33、あなたが求めるもの
『殺せ殺せ!』
『呪い殺せ!』
『魂を食ってやる!』
怒鳴るような声を上げ、モンスター〈ファントム〉の大群は彷徨っていた。
その様子を草陰からシャーリー達は窺う。どうやらファントムはシャーリー達を見失ったようで、一生懸命に探しているようだ。
ふぅー、っと一同は息を吐き出す。見つからないようにソォーッとその場を離れ、ようやくファントムを振り切ることに成功したのだった。
「ひどい目に合いましたわ……」
「そうね。さすがに死ぬと思った」
『ホント危なかったね。もしかしたらみんな、アタシの仲間になっていたかも』
『それだけはゴメンだ! ハァ、だからお前のクエストなんざ受けたくなかったのに』
張り詰めていた緊張が切れ、それぞれが言葉をこぼす中でシャーリーはキョロキョロと辺りを見渡していた。
明らかに集中していない様子に危なさを感じたアルフレッドは、注意しようと声をかける。
するとシャーリーは、思いもしないことを言い放った。
「もしかしたら、ペンダントが落ちているかもって思って」
『お前、まだ真剣にやっているのか?』
「だってかわいそうじゃないですか。何百年もずっと彷徨っているんですよ?」
確かにかわいそうであるが、だからといって命を懸けて探すほどのものではない。
しかしそれでも、シャーリーはニイナのために一生懸命に〈想い出のペンダント〉を探している。いくらなんでも人がよすぎる、とアルフレッドは感じてしまった。
『あのなシャーリー。いくらなんでも、人がよすぎるぞ? 大体、何百年も前に失くなったペンダントだ。そう簡単に見つかる訳ないだろ』
「探さなきゃわかりませんよ! あ、そうだ。先生はあっち側を探してみてくださいね」
『あ、おい!』
シャーリーはアルフレッドに手伝いをお願いし、再びペンダント探しへと戻ってしまった。
アルフレッドはとても面倒臭そうな顔をするものの、シャーリーのためと言い聞かせて仕方なく一緒に探し始める。
それを見ていたアーニャもまたシャーリーのために違う場所に目をやって探し始めた。
「せんせーい、ありましたかー?」
『ある訳ないだろー!』
「こちらも見つかりませんね。きゃ、何か跳ねた!」
さっきまでモンスターに追いかけられていたのが嘘のように、ちょっとほのぼのとした光景が広がっていた。
いつも通りの景色に、ドリーは微笑んでいた。温かくて優しくて、それでいてつい顔が綻んでしまう。
まるで優しさに包み込まれているかのような感覚だ。だからドリーもまた、シャーリーのためにニイナのペンダントを探そうとしていた。
『いいお友達だね』
動き出そうとしたその時、ニイナが声をかけた。
ドリーはちょっと気恥ずかしげにしながら「うん」とハッキリ頷く。
「でも、人がよすぎて困っちゃうわ」
『アハハッ。そこは昔から変わらないんだね』
「そうそう。ホントに――」
何かを言いかけてドリーは言葉を止める。
思わずニイナに振り返ると、優しい笑顔が浮かべていた。
どこか懐かしむような目をしており、それはドリーとシャーリーに向けている。
『ホント、君達は変わらないなー。私だけ先に死んじゃったし』
「ニイナ……?」
『ふふっ。でもドリーもシャリーもいろんなこと忘れちゃっているね。だから私は待っていたんだけど』
ニイナはドリーの手を掴み、どこかへと導いていく。そこは光がほのかに差し込む温かい場所であり、灰色に染まった森の中で唯一緑があふれる場所でもあった。
ニイナはその中心で、掴んでいたドリーの手を優しく解く。
ドリーが思わずニイナへ顔を向けると、ただただ優しく微笑んでくれた。
『ホント、君達は変わんない。ドジなところやかわいらしいところ、お茶目で憎めないところもとっても優しいところも、何もかも変わんない。だからアタシ、待っていたんだ』
「待って! 待っていたってどういう――」
『大丈夫。怖がらなくてもいいんだよ、ドリー。君はアタシの主であり、友達なんだから。だから、そろそろ向き合おう』
ニイナはそう言って、ドリーに何かを渡した。
それは一つのペンダントだ。そのペンダントには、古びた写真がある。
ドリーとニイナ、そして懐かしい友の姿だった。
――私は恨んでないよ。だからドリー、そろそろ自分を許してあげてね。
ドリーは咄嗟に顔を上げた。しかし、そこに立っているはずのニイナの姿はなかった。
ただ温かな光がこぼれている。役目を終えたこともあってか、光はそのまま空へと溶け込んでいった。
「あ、ドリーちゃん!」
空を見つめていると、シャーリーが駆けてくる。振り返るととんでもなく心配した表情になっていた。
ドリーはいつものように笑おうとしたが、この時はなぜか悲しみが心を包み込んでいた。
「どうしたの?」
「ごめん、ちょっとね」
目からとめどなく涙がこぼれていく。悲しいのか、それとも違う感情がそうさせているのかわからない。
シャーリーはそんなドリーを見て、思わず抱きしめた。詳しいことは聞かず、ただ落ち着くまで抱き締めていた。
「私、なんでこんな……」
「大丈夫だよ。ドリーちゃんはドリーちゃんだから」
「うん……。私は、私は私だから」
シャーリーの胸の中で全てを吐き出したおかげか、ようやく落ち着いていた。
ドリーは顔を上げ、シャーリーに「ありがとう」と涙でグシャグシャになった顔で微笑んだ。
シャーリーはその顔を見て、ただ優しく笑い返した。
『落ち着いたか?』
「ああ、なんて羨まっ――ゲフン、微笑ましい光景でしょう!」
傍から見ていたアルフレッドとアーニャは、それぞれの茶々を入れる。
シャーリーとドリーは振り返り、ちょっとだけ照れながらも「うん」と答えた。
「それにしても、こんな場所があったのですね」
『初めて見る場所だな。ドリー、お前が見つけたのか?』
「ううん。ニイナが導いてくれたの」
「ニイナさんが? あれ、そういえばニイナさんは?」
「これを私に渡して、消えちゃった」
ドリーはニイナから手渡されたペンダントを見せた。
シャーリーは何気なくペンダントに触れる。すると途端に、ペンダントは光り始めた。
『うおっ』
「な、何事です!?」
「み、みんな!」
光があふれていく中、優しい歌が聞こえた。
帰ってこないかつての想い出を懐かしむかのように。
帰ってこない楽しい時間を懐かしむかのように。
帰ってこないありふれた幸せを懐かしむかのように。
旋律となってシャーリー達に語りかけてくる。
足元に広がる円陣が優しい光を解き放つと共に、シャーリー達の身体は温かく包み込まれた。
――思い出して、二人とも。
――あなた達が頑張って戦ったことを。
――あなた達が犯してしまった大きな罪を。
――でも忘れないで。
――私達は、あなた達のことが大好きだということを。
光が消える。
シャーリーはゆっくりと目を開くと、そこは見たこともない木漏れ日があふれる大樹があった。
神聖な場所、と表現すればいいだろうか。目の前にある大樹から優しさと厳格さが一緒に感じられた。
「あっ」
その大樹の前に、一つの大きな石碑が立っている。
シャーリーは直感的に気づく。ディラル公にお願いされた石碑だということに。