大蛇が威嚇するように雄叫びを上げた。
シャーリーとドリーはすぐに身構え、攻撃に備えるとそれは突撃してきた。
「先生!」
『任せろ!』
シャーリー達の盾になるようにして、アルフレッドが突撃を受け止める。
白く染まった身体が輝くと、黒い大蛇は弾き返された。
「今のは……。シャーリー、もしかしてあなた」
「全部思い出したよ」
それは恐ろしい言葉だった。
見たくない、聞きたくないと思ってしまう。
だがシャーリーは優しく微笑み、ドリーに手を差し伸べた。
「だからね、あの時に守れなかった約束を果たすよ」
それは何を意味する言葉だろうか。
少なくともシャーリーは、ドリーの手を握ろうとしている。
その意味がわかったからこそ、ドリーの目から一筋の涙が伝った。
「うん。ありがとう、シャーリー」
泣いてられない。
泣いている暇はない。
だからこそ涙を拭い、ドリーは顔を上げる。
「最後の仕上げよ!」
「うん!」
全てに決着をつけるべく、二人は敵を見つめた。
その勇ましき顔を見た黒い大蛇は、ただ怒りのままに叫ぶ。
『おのれ、おのれが! いつもいつも、いつも邪魔をしおって! だが、これで最後だ。その魂ごと消し去ってくれるわ!』
『させない!』
互いに最後の攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。ワイズマンの心に、消え去ったはずの意思が叫んだ。
それはワイズマンの心を縛りつけ、力を抑えつけ、そして壊し始めた。
『ぬおぉぉぉぉぉっ!』
『シャーリーを、私をこれ以上傷つけさせない!』
『くぅぅ! 調子に乗るな、貴様ぁぁぁぁぁ!』
ワイズマンが苦しむと共に、黒い大蛇の動きが止まる。
最大の、最後のチャンスだ。
シャーリーはアルフレッドに力を注ぐ。
アルフレッドが白く輝き、その身体は盾へと変化した。
そしてドリーはシャーリーの身体を抱きしめる。
「みんなで乗り越える!」
『ワシらは止まらない!』
「アンタが何者だろうと!」
「「『止まることはない」」』
それぞれが集中できるように、それぞれが役目を負う。
ただ奇跡を信じて。
ただ勝利を信じて。
ただまっすぐに突き進む。
『くぅっ! 図に乗るな!』
黒い大蛇は突撃してくるシャーリー達と真正面からぶつかった。
自身の力を過信し。
自身の力に慢心し。
だからこそ、考えていなかった結末が訪れる。
『我が、押されるだと!』
シャーリー達は進む。
力の限り。
力が尽きぬ限り。
どこまでもどこまでも、どんな障害があっても。
大蛇がいても、それを押しのける。
それが迷宮探索者であるシャーリー達だ。
『く、おぉおおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉ!』
光の弾丸は、大蛇の額を貫く。
その中にいた賢者の石であるワイズマンごと。
赤い欠片が舞い散っていく中、黒い大蛇の身体が崩れ始める。
いつしか空を支配していた漆黒が薄れ、キレイな夜空が広がっていた。