26、白銀のヒューマノイド
◆◆◆◆◆
黒ずんだ空に舞い踊る真っ黒な炎。キャッキャと笑う火だるまコウモリが、アルフレッド達を取り囲んでいた。
「参ったね、これは」
「数が多すぎる! 賢者殿、どうにかなりませんか!」
『シャーリーがいればまだどうにかできるんだがっ! クソ、なんだこれは!!』
アルフレッドの顔が歪んだ。
まるで狙っていたかのようなタイミングで、シャーリー達と分断されてしまった。
このまま襲われてはひとたまりもないが、それ以上にシャーリー達が心配である。
「僕達だけでどうにかするしかないね」
『ああ。だが、片付けたとしてもシャーリー達が――』
「そっちは大丈夫だよ」
それは思いもしない言葉だった。
なぜこんな状況で、大丈夫だという言葉が出せるのか不思議でならない。
そんな疑問を抱いていると、スレインはニカッと笑った。
「たぶんだけどね」
言葉の真意が全くわからない。
アルフレッドが思わず眉を潜ませると、一匹の火だるまコウモリが突撃してきた。
思わず身構えた瞬間、グレアムが遮る形で間に割って入る。そのまま大剣を振り下ろし、火だるまコウモリを一刀両断にした。
「賢者殿、今は自分達の心配をしたほうがいいかもしれません。とにかく、ここを乗り切ることを考えましょう」
「そうそう。僕達が命を落としたら、助けようにも助けられないでしょ? なら、目の前のことに集中するしかないさ」
二人に言われ、アルフレッドは息を吐き出す。
シャーリー達を助けるためにも、今はここを乗り切るしかない。
襲いかかってくる火だるまコウモリをどうやって撃退するか、と考えていると妙な声が聞こえた。
目を向けると、切り倒されたはずの火だるまコウモリが起き上がっている。
『何っ!』
「ギャギャギャッ!」
叫び声と共に黒い炎が灯る。そのままアルフレッドへ飛びかかろうとした瞬間、火だるまコウモリの身体を一つの矢が貫いた。
アルフレッドはスレインへ目を向けると、一つのボウガンを手にしている。
「油断はできないね」
貫かれた火だるまコウモリは、黒い炎に飲み込まれてしまう。
まるで自分で自分を燃やしてしまったかのようだ。
おぞましい光景を見て、アルフレッドは息を一瞬止めてしまった。
「これは一体――」
『呪いだ。おそらく、ここにいる全部が呪われている』
「なんですと! 全てが呪持ちですか!?」
「厄介この上にない。どうする?」
逃げようにも逃げられない。
真正面から戦っても勝ち目がない。
ならば取れる方法は一つだけだ。
『呪持ちだろうが何だろうが、弱点は変わりない。ワシらはそれを叩く!』
「弱点? そんなのあるのかい?」
『火だるまコウモリは音波でコミュニケーションを行っている。それにこれだけの統率を取れた行動をしているからな、どこかに司令塔となっているリーダーがいるはずだ。それを叩けば、烏合の衆に変わり果てる!』
「そのリーダーを叩けば、我々の勝ちですか。しかし、どうやって見分けつけるのですか!?」
『耳を澄ませろ。そうすればわかるはずだ』
スレインとグレアムは言われた通りに音を聞いた。
キャッキャ、という楽しげな声が四方八方から響き渡っている。そんな中で一際大きな鳴き声があった。
ギャッギャ、と何か怒っているかのような声だ。その声を放つ火だるまコウモリを見ると、他と違って若干白い炎を身にまとっていた。
「あいつか!」
スレインは狙いを定め、トリガーを引いた。
白い火だるまコウモリは攻撃に気づき、反射的に回避しようとするが、避けきれない。
そのまま羽を貫かれ、地面へと落ちた。
「騎士団長さん!」
「わかっている!」
グレアムは落ちたリーダーを叩き切ろうと駆けた。
だが、その行く手を遮ろうと手下達が邪魔に入る。
「押して通る!」
グレアムは止まらなかった。
鍔に備えられた青い秘石が輝きを放った途端、手下達がまとっている炎がかき消された。
そのまま弾き飛ばし、グレアムは突撃する。
確実に勝利をもぎ取るために、大きな刃を突き刺すように振り下ろした。
「ギギャアー!」
リーダーである火だるまコウモリが悲鳴を上げた。
直後、舞っていた手下達の統制が崩れる。
だが――
「ギャギャギャッ!」
身体を切り裂かれたはずのリーダーが笑うと、身にまとっていた炎が白からどす黒いものへと変わった。
グレアムは咄嗟に後ろへと下がるとバラけたはずの火だるまコウモリが、一斉に黒く染まって襲いかかる。
『騎士団長殿!』
「心配ご無用!」
グレアムは氷結の秘石を叩く。
途端に、一つの氷花が大きく花びらを咲き誇らせた。
多くの火だるまコウモリが氷刃に貫かれていく中、数匹が掻い潜りグレアムに飛びつこうとする。
「背中がガラ空きだ!」
言葉と共にいくつもの矢が火だるまコウモリ達を貫いていった。
スレインは倒した火だるまコウモリを見ることなく、次々と撃退していく。
そんな中、リーダーが再び飛び上がる。
真っ黒な炎が不気味に揺らめくと、リーダーは大きな雄叫びを放った。
「ギャギャギャアァァァァァッッッ!」
号令だっただろうか。その声を聞いた火だるまコウモリ達は、一斉にリーダーの元へと集まっていく。
身にまとう黒い炎がどんどん大きくなり、それに伴って身体も大きくなった。
「しつこいな!」
「だが、もうひと踏ん張りかもしれません!」
『ああ、もう少しだ。奴らは切り札を出した。つまり、ここで叩けばワシらの勝ちだ!』
巨大に火だるまコウモリを倒すために、力の限りを尽くす。
まだ時間がかかる。もう少しで行けるから、頑張ってくれ。
アルフレッドはそう願って、巨大化した火だるまコウモリに挑む。
◆◆◆◆◆
「邪魔しないで、シャーリー。サクッと殺しちゃうところだったでしょ?」
「ドリー、ちゃん……」
事切れたヘブンズ・セブンを背にし、ドリーは笑っていた。
腹部を抑え、倒れているシャーリーは起き上がろうとする。
ドリーはそんなシャーリーを蹴り、思いっきりお腹を踏みつけた。
「がっ」
「ホント、アンタは邪魔だったのよ。もう少しのところでいつもいつも邪魔してくれて。でも今回は感謝しているわ。だって、アンタのおかげでこの身体が手に入ったもの」
メキッ、と音がした。
シャーリーは痛みで思わず悲鳴を上げると、ドリーは心地よさそうに笑う。
「助けは来ないわ。そう手を打ったから」
「うぅっ……」
「ふふ、いい気味。もっと声を聞かせてもらおうかしら」
ドリーは足に力を込めようとしたが、その瞬間に痛みが頭に走った。
始めは軽いものだったが、次第に大きくなっていく。
「邪魔するんじゃないわよ!」
しかし、その痛みを力でねじ伏せた。
一瞬で痛みが消え去り、ドリーの顔に歪んだ笑顔が戻る。
もう一度シャーリーへ顔を向け、持っていた魔導拳銃の銃口を突きつけた。
「残念だけど、サクッと殺してあげる。感謝しなさい、シャーリー」
トリガーに指がかけられようとした。
少しでも力が入れば、シャーリーは撃ち抜かれてしまうだろう。
だが、ドリーには躊躇いがなかった。
「悪いが、今そいつに死んでもらっては困る」
そのままシャーリーの胸を撃ち抜こうとした瞬間である。
シャーリーに突きつけていた魔導拳銃が、弾き飛ばされた。
ドリーは思わず目を大きくし、目の前に立っているそれを見た。
美しい銀色の髪。褐色に染まった肌に、白銀の鎧。
線が細いと表現できる身体だが、しっかりした身体つきだ。
鋭く見つめてくる黒い眼に、ドリーの笑顔が消えた。
「お前は、マギア!」
マギアと呼ばれた存在は、ドリーの手首を握り締めていた。
反射的にドリーは翼を使い、マギアの胸を抉る。
しかし、おかしなことに中身が現れない。
「無駄だ。オレは前のオレとは違う」
マギアはドリーの胸に手を当て、白い光が溢れ始めると一気に身体を貫いていく。
攻撃を受けたドリーは、どのまま力なく崩れ落ちてしまった。
マギアは身体を優しく受け止めると、冷たい目をしてシャーリーへ顔を向ける。
「やっと戻ってきたと思ったが、なんだそれは? お前、本当にシャーリーか?」
シャーリーはキョトンとしていた。
初めて出会った存在だが、相手はシャーリーのことを知っている様子だ。
「えっと、誰ですか?」
「お前、前の記憶がないのか?」
「前の記憶?」
言っていることがわからず、シャーリーは頭を傾げてしまう。
そんなシャーリーを見たアギアは、大きくため息を吐いてしまった。
「肝心なところが抜け落ちてしまったか。まあいい、立て」
マギアはシャーリーから視線を外す。
合わせるかのように視線を置くと、そこにはどす黒い巨大な何かがいた。
揺らめく身体をどうにか保ちながら、それは大声を放つ。
『おのれッ! もう少しだったというのに!』
シャーリーは息を飲んだ。
ドリーに取り憑いていたものが、あまりにも大きなことに身体が震える。
『憎たらしいヒューマノイドめ! 白神子と共に屠ってやる!』
勝てない。勝てるはずがない。
シャーリーの中でそんな想いが大きくなった。
しかし、マギアがそんなシャーリーを奮い立たせる。
「シャーリー、忘れているから言っておく。ドリー様を助けられるのはお前だけだ」
「え?」
「昔も今も、変わらない事実。それを覚えておけ」
目の前にいる敵。それはあまりにも大きな存在だ。
強くて、怖くて、シャーリーでは太刀打ちできないかもしれない。
だけど、ドリーを失いたくない。
守れるのはシャーリーだけ。
ならば、立ち上がらない分けにはいかなかった。
「守る。私、絶対にドリーちゃんを守る!」
マギアは優しく微笑んだ。ようやく立ち上がったシャーリーが、身体を震わせながらも挑む決意をしたことに。
黒くて禍々しい何かが怒りのまま咆哮を放つ。
それでもシャーリーは逃げない。
ドリーを絶対に守ると、決めたのだから。