23、大活躍!? 錬金ポーチ〈マゼマゼくん〉
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燃え盛る炎。飛び交う火だるまのコウモリがキャッキャと笑う中、炎に包まれていた蕾が花開く。流れ出ていく火山が唸り声を放つと、中で眠っていた真っ赤なワニが顔を出した。
煉獄火山の迷宮〈インフェルノ〉に突入したシャーリー達は、ちょっと不思議な生態系を眺めながら進んでいた。
「うわぁー……、落ちたらやばそぉー」
『気をつけろよシャーリー。死ぬからな』
「石ころに夢中になっちゃダメよ」
さすがのシャーリーもみんなの注意を素直に聞き、進んでいく。
グツグツと音を放つ溶岩は、明らかにヤバい。そんな中を生きる煉獄ワニもヤバいが、それ以上に飛び交う火だるまコウモリのほうがヤバかった。
『一応言っておくが、火だるまコウモリは刺激するなよ。あいつらは集団で襲い掛かってくるからな。今は活動時間じゃないから数は少ないが、怒りを買ったら最後だ。ワシらは火だるまになって死んでしまうからな』
シャーリーは静かに何度もコクコクと頷いた。間違っても起こさないようにと決め、奥へと進んでいく。
山が小さく唸り声を上げる中、虹色竜〈ヘブンズ・セブン〉を探して歩き回る。様々なエリアを巡るのだが、肝心のヘブンズ・セブンに出会えないでいた。
「うーん、なかなかいないねぇ」
「他に目星はありますかな?」
「いいや。もしかしたら場所を変えたかもしれないね」
「ふーむ、困りましたな……」
ううむ、とへの口にしてグレアムは顎に手を添える。
スレインも似たような顔をして前髪を掻いていた。
このまま探し回っても見つかるだろうか、とさえ思ってしまう。そんな中、シャーリーが「ふへぇー」と声を漏らした。
「大丈夫?」
「ちょっと、疲れたぁー……」
『結構歩き回ったからな。しかし、これだけ探しても見つからんとは。一体どこに行ったもんか』
すっかり疲れ切ってしまったのか、シャーリーは膝に手をついていた。肩を動かして呼吸するシャーリーを見て、スレインは「ちょっと休もうか」と口にする。
モンスターがいないということもあり、一同は簡易テントを張った。アルフレッドと男子達はテント設営を、女子達は間食を用意することになる。
「シャーリー、何か食べられるものある?」
「うん、あるよっ」
シャーリーは張り切ってポーチの中身を出して広げた。
よくわからない石ころに薬液が入ったビン、新鮮そうなリンゴが十個とこれまたよくわからない植物の花などがある。
使えそうなのはリンゴだけで、ドリーはついため息を吐いてしまった。
「私も持ってくればよかった……」
「え? どうしてそんな顔をするの!?」
「食べられるのリンゴだけじゃないっ。いくら間食だといっても、これじゃあ寂しいわよ!」
「で、でも、リンゴは美味しいし、私は大好きだし……」
根本的な何かを理解していないシャーリーは、目を潤ませていた。
ドリーはますます頭が痛くなる。そういえば、友人もこんな感じでどこかズレていたな、と思い出した。
「まあいいわ。ないよりはマシだし」
呆れながらドリーはリンゴの皮を剥き始めた。
シュンとするシャーリーは、ドリーに習って革を剥こうとする。
「あ、そうだ」
シャーリーはあることを思い出した。
置いていたポーチを手に取り、フッフッフッと怪しく笑い始める。
ドリーは思わず眉を潜ませるが、シャーリーはお構いなしにポーチを見せつけた。
「今こそ活躍する機会だよ! 目覚めろ、錬金ポーチ〈マゼマゼくん〉!」
そう言ってシャーリーはリンゴとよくわからない植物の花をポーチへ入れた。
ドリーが怪訝そうに見つめていると、ポーチが突然「まーぜまぜまぜっ、まーぜまぜっ」と奇妙な声を放ち始める。
思わずドリーは目を大きくすると、数秒も経たないうちに「ピッキーンッ」とまた奇妙な声を放った。
「〈ポイズンジャム(リンゴ味)〉ができたぁー!」
「ちょっと待てっ!」
ドリーはいろいろツッコミたくて仕方なかった。
シャーリーはそんなドリーの気持ちがわからず、キョトンとしながら見つめ返す。
「そのポーチ何!? いきなり違うものに変わったんだけど!?」
「マゼマゼくんだよ。すぐに錬金術が使えるように、最近作ったポーチだよ」
「わからないの、って顔すんな! 初めて見たからね!」
「あれ、そうだっけ?」
シャーリーは不思議そうな顔をしながら頭を傾げる。
ひとまず奇妙なポーチの機能について理解することにしたドリーは、次なるツッコミを入れた。
「まあいいわ。ところでシャーリー、私達は何を用意しているんだっけ?」
「食べられるもの」
「アンタが持っているそれは何?」
「ポイズンジャム。リンゴ味がして美味しいよ」
「食べたら死ぬものでしょ! なんでそんなもの作ったのよ!」
「あれ、おかしいな? 結構美味しい蜜が入っている花だと思ったんだけど」
どうやらシャーリーの間違いによってとんでもない代物が生まれたようだ。
ドリーの頭がますます痛くなってしまう。
「アンタは何もしないで。私が用意するから」
「え? だけど……」
「みんな死んじゃう。いいわねっ」
「は、はい……」
笑顔のまま怒るドリーに、シャーリーは何も言えなくなった。
ガックシと肩を落とし、シャーリーは椅子に座る。隣で不器用に皮を剥く。ちょっと心配になって何か手伝おうとすると、ギロッと睨まれてしまった。
「った!」
大丈夫かな、と心配していると起きるべくことが起きた。
ザクリッ、とドリーは指を切ってしまった。シャーリーが慌てて「大丈夫」と声をかけると、ドリーは笑う。
「平気よ。こんな傷、すぐに治るし」
「ダメだよ。ちゃんと治療しないとバイ菌が入っちゃう」
シャーリーはそう言って、ケガした指の治療をしようとした。
だが、その傷口を見た瞬間にシャーリーは目を大きくする。
「え?」
傷口がものすごいスピードで塞がっていく。零れ出ていった血も傷口の中へと戻っていき、あっという間に収まってしまった。
まるで逆再生されたかのような完治に、シャーリーは言葉を失ってしまう。
「ねぇ、いつまでそうしてるの?」
「え? あ、ごめんね」
「とにかく、アンタは何もするな。私がやるから、ね?」
ドリーに促されてシャーリーは手を離す。
だが、先ほどの出来事が忘れられなかった。再生とも治癒とも違う奇怪な出来事に、シャーリーは何が作用したのかと考えてしまう。
「さて、と。これでよし。シャーリー、みんなを呼んできて」
「う、うん……」
頭から離れない光景に、妙な戸惑いを覚えながらシャーリーは腰を上げる。
だが、その瞬間に暗くなった。シャーリーは思わず空を見上げると、大きな身体をした何かがいる。
バッサバッサと羽ばたく音が耳に入った直後、それは急降下した。
「シャーリー!」
ドゴン、と地鳴りがした。
シャーリーは身体を起こすと美しい鉱石が目に入る。赤、緑、青と様々な緑柱石や自然銀と自然金を鱗代わりに身にまとったドラゴン。
身体が大きく、その七色とも思える輝きにシャーリーは息を呑んでしまった。
「オォオオオォォォォォォォッッッ――」
虹色竜ヘブンズ・セブンは大きな大きな咆哮を放った。
あまりの美しさと、感じたこともない圧迫感にシャーリーは呆然と見つめるだけだった。