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40、想いを喰らう陰謀

 そこは、どこか温かくて賑やかで優しさがあふれていた。


 談笑する人々はみんな楽しげで、元気があふれている。追いかけっこする子ども達に注意する母親達に、笑って見守るおじさんとおじいちゃん、おばあちゃんはほっこりと笑いながら見つめ、遊びに付き合う少年少女の顔も楽しそうだった。


「あ、お姫様とおねえちゃんだぁー!」


 微笑ましく眺めていると、遊んでいた一人の女の子がシャリー達に手を振った。

 ドリーとシャリーは手を振り返し、女の子がいる輪の中へと入る。それぞれが「お姫様」「シャリーちゃん」と声をかけ、最近あった出来事や身体の調子などを話し始めた。


「ちょっと、みんな一緒に話されても困るわよ」

「それだけ話したいことがあるってことだよ、ドリーちゃん」

「ったく、仕方がない人達ね」


 温かな輪に囲まれ、ドリーは朗らかに笑った。とても幸せそうな笑顔であり、それを見たシャリーもつい嬉しそうに笑ってしまう。

 この笑顔はドリーが頑張ったから得たもので、それを知っているからこそシャリーも顔を綻ばせていた。


『幸せそうだなぁー』


 シャーリーはそんな風に言葉を漏らした。

 ドリーが見せる笑顔はシャーリーの知らない顔でもある。だからなのか、ついついシャリーと呼ばれる自分にちょっと複雑な想いを抱いてしまった。


「ドリー様ぁぁ、シャリーちゃーん!」

 そんな中、聞き覚えのある声が響く。ドリーとシャリーが振り返ると、慌てて走ってくるメイドの姿があった。

「あら、どうしたのニイナ?」


 ドリーから発せられた名前を聞き、シャーリーは驚いた。

 ニイナは死んで幽霊になっていた少女だ。ずっとドリーのことを待ち続けていた者であり、役目を終えたことで天に召したメイドである。

 そんな少女が、今目の前で息を切らして立っていた。


「どうしたの、じゃないっ! もうすぐ会議だから!」

「あっ。そういえばそうだったわね」

「もー! シャリーちゃんにかまけるのはいいけど、ちゃんと働いてよね!」

「ハァ? 別に、シャリーばっかりじゃないし……」


「え? じゃあこの前の一夜は? もしかして一夜限りのお付き合いだったの?」

「ちょっ! アンタ何言ってんのよ!?」

「聞きました奥さん? お姫様はやはりシャリーちゃんと――」

「まあ、なんてふだしらな!」


「お兄ちゃん、一夜限りのお付き合いって何?」

「大きくなればわかるよー。お兄ちゃん達と向こうで遊ぼっか」

「待って待って! なにもないから! ホントに何もないから!」

「ああ、なんておかわいそうなお姫様。夜な夜なシャリーちゃんにあっはんうっふんされて、ついに国民にバレてしまうだなんて。これはぜひ、みんなの前で!」


「やらんから! というか口を閉じろ!」


 ドリーは頭を抱えた。それを見ていたシャーリーは、ちょっと同情しつつ笑う。どうやら昔のドリーはみんなからいいようにいじられて遊ばれていたようだ。

 そんなドリーを見ているシャリーというかつての自分は、楽しげに笑う。とても幸せな気持ちらしく、ドリーもまたその笑顔を見て呆れつつも笑い返していた。


「あ、そうだ。ドリー様」

「何? まだ何かあるの?」

「経済大臣がまた物申しております。あと、提言があるそうです」


 ニイナはドリーに近づき、小さな声で耳打ちをする。どこか真剣な声を聞き、ドリーの目が僅かに細くなった。

 シャリーはそれを見て、ちょっと不安になる。どうやらシャリーを巡って、また問題が起きたと勘づいたようだった。


「わかったわ。いつも口うるさいし、いい機会だから黙らせるか」

「ですが、相手は国で一、二を争う貴族。下手に刺激すると――」


「この国で一番偉いのは私よ。それに、シャリーを傍に置いているのにはちゃんとした理由があるわ。まさかそれがわからないだなんて、思ってもいなかったけど」


「それが気に入らないのでしょう。だから何度も同じことをするんですよ」

「人間ってのはそういうところが面倒臭いわね」


 ドリーは大きくため息を吐くが、すぐにシャリーへ振り返りニッコリと笑った。

 シャリーは、いや中にいるシャーリーも大きな不安を抱く。ドリーに守ってもらっているからこそ、ドリーが自分のために頑張ってくれるからこそ、拭えない気持ちだった。


「ちょっと行ってくるわ」

「わ、私も――」

「必要になったら呼ぶわ。それまでそうね、錬金術で何か作ってて」

「でも!」

「大丈夫っ。すぐに帰ってくるから」


 ドリーはそう言って、シャリーから離れる。

 ニイナと共に王城へ向かっていく姿を見送るシャリーは、大きな不安と心配を抱いていた。


◆◆◆◆◆


 グツグツと、大きな釜の中が煮立つ音が響く。


 シャリーは呆然と窓の外を見つめ、手にしていた石ころを磨くことを忘れてずっとドリーのことばかり考えていた。

 ドリーはこの国の王族であり、病気で伏した王様の代わりに国営を担っている少女だ。いわゆる事実上のトップである。だから敵も味方も多い立場だ。


 そんな少女を心配しないほうがおかしいというもので、仲がよければ余計に心配をするものである。


「ちょっと怖い顔をしてたなぁー。また私のことかな?」


 そんなドリーに気に入られ、一緒にいるシャリーも似たような立場だった。

 多くの人達に頼られ、多くの人達に疎まれる。なんでそんな風に分かれるんだろう、と考えてしまうが仕方のないことだった。

 もしドリーに才能を見い出されていなければ、自分も疎む側になっていたかもしれない。考えたくはないが、あり得ないなんてことはなかった。


「でも、私は誓ったし――」


 不安は大きい。だけどそれ以上に、ドリーの力になりたいという想いが大きかった。

 その決意は硬く、だからこそドリーへの信頼も大きい。


『そうだ、私は誓ったんだ』


 かつての自分。それはひどい扱いを受けていた一族の一員だった。

 一族はかつて、フェアリーア王国創設期で活躍した軍人の一人である。その身を盾にし、ありとあらゆる攻撃から仲間を守ったとされる英雄だ。

 だが、その栄華は長く続かなかった。とある者が、私利私欲のために王国を滅ぼしかけたのだ。どうにか破滅は回避できたものの、その者によって一族の信頼はなくなった。


 一族断絶はどうにか避けたが、信頼は地に落ちてしまったのだ。重要な役職にはつけず、一般的な仕事もなかなか雇ってもらえなかった。

 そのせいもあって、シャリーの両親は死んだ。どうにかお金を稼ごうと狩りをしていた父親はモンスターとの戦いで死に、出稼ぎしていた母親は盗賊に刺されて死んでしまった。

 一人ぼっちになったシャリーは、どうにか生きるために母親の真似をした。それが錬金術であり、今のシャリーを支える力の一つだ。


 一生懸命に勉強して、どうにか売り物になりそうな品を作った。だが、どこに持ち込んでも自分で作った品物は置いてもらえない。

 仕方なく自分で露天商を開き、売った。誰からも見向きがされず、ため息をこぼしている一人の少女が立ち止まったのだ。

 その少女は「いい商品ね」と言ってくれたことを、シャリーは思い出していた。


「あれがドリーちゃんとの出会いだったなぁー」


 懐かしむように、シャリーは口元を緩ませて目を細める。

 ドリーのおかげで頑張ってこられた。ドリーがいたからこそ今のシャリーがある。

 だからドリーの前で誓ったのだ。今度はドリーを助けられるように頑張ると。どんなことがあっても、ドリーと一緒にいると。


「それに、この力もドリーちゃんに使いたいな」


 たくさんの恩義がある。たくさんの思い出がある。

 ドリーがくれたものは、かけがえのないものばかりだ。だからこそシャリーは全てをドリーに捧げると心に誓っていた。


「離れたくないな……」


 それでも、シャリーは不安があった。もし邪魔をしているならば、ドリーから離れないといけない。一緒に、いつまでも一緒にいたいけど許されないなら、と考えてしまう。

 許してもらえないことかもしれない。だけど一緒にいたい、と日頃から葛藤を抱いていた。


「考えるの、やめよ」


 ずっとぐるぐると巡る不安。押し潰されそうになるが、そればかり考えていても仕方ない。

 シャリーは立ち上がり、窯に目を向けた。いい感じに煮立っており、次の工程に移れそうである。シャリーは立ち上がり、傍に置いていた杖と薬草を手に取った。

 不安をかき消すために、ドリーが喜んでくれる姿を想像して次の作業を始めようとした。

 その瞬間、何かが窓ガラスを突き破って入ってきた。


「何?」


 思わず目を向けると、そこにはグチョグチョと蠢く何かがいた。つい様子を見ていると、それは突然膨張する。


「きゃあぁぁぁぁぁ!」


 どうすることもできないまま、シャリーは飲み込まれてしまった。

 もがき、脱出しようとするが身体にベタついて身動きが取れない。どうにか顔を出し、一生懸命に呼吸をしていると、誰かが家の中に入ってきた。


「これはこれは、初めまして錬金術師様」


 それは見たこともない男だった。ピエロのような仮面を被り、真っ赤なスーツを着た背の高い男だ。白い手袋で包まれた指でシャリーの頬を突くと、仮面の男は笑った。


「ふむふむ。何も感じませんね」


 仮面の男は突くのをやめ、シャリーから目を離す。まるで興味を失ったかのような素振りである。

 シャリーは思わず睨みつけるが、仮面の男は木にする素振りすら見せなかった。


「ま、とっととお仕事を済ませちゃいましょう」


 仮面の音が「おい」と誰かを呼ぶと、男性が三人ほど入ってきた。

 一人が手のひらサイズの球体を投げつけ、ネバネバを固まらせる。

 一人がハサミみたいな武器を取り出し、動けないシャリーを塊ごと切り出した。

 最後の一人が、ニヤニヤと笑ってシャリーの顔を覗き込む。ちょっと気味悪いと感じていると、唐突に口を抑えられて何かを飲み込まされた。


「うえっ、不味い……」


 とてもひどい味が口の中に広がると共に、強烈な眠気が襲ってきた。

 飲まされたものが睡眠薬だと気づくが、すでに遅い。頑張って眠らないようにするものの、気づけはシャリーの意識は闇の中へと落ちてしまった。


◆◆◆◆◆


 ガタンゴトン、と揺れる音が耳に入ってくる。

 おぼろげな中でシャリーは目を覚ました。


「ここは?」


 なぜ、こんなところで眠っているのか。そんなことを考えるとすぐにシャリーは思い出した。


「そうだ、私――」


 誰かに襲撃されて、身動きが取れなくなって、そのまま眠らされた。

 その後、どうなったかわからない。だが、感じる揺れと音から一つの推測が立てられた。


「もしかして、誘拐された?」


 大きな絶望が心を支配する。もしそうならば、例え逃げ出したとしても帰る道がわからない。

 そもそも逃げ出せるのか、という問題もあった。人さらいなら逃げるチャンスがあるかもしれないが、そうでなければこのまま死を待つしかない。


「ヤダ、そんなのヤダぁー!」


 どうにかして逃げ出さなければ。このままじゃあ望まない結果となる。

 だけどどうやって。錬金術はこの場合は役に立たないし、もう一つの力も意味はない。


「うぅ、ぐすっ」


 大きな大きな絶望が心を覆っていく。日頃から溜まっていた疲れも会ってか、涙が止まらない。

 もうドリーを助けられない。ドリーと一緒にいられない。ドリーと笑い合えない。

 ただただ悲しかった。


「うえーん!」


 シャリーは泣いた。情けなく泣いた。

 すると突然、揺れが止まる。もしかしたらその時が来たかもしれない。

 心を包み込む絶望は、色濃く変わる中で妙な音が響いた。

 それは聞いたことがある銃撃音だ。喧騒が響く中、響く銃撃音を聞いてシャリーは泣くのをやめた。


「シャリー!」


 安心する声と共に、強張った顔をした見慣れた少女が目に入ってきた。

 シャリーは「ぐすんっ」とあふれそうな涙を止め、少女を見つめるとその顔は一気に綻んだ。


「よかった、無事で――」

「ドリーちゃん……。うえぇぇぇん!」


 抱きしめられたシャリーは、ドリーの胸の中で泣いた。

 心のなかで安堵が広がると、ドリーはくすぐったそうに優しく微笑んでいた。


「いやはや、まさか王女様が直々にくるとはねで」


 嫌な声が耳に入る。振り返るとそこには、仮面の男が立っていた。

 ドリーはシャリーを抱きしめ、強く見つめる。そんな姿を見た仮面の男は、喉を震わせて愉快そうに笑った。


「これは大事になりますね。くくっ、面白いことになりそうだ」

「私の大切なものに手を出して、無事でいられると思っているの?」

「ええ、思ってますとも。まあ、今回のところはこのまま退散してあげましょう。なんせ私の役目は、果たしましたからね」


 仮面の男は指を鳴らし、その言葉を残して消えてしまった。

 ドリーは奥歯を噛み、悔しそうな表情を浮かべる。シャリーはというと、助かったということに安心していた。

 だが、それはすぐに消える。なぜならドリーの顔が、ずっと険しいままだったからだ。


「ドリーちゃん……」

「大丈夫、大丈夫よ」


 ドリーはシャリーを抱きしめる。しかし放たれた言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのように感じた。

 大きな不安は、さらに大きくなる。ドリーの震える手が、今後のことを物語っているように思えた。

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