31、幽霊少女の頼みごと
「これでよし」
どうにかアーニャの荷物整理を終え、ドリーは一息をついた。
アーニャはというと、持ってきた九割の荷物を置いていく事になってしまったのでとても不満そうにしていた。
「せっかく持ってきましたのに……」
ガックリとアーニャは肩を落としていた。どこかかわいそうな姿だ。
シャーリーは思わず声をかけ、アーニャにこんなことを言ってしまった。
「アーニャちゃん。ちょっとだけなら持っていけるけど、どうかな?」
「本当ですか! ではでは、これをお願いします!」
目を煌めかせ、アーニャはシャーリーに結構な数のアイテムを渡した。
ちょっと大変かも、とシャーリーが困って笑ってしまう。だがアーニャは「お願いしますっ」ととても嬉しそうに微笑んでいた。
「うん。じゃあ預かるね」
シャーリーはアーニャから〈生命の輝く雫〉を二つ、〈燃え盛る青い炎〉を二つ、〈鉄壁の丸薬〉を三つ預かった。
ドリーはそんな光景を見て、ちょっとだけ困ったように頭を抱えた。
いくら友達になったとはいえ、甘やかせていては自分を苦しめるだけである。今後アーニャがシャーリーに甘えすぎないように注意しなければならない。
そう考えていると、アルフレッドが優しく微笑んでいた。
「何よ?」
『友達が増えてよかったな』
「友達って、私はあいつとなった覚えは――」
『シャーリーのことだ。ああ、そうかそうか。お前もアーニャともう友達になっていたか』
「……アンタねぇ」
『そう怖い顔をするな。シャーリーはお前が心配するようなことにはならん。それとも、シャーリーが取られてしまいそうで怖いか?』
「そんなことない! けど……」
アルフレッドはニヤニヤと笑っていた。ドリーはむーっ、とつまらなさそうな表情を浮かべてしまう。
心配で心配で揺れ動く乙女心に、ドリーはモヤモヤしていた。アーニャと楽しそうに笑うシャーリーの姿が、さらにモヤモヤな気持ちを膨らませる。
もしかしたらシャーリーは自分の手から離れてしまうかもしれない、とつい考えてしまう。
アルフレッドはそんなドリーの気持ちを汲み取ってか、ドリーに『大丈夫だ』と告げた。
『シャーリーは離れたりせんよ。特にドリー、お前さんからはな。あの子はお前と一緒にいるのが好きなようだしな』
励ましと取れる言葉だった。そんな言葉を受けたドリーだが、ちっとも安心ができない。
しかし、今の楽しい雰囲気を壊したくないという気持ちもある。
とてももどかしい気持ちにヤキモキとしているドリーに、アルフレッドは優しく微笑んでいた。かつて自身も経験した懐かしい光景を見て、幸せそうである。
『眼福だなー』
ドリーはそんなアルフレッドを見て、ちょっと微笑ましいと思った。
「よしっ」
このままではいけない、と考えてドリーは勇気を出すことにした。
シャーリーと一緒に過ごすためにも、アーニャから守るためにも飛び込もうとする。
だが、大きな決意をした瞬間に誰かに肩を叩かれた。
「何よ? まだ何か言いたいことがあるの?」
振り返った瞬間、ドリーは言葉を失った。
美しい白い肌が目に入る。金色に染まった瞳がジッとドリーを見つめていた。
金髪をおさげにし、メイド服に身を包んだ少女をドリーは見つめ返す。
だが、よくよく見るとその身体は半透明になっていた。
『こ、こんにちはー』
少女はニコッと笑ったが、ドリーの顔はだんだん青ざめていく。
そしてドリーは、自分もビックリするような悲鳴を上げてしまった。
「キャアァァァァァ!」
全員が一斉に振り返ると同時にドリーは腰を抜かし、尻もちをついてしまった。
ガタガタと歯がぶつかり、身体も震えてしまう。
あまりにも思いもしないことに、ドリーは動けなくなってしまった。
「ドリーちゃん!」
「どうしたのですか!? って、きゃあっ!」
駆け寄ってきたシャーリー達は、ドリーの傍にいる幽霊少女に気づいて動きを止めた。
初めて見た幽霊に、シャーリーとアーニャはそれぞれを抱きしめる。
恐怖のあまりに固まっている三人を見て、幽霊少女は困ったように笑った。
『え、えと、ごめんねぇ。ちょっと頼みたいことが――』
「しゃ、喋った! 幽霊が喋った!」
「魂が抜き取られてしまいます! は、早く逃げましょうシャーリーちゃん!」
「ちょっ、待って! わ、私を置いていかないでー!」
『お、落ち着いてください! アタシ、そんなことしませんから!』
パニックになる一同。そんな中、シャーリーはアルフレッドに助けを求めようとした。
だが、なぜかアルフレッドの姿がない。一生懸命に見渡してみるが、いつも見かける本の姿はなかった。
「ど、どこに行ったんですか!? せんせーい!」
『こ、ここだぁぁ』
「先生、せんせーい!」
『た、助けてくれぇぇ』
シャーリーは声がした方向に目を向けると、ドリーのお尻の下にアルフレッドはいた。
どうやら尻もちをついた拍子に下敷きになってしまったようだ。
その顔はよく見るとどこか嬉しそうである。だからシャーリーは、ジトーッとしたとても冷めた視線でアルフレッドを見つめてしまった。
「悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散!」
『だから大丈夫だって! そんなに怖がらないでくださいよ!』
『おおおっ! 痛いけど幸せぇぇ!』
「先生なんて、もう知らない」
怖くて怖くて堪らないドリー。
暴れるドリーの下で幸せを感じるアルフレッド。
拗ねるシャーリー。
そんなパーティーメンバーを見てなのか、アーニャはなぜか冷静になった。
「え、ええと、ひとまず話を聞きましょうか」
苦笑いしながら、アーニャは全員を落ちつかせるのだった。
『私は悪い幽霊じゃあ、ありません!』
幽霊少女が力強く言い放った最初の言葉だった。
シャーリー、ドリー、アーニャが納得できない顔をする。「本当かな?」「驚かされたし」「嘘かもしれません」とそれぞれが疑って見つめていると、アルフレッドがゴホンと一度咳払いをした。
『安心しろ。こいつは悪い幽霊じゃない。だがとっても厄介だ』
『あ! アルフレッド君、そんなこと言わないでよ!』
『言ってやるさ。お前のせいで何度死にかけたと思っている!』
「先生、お知り合いなんですか?」
『一応な。こいつはニイナという幽霊だ。傍にいるだけで、厄介なモンスターが寄ってくるホント厄介な奴だ』
『好きで来てもらってないから! アタシだってとっとと未練を晴らして点に召したいし!』
「未練? 未練ってどんなものですか?」
アルフレッドは『あっ』と声を上げた。
ニイナはというと、目を輝かせてシャーリーに肩をガシッと掴む。
それはまるで、逃さないぞという意思表示に思えた。
『よくぞ聞いてくれました! ありがとう、君!』
「は、はいっ?」
『ふふふっ! クエストだね。クエストだよね! これはクエストを言っちゃう流れだよね! だから言っちゃうね。言っちゃうんだからね!』
『や、やめろニイナ! それだけはやめろぉぉ!』
必死にニイナの身体を影の手で掴み、アルフレッドは引き離そうとする。しかしニイナはシャーリーから離れようとしない。
鼻息を荒くして、今か今かと待ち構えていた。
「え、えっと。クエストってどういうものですか?」
『ノォォォォォ!』
見事に地雷を踏み抜いたシャーリーに、アルフレッドは悲鳴を上げた。
ニイナはというと、怪しげに楽しげに嬉しそうに笑う。
『ふーっふっふっ。聞いちゃいましたね。聞いてくちゃいましたね! なら言います! アタシ、ずっと探しているものがあるんですよ! そう、それは〈想い出のペンダント〉! それを見つけてくrたら、とってもいいことをしてあげます!』
「とってもいいこと?」
シャーリーはつい頭を傾げてしまう。
だが、その言葉を聞いたアルフレッドは即座に叫んだ。
『ダメだ! 絶対に受けるな!』
「どうしてですか?」
『いいか、このクエストは――』
アルフレッドが何かを言おうとした瞬間である。
ニイナがアルフレッドの後ろに回り込み、その口を塞いでしまった。
そしてもの悲しげな顔をして、シャーリーを見つめながら語り始める。
『ああ、あのペンダントを失くしてから数百年。アタシはずっと彷徨っては探していました。でも、どんなに探しても見つからない。ああ、ああ、ああ! なんてことなの。どうしてこんなにも見つからないの? 襲ってくるモンスターから逃げ、それでも探す日々。誰でもいいから、かわいそうなアタシを助けてくれないかなぁ?』
「ニイナさん……。受けます。私、ニイナさんの探し物を見つけます!」
『シャーリー!』
どうにかニイナの手を振りほどき、脱出したアルフレッドだったが遅かった。
ニイナは目を輝かせ、シャーリーの両手を掴む。そのまま包み込むように握り締めると、ニイナは嬉しそうに笑った。
『ありがとう、君! これでクエスト受注は成立ね!』
ニイナはシャーリーの手を握り締めながら、明後日の方向に指を差す。
力強く、無邪気な顔をしてさらに叫んだ。
『さあ、一緒に探しにいきましょう! アタシのかけがえのない想い出を!』
アルフレッドは目頭を抑えて絶望に浸った。
やり取りを見ていたドリーとアーニャは、目を点にして三人を見つめる。
こうしてシャーリー達は、奇妙な幽霊少女を引き連れて〈想い出のペンダント〉を探すことになった。