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47、私と私

◆◆◆◆◆


「う、ん……?」


 ドリーが目を開くと、そこには深い闇が広がっていた。僅かに感じる揺れのおかげか、まだ生きていることがわかった。

 ドリーが立ち上がろうとすると、強烈な痛みが頭に走る。思わずこめかみ付近を抑えるが、痛みは激しいままで消えなかった。


「目を覚ましたか」


 聞き覚えのある声が耳に入る。顔を向けると、そこには闇に手足が絡め取られたダンダリオンの姿があった。


「アンタ……」

「そんな顔をするな。死ぬことはない」

「だけど!」

「どうにかしたいなら、向き合ってこい。そうすれば私は解放される」


「向き合うって、一体何と?」


 ドリーは口を震わせながら訊ねた。

 ダンダリオンはそんな顔を見ながら、真剣な口調で答える。


「自分自身とだ」


 最も恐れていた答えだった。それは過去と向き合い、かつての大罪と向き合う意味にもなる。

 考えただけでも身体が震えた。すぐにでも逃げ出したくなる中、ダンダリオンはまっすぐドリーを見つめていた。


「シャーリーを助けたいか?」

「え?」

「彼女を助けたいならば、向き合え。それが今できることだ」


 ダンダリオンの言葉が理解できなかった。なぜここでシャーリーが出てくるのかがわからない。

 しかし、その言葉のおかげか少しだけ勇気が出た。シャーリーを助けるためにも、ドリーは小さく頷く。


「なら、道を切り開こう。行ってこい、ドリー」


 闇に包まれていた空間に、一筋の光が差し込んだ。ドリーはそこへ顔を向け、進む。

 もしかしたら後戻りできないかもしれない。でも、シャーリーを助けられるならそれでいい。

 弱々しい行進だが次第に力を帯びていくと伴い、顔には勇ましさが戻っていた。怖い、でもシャーリーを失いたくない。

 だからこそドリーは向き合う決意を固め、光の中へ飛び込んだ。


「ここは──」


 あふれる光が弾け飛ぶと、見覚えのある光景が広がっていた。そこはかつて、親友のシャリーと楽しい時間を過ごした想い出の庭園だ。

 黄金の羽を羽ばたかせ舞う蝶。

 ガラスでできた色とりどりの花。

 その穏やかな空間の真ん中に、誰かが佇んでいた。


「ふぅん、我ながらしつこいじゃない」


 ゆっくりと自分と瓜二つなそれは振り向く。とてもつまらなさそうな表情に、向けられる銃口は何を意味するだろうか。

 ドリーはまっすぐ見つめ、それに近づこうとした。


「来るな、殺すわよ!」


 叫び声が放たれる。しかしそれでも、ドリーは止まらない。

 黒いドリーはそんな自分を見て、奥歯を噛んだ。持っている銃のトリガーを引き、弾丸を撃ち出す。

 それはドリーの頬を掠め、飛び去っていったが行進は止まらなかった。


「止まれって言ってんでしょ!」


 トリガーを何度も何度も引く。

 何度も何度も掠めていき、ドリーに止まれと警告した。

 しかし、どんなに叫んでもドリーは止まらない。


「ふざけないでよ!」


 なぜ、止まらない。

 なぜ、止まろうとしない。

 こんなにも拒んでいるのにどうして手を伸ばす。


「私を殺せ! 私を許すな! 私はお前の罪で、見たくない過去だ!」


 もう嫌だった。

 もうたくさんだった。

 自分のせいでこんなことになったのに。

 自分がいなければこんなことにならなかったのに。


 放っておいてほしい。

 拒んでほしい。

 見捨てて、と願った。


 だが、ドリーは進む。


「ふざけてるのはどっちよ!」


 ドリーは止まらない。

 ドリーは突き進む。

 どんなに拒まれても。

 どんなに傷ついても。


 その手を伸ばす。


「私はもう決めたんだから。シャーリーのためにも、私のためにも向き合うって! なのに、アンタが怖がってどうするのよ!」


 どんなことがあっても。

 例え手を払われたとしても。


 ドリーは何度でも叫ぶ。

 それが自分が求めた答えだと信じて。


「だって、だって、私みんなを食べたんだもん! シャリーの腕も食べちゃったもん! 許してくれない。許されないよ!」


 黒いドリーは叫んだ。

 もう許してと叫んでいた。

 ドリーはその姿を見て確信する。

 目の前にいるそれが、何なのかを。


「なら、一緒に謝ろう」


 ドリーは弱い自分を抱きしめた。

 意地を張り、気丈に振る舞い、大罪から目を背け続けた自分自身。

 泣き虫で、本当は怖がりで、寂しがり屋で、大罪に震え続けた自分自身。

 そんな自分を、ドリーは許した。


「でも、でも、私いっぱいひどいことした。もう、誰も許してくれないよ……」

「大丈夫。あなたは私なんだから。少なくともシャリーは許してくれるわ」

「そうかな? 私、あの子にもひどいことを──」

「だから一緒に謝るの」


「でも、でも──」

「大丈夫! あなたは私。だから、大丈夫よ」


 欲しかった言葉は何だろうか。

 犯してしまった罪に押し潰されそうになる中で、やっと求めていた言葉がかけられる。

 それはシャリーでも他の人でもない自分自身こらだ。


「うわぁあぁぁああぁぁぁぁぁ!」


 もう一人の自分が、大きな声を上げて泣いた。

 安心したかのように、緊張の糸が切れたかのように。

 ドリーはその姿を見て、背中を優しく擦る。ドリーの代わりにずっと背負っていてくれたそれを労うかのように。


『愚かだな』


 このまま終わろうとしていた時だった。

 とても不気味で嫌な声が響き渡る。ドリーは思わず顔を上げると、そこには妖しく輝く大きな赤い宝石があった。


『人を模倣し、力を与えてみたものだがここまで思い通りにならぬとはな。所詮はまがい物か』

「アンタ、誰?」

『まあいい。返してもらおうか、〈意志を持ったコトワリ〉を』


 ドリーの問いかけに答えず赤い宝石が不気味な笑みを浮かべると、空間が崩れ落ちた。

 ガラスでできた花が砕け黄金の蝶が逃げ惑う中、ドリーは大きな赤い宝石を睨む。


『くくっ、面白い目だ。それほどまでに我が憎いか? ならもっと色濃くしてやろう』


 赤い宝石に大きな口が生まれる。それが開かれると、突然強い風が吹き荒れた。

 まるで吸い込んでいるかのように風が暴れている。ドリーはどうにか足に力を込め、吸い込まれないように踏ん張った。

 だが、少しずつ大きな赤い宝石へ引き寄せられていく。


「くっ!」


 このままでは二人とも食べられる。どうにかしないと。

 ドリーは逆転の手立てを探すが、見つからない。どんどん吸い込みが強くなる中、黒いドリーが言葉を口にした。


「ねぇ、ドリー。あなたは強いんでしょ?」

「こんな時に何を言ってるのよ! このままじゃあ!」

「強いんでしょ?」

「そうよ! でもさすがに、一人じゃあ──」


「なら、信じる。シャーリーとあなたが、あの〈歪んだ神〉に勝つことを」


 それは何を意味していただろう。

 黒いドリーは、自ら離れるかのようにしてその手を解いた。

 咄嗟にもう一度手を伸ばす。だが、ドリーはその手に触れることすら叶わなかった。


──信じてる。

──あなたたちが〈歪んだ神〉に打ち勝つことを。

──私をもう一度助けてくれることを。


「この、バカァァァァァ!」


 もう一人の自分自身が飲み込まれ、消える。

 ドリーが悔しさで叫ぶ中、大きな赤い宝石は勝ち誇ったかのように笑った。

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