4、黒いスチームゴーレム
ガラスでできた髪留め。
ツインテールになった緋色の髪と、覗かせるかわいらしい顔が印象的だ。小さな身体を包むドレスはよく見るとボロボロであり、まるで何かと戦っていたかのような雰囲気があった。
だがそれよりも印象的だったのが、背中に広がる羽だった。その形を表現するならば、蝶である。その輝きはどんな闇だろうと照らし、導いてくれそうなほど力強い。
「うーん、よく寝たー」
幻想的な目覚め方をした少女は、呑気に背中を伸ばしていた。シャーリーはその言動に、目を丸くしてしまう。
ふと少女の足元に視線を落とすと、黄金色に輝く石ころが一つ転がっていた。
「なんだか長いこと寝てた気がするわね。えっと、アンタが起こしてくれたの? ありがと、起こしてくれて。私はドリーって――」
「動いちゃダメッ!」
シャーリーは、近寄ろうとした少女ドリーの動きを止める。慌てながら、ドリーの足元にある黄金色に輝く石ころを手に取った。
「もしかしてもしかして、これって金!?」
シャーリーはウキウキとしながらものは試しと、ポーチの中に入れていたハンマーを取り出した。
もし本物であれば、ちょっとだけ売って家賃の支払いに回そうと考える。
本物であれ。祈りを込めてシャーリーはハンマーを振り下ろす。だが、衝撃を受けたその瞬間、黄金色に輝く石ころは火花を散らした。
「きゃー!」
シャーリーは悲鳴を上げる。ドリーはその姿に、目を点としていた。
目の前で一体何が起きているのか理解できず、シャーリーを見つめてしまう。
「ハァ……」
唐突にシャーリーは落ち込んだ。
あまりの不安定な情緒に、ドリーは心配になる。
「えっと、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。金だと思ったら、黄鉄鉱ですよ。一応、銀や銅も混ざっているみたいですけど、これはホント極少量みたいです。まあ一応、石膏とか硫酸とか作ることができますが今は必要ないですし。でもこれ、よく見ると水分を吸いすぎてダメになってますし。これじゃあコレクターも欲しがらないし。もぉー最悪っ!」
ドリーは混乱した。シャーリーの知識量と、それをスラスラ語るその姿に。
それと同時に、頭に痛みが走る。一体なんでこんな痛みを覚えるだろうか、と考えてみるがわからなかった。
「どうしましたか?」
「なんでもないわ……」
頭を抑えるドリーに、シャーリーは疑問符を浮かべる。
一体どうしてそんなに頭を痛そうにするのか、と考えてみたが全くわからなかった。
「あ、ところであなたのお名前は? 聞きそびれちゃいました」
「さっき言ったんだけど……」
「えっ、本当ですか!? えっと、えっとぉー。あの、ごめんなさい。もう一回、聞いてもいいですか?」
「失礼にもほどがあるでしょ!」
照れ隠しするようにシャーリーは笑う。
ドリーは苛立ちながらも、シャーリーにもう一度名を告げたのだった。
「ドリー……。ドリーって言うんですね!」
「そっ。ちゃんと覚えてよね。ところで、アンタの名前は?」
「シャーリーと言います! あ、あと隣にいるのがアルフレッド先生で――」
シャーリーは何気なく左に顔を向けた。だがそこには、いつもいるはずのアルフレッドの姿がない。
あれ、と感じながら周りを見回してみる。しかし、どんなに探してもいなかった。
シャーリーは固まる。少し考えてから、ドリーへ顔を戻した。
「先生を知りませんか?」
「知る訳ないでしょ!」
シャーリーはすっかり忘れていた。エレベーター付近で、アルフレッドを置いてきてしまったことを。
アルフレッドは助けを求め、泣いているだろう。
しかしシャーリーはどこに置いてきたかわからず、困ったように腕を組んで唸るだけだ。
「ったく、何なのよこいつは……」
ドリーは頭を抱えるが、シャーリーは唸って考えるだけで特に答えようとしない。
その様子に、頭がさらに痛くなってしまった。
「なんか、いいわ」
匙を投げ、ドリーは視線を外した。
何気なく見渡してみる。広がっているのは見覚えのある光景だが、意識を失う前とはちょっと違った。
そのほとんどは変わりがないが、敢えて違う点を上げるならばここを警備するゴーレムがいないことぐらいだ。
そういえば、と何かが頭に過ぎる。
「なんで私、ここにいるんだろ?」
いつもなら王城の寝室で眠っている。そもそもここに来る時は、大切な友人と会うためだ。
こんな所で眠っているなんて本来はありえない。
「そういえば私――」
何かが脳裏に浮かんだ。
攻め込んでくる大軍に、それを率いる暗愚の座王の姿だった。
人々をその驚異から守るために、友と協力して〈強大な何か〉を呼び出すことに成功する。全てが順調に進み、戦況も優勢になり始めた。
だが――
「ッ――」
唐突に頭が痛くなる。
まるで何かに邪魔されているかのように、これ以上のことを思い出せない。それどころか、思い出した部分でさえどこかあやふやだ。
どうにかあやふやな部分を思い出そうとするが、意識を向ければ向けるほど頭の痛みが増していった。
「大丈夫?」
顔を歪め、頭を抑えてうずくまっているとシャーリーが声をかけてきた。
背中を撫でるように優しく擦り、覗き込んでくる顔はとても心配そうだ。
「これ、よかったら飲んで」
手のひらに収まる大きさの小瓶が渡される。ドリーは「大丈夫」と言って返そうとしたが、それでも頑として小瓶を押し付けられた。
思わず顔を上げると、力強い眼差しで見つめているシャーリーの姿があった。
「わかった。ありがとね」
フタをしていたコルクを取り、薬液を口の中へと流し込む。効果が絶大なのか、飲み込んで数秒後に痛みの支配から解放された。
ドリーは思わず小瓶を見つめてしまう。これほどの腕前を持つ者は、覚えがある限り友人だけである。だからこそ、驚いた顔をシャーリーに向けた。
「痛み、取れました?」
「え、ええ。ねぇ、これアンタが作ったの?」
「はい! まだいっぱいありますから、また痛くなったら遠慮なく言ってください!」
照れたように笑うシャーリー。その腕は確かなもので、一流と言っても過言ではない。そのことに気づいたドリーは、まっすぐとシャーリーを見つめた。
「ねぇ、アンタ。名前は?」
「さっき言いましたけど?」
「もう一回教えて」
シャーリーは首を傾げる。
とりあえず言われた通りに自身の名を告げることにした。
「私はシャーリー。えっと、錬金術が使えます」
「私はドリー。一応言っておくけど、変な気遣いはしなくていいから」
「え? でも……」
「私はアンタを認める。それに対等でありたいの」
照れ隠しからくるものだっただろうか、頬が僅かに赤く染まっていた。
だがシャーリーにとって、そんなことはどうでも良かった。自分が扱う錬金術の腕前が褒められたからだ。
感じたことのない喜びと飛び上がる勢いで高揚する心は、何を意味しているだろうか。
才能が認められ、褒められたという事実はシャーリーにとって大きなものだった。
「うん!」
自分を認めてくれた人は、アルフレッド以外ではドリーが始めてである。
だからこそ、嬉しくて嬉しくて堪らない。
「あの、ドリーちゃん。その、もしよかったらなんだけど、お友達になってくれないかな?」
「何言っているのよ。アンタとは、もう友達よ」
「ホント!? あ、ありがとー!!」
ドリー。
その存在はシャーリーにとって大切なものとして変化した。ドリーからかけられた言葉も、次第に大きなものに変わっていく。
だからなのか、シャーリーはとびきりの笑顔を浮かべる。
受け取ったドリーはちょっと照れ臭そうにしながらも、お返しとばかりに笑い返した。
「ま、ここにいても仕方ないし、とりあえず移動しましょうか」
「うん!」
ドリーと一緒にシャーリーはエリアから出ようとした。
だが、移動しようとした瞬間に、一つの黒い球体が目の前にいることに気づいた。
「何だろ、あれ?」
「変ね、あんなのここにはなかったはずだけど」
『見つけた。見つけた。見つけた!』
二人が黒い球体に注目する。
すると黒い球体は小さな爆発音と発すると、激しく燃え上がり始めた。
思わず二人が臨戦態勢を取ると、さらに強く燃え上がる。
「モ、モンスター!?」
「こんなの見たことがないわよ! というか、そもそもここにモンスターなんていないはずなんだけど!」
「で、でも、目の前にいるよ!」
混乱するシャーリーに、戸惑いを見せるドリー。そんな二人を嘲笑うかのように、黒炎が吠えた。
直後、転がっていたゴーレムの残骸が揺れる。
次第に揺れが大きなっていき、残骸が浮かび上がった。
それは燃え盛る黒炎の周りへと集まり、一つの形へと変化して囲んでいく。
降り立つものは、黒いスチームゴーレム。
肩骨部分から、勢いよく蒸気が吹き出した。
「何これ!」
「こいつ、一体……」
剥き出しとなっていた黒炎が、胸のフレームに覆い隠されていく。
漆黒に染まったスチームゴーレムが大きな雄叫びを上げると、シャーリー達の身体が震えた。
放たれる魔力は、あまりにも禍々しい。
真正面からぶつかって勝てる見込みはなく、逃げるのが最善と考えたほうがいい状況だ。
『シャーリー、助けてくれぇ……』
だが、それができなくなった。
幸か不幸か、アルフレッドが見つかった。しかしあろうことか、黒きゴーレムの左肩部分の一部になっている。
「せ、先生! 何しているんですか!」
『何もしておらん。だからこうなったんだー……』
悲しげに泣いているアルフレッド。
このまま見捨ててしまえば、モンスターの一部として一生を過ごすことになるだろう。
そんなの嫌だ、と思ったシャーリーはアルフレッドを助けるために戦うことを決めた。
「今助けます、先生!」
「ちょ、ちょっと! あー、もー!」
シャーリーが無謀にも立ち向かっていく。
ドリーはそんなシャーリーを心配し、一緒に黒いスチームゴーレムと対峙した。