37、白き盾に想いを込めて
『排除ッ、排除ッ、排除ッ!』
オルタネーターは怒り狂ったかのように叫んでいた。その背に広がる二対の幻想的だが禍々しい黒い翼が、鈍く輝く。
見開いていた目らしきものが一斉に向けられるが、シャーリーは恐れることなく強く見つめ返した。
「ほう、切羽詰まったか。面白い」
「き、気色悪いですっ。なんですかあれ!」
「高機動モード。あの姿になれば、まず逃げることはできないな」
「えぇっ! ど、どうするのですか!?」
「倒すしかないな」
それはまさに無謀な結論だった。
アーニャの顔が青ざめていく中、ダンダリオンは笑う。確かに以前のままであればシャーリー達は太刀打ちできなかっただろう。
だが、今なら違う。最悪でも五分以上の結果になるはずだ。
『殲滅を開始しますッ』
「さて、お喋りはここまでだ。来るぞ」
シャーリー達が身構えると、オルタネーターは垂れ下がっていた十本の足を広げた。
鋭く尖っていた先端が花咲くように開くと、そこに小さな光が集まり始める。
アルフレッドはそれを見て、シャーリー達を守るように縦となった。
直後に光は解き放たれる。地面を抉り、燃やし、傷つけていく。
『シャーリー!』
アルフレッドの声に答え、シャーリーは魔力を込めた。
乱れ飛ぶ光からアーニャ達を守り、空から攻撃してくるオルタネーターを見定める。
こんなところで、死ねない。ドリーちゃんを絶対に助けるんだ。
強い想いと硬い意志がシャーリーに力を分け与えてくれる中、オルタネーターは叫んだ。
『一点集中を開始しますッ』
確実にシャーリー達を葬るために、オルタネーターの全ての目らしきものに光が集まった。
途端にアーニャの背筋が震える。
そう、わかるのだ。次に放たれる攻撃は防ぎ切れる代物ではないことが。
だが、シャーリーは動けない。アルフレッドも同様で、ダンダリオンはただ楽しむかのように笑っているだけだ。
動けるのはアーニャだけ。
「んもぉー!」
アーニャはヤケクソになって走った。
それを見たダンダリオンは、感心したかのように笑う。
「なかなかいい勘をしているな」
死の光が飛び散る中、アーニャはビンの中に入った〈燃え盛る青い炎〉をポーチから取り出した。
しかし、オルタネーターは先ほどと違って空を飛んでいる。それに動き回って狙いを定めにくい。
だからこそアーニャはそれを適当に放り投げた。
青い炎が燃え上がると、アーニャは〈鉄壁の丸薬〉を飲み込んだ。
身体に不思議な力がまとうと共に、アーニャは青い炎の中へと飛び込んだ。
少しずつ氷が生まれ、足場ができる中でアーニャは登っていく。
チリチリとした熱さを顔に。身震いする冷たさを足元に感じながらオルタネーターへ近づいていった。
「ほう」
ダンダリオンは感心した。
アーニャがしていることは、普通の人間では躊躇うことだ。そもそも普通は考えつかない行動でもある。
だからこそダンダリオンは、アーニャのことを〈奇才〉と評価した。
「死なすには惜しいな」
ダンダリオンは口元を緩めると、そのまま姿を消す。
一生懸命に登ってオルタネーターへ近づくアーニャの元に現れると、その手を掴み取った。
「手伝ってやろう。何をしたい?」
「少しでもあれの攻撃力を下げたいです。だから、強烈な一撃を叩き込みたいです!」
「いいだろう」
ダンダリオンはアーニャの腰に手を回す。
そのまま持ち上げると、ダンダリオンは一緒に空へ飛び上がった。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
思いもしないことにアーニャは叫ぶ。
ダンダリオンはその姿が堪らなく面白いのか、「ハハハッ」と笑っていた。
「速い! もっと安全にー!」
「ゆっくりはしていられないな。そんなことより、望みは叶えたぞ?」
アーニャは目を向ける。
そこにはギロリと睨みつけているオルタネーターの姿があった。
身体が反射的にすくみ上がると、強烈な光が解き放たれた。
閃光が身体を飲み込もうとする寸前、ダンダリオンは光を弾いた。
大樹だった残骸に突き刺さると、途端に燃え上がる。
「何度もやる余裕はない」
ダンダリオンに言われ、アーニャは腹をくくった。
ここまで来たからには覚悟をするしかない。
恐ろしい光が飛び交う中、アーニャはダンダリオンにお願いをする。
「もっと近づいてください!」
力を貯めるオルタネーターは、アーニャ達を叩き落とそうと攻撃した。
死の光を乱れ打ち、十本の足を使って。
ダンダリオンはその全てを掻い潜り、オルタネーターの懐へと入り込んだ。
「願いは叶えた」
「ありがとうございますっ」
アーニャはポーチから〈水田ザラシ〉を取り出す。
シャーリー達を助けるために。
この戦いに勝利するために。
愛らしいそれをオルタネーターへ投げつけた。
――キュキュウゥゥゥゥゥッッッ!
勇ましい顔つきをした水玉ザラシはドガガガーン、と炸裂した。
強烈な一撃を受けたオルタネーターは、全ての目らしきものを点滅させる。
集まっていた光も消え去り、若干だがその身体から火花が散っていた。
「やった!」
だが、一瞬の気の緩みが仇となる。
オルタネーターはダンダリオンの死角から足を振ったのだ。
ダンダリオンは咄嗟にアーニャを突き飛ばすが、そのまま叩き落とされてしまう。
「あっ」
オルタネーターがアーニャを睨みつける。
目らしきものが一瞬輝くと、その身体は閃光に飲み込まれた。
「アーニャちゃん!」
シャーリーは叫んだ。
オルタネーターが再び睨みつけ、全ての砲口がシャーリーへ向けられた。
「相変わらず抜けているな」
最大威力が放たれようとしている中、聞き覚えのある声が耳に入った。
直後、オルタネーターの足が全て弾け飛んだ。
シャーリーは思わず助けてくれたそれを見る。
そこには、アーニャを抱きかかえて飛んでいるマギアの姿があった。
「マギアさん!」
「あとはお前がどうにかしろ」
シャーリーはすぐに切り替えて、オルタネーターへ目を向けた。
足を全て壊されたにも関わらず攻撃しようとしている。
シャーリーはアルフレッドを見た。
アルフレッドは振り返ることなく、敵を見つめている。
相手は全てを懸けて攻撃してくるのだ。振り返ってはいられない。
だからこそシャーリーは、アルフレッドに力を込めた。
『来るぞ、シャーリー!』
「はい!」
見開かれた目らしきものから、光が解き放たれる。
シャーリー達を確実に、完膚なきまでに叩きのめし、亡き者にするための最後の攻撃だ。
真正面からシャーリー達は受け止める。
光が散っていく中、受け止めているアルフレッドへさらに力を込めた。
『排除ッ、排除ッ、排除ッ!』
オルタネーターはただ使命を全うしようとしていた。
だが、火花を散らす身体ではその負荷に耐えられない。
次第に亀裂が大きくなり、さらに大きな火花が舞った。
それでもオルタネーターはやめない。
ただ与えられた使命を、役目を、全うしようと叫んだ。
「もういいんだよ」
その声が届いたのか、シャーリーは微笑む。
「もう頑張らなくていいんだよ」
オルタネーターの望みを知ったかのように、微笑む。
「だから休んで」
オルタネーターの目らしきものから、何かがこぼれた。
それは涙なのか、それとも違う何かだったのか定かではない。
オルタネーター自身もわからないまま、ただ叫んでいた。
シャーリーはその想いを受け止めたかのように、強く見つめ返す。
そして、オルタネーターから放たれた光を跳ね返した。
『はい、じょっ。せ、んめ、つっ』
温かな光に飲み込まれていく。
与えられた使命は、役目は望むものではなかった。
だからこそ願う。次はこの役目から解き放ってくれたこの者のために力を振るいたい、と。
消えゆく中で、オルタネーターは祈った。
消えゆく中で、オルタネーターは願った。
次はシャーリーのために必ず、と。