19、おじいちゃんの恩返し
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「うぅー、頭が痛いぃぃ……」
「さすがギルドマスターだね。あっという間に距離を詰めてきたよ」
ドリーは目に涙を浮かべていた。
ギルドマスターに追いかけられ、容赦なく小突かれたこともあり、額に大きなコブができていた。
なぜこんな目に。そんなことを考えていると、隣に立っていたスレインが朗らかに笑った。
「にしても、やっぱりギルドマスターはすごいね。あの小さな身体にどうしてあんなパワーがあるのか不思議でならないよ」
「確かにそうね。エルフと言っても、あれは規格外としか思えないわ」
「一度お近づきになろうかな? そうすれば解明が――」
『それはやめとけ』
スレインがいけないことを考えていると、聞き慣れた渋い声が耳に入ってきた。
振り返るとそこには、アルフレッドの姿がある。
「アルフレッド!」
『心配かけたな。というか死にかけたぞ! まあ、鋼鉄モグラが暴れてくれたおかげで、どうにか逃げ出すことができたが』
「それはよかったですね、アルフレッドさん!」
スレインがわざとらしく大喜びする。そんな姿にドリーは思わず、ジトッとした目で見つめていた。
「ところで、さっきの言葉はどういう意味なんですか?」
『あいつと付き合うのはやめとけってことだ。あいつは何もかも規格外。だからスレイン、お前でも手を余すからやめとけ』
「そ、そうなんですか? まあ、アルフレッドさんがそういうならやめときますが」
『それに百年生きていてもガキはガキだ。いろいろと困るぞ』
アルフレッドの言葉を受け、スレインは困ったように笑った。
単なる興味本位だったが、それでも火遊びはやめておいたほうがいいかもしれない。それほどギルドマスターは扱いが大変なのだろう。
『まあ、そんな話は置いておこう。ところでシャーリーは見かけなかったか?』
「あれ、一緒じゃなかったの?」
『騒ぎが収まってから探したが、見つからなかったんだ。あいつ、どこに行ったんだ?』
うーん、と考え始めるアルフレッドとドリーだが、どこにいるか検討がつかない。
もしかしたらギルドマスターに小突かれているかも、と考えた瞬間だった。
「ただいまぁー!」
シャーリーの元気な声が店中に広がった。
ドリーは安心して振り返る。そこには満面の笑顔を咲かせているシャーリーの姿があった。
「ちょっとシャーリー、アンタどこに行ってたの?」
「えへへっ、アーニャちゃんと一緒にココアを飲んでいたんだ」
「へぇー、そうなの。それはよかったわね」
ドリーは受け答えをした後、妙な違和感に気づいた。
シャーリーとアーニャは、さっきまでいがみ合っていた仲だ。そんな二人が仲よくココアを飲んでいた、とはどういうことだろうか。
「……ねぇ、シャーリー。アーニャって、あのアーニャよね?」
「そうだよ? アーニャちゃんはアーニャちゃんだよ?」
「そうよね。さっきまでケンカしていたアーニャよね? っで、どうして仲よくココアを飲んでいるのかしら?」
「え? ど、どうしたの? 顔がとっても怖いよ、ドリーちゃん?」
詰め寄るドリーは、シャーリーの肩を強く握りながら理由を訊ねた。
いろいろとあったが、一番の元凶はシャーリーとアーニャである。そんな二人がなぜ、仲よくココアなんてものを飲んでいたのかがドリーはわからなかった。
「白状しなさい! じゃないと、石ころ全部捨てちゃうわよ!」
「わぁー! 何もかも話すからそれだけはやめてぇー!」
プンプンと怒るドリーに、シャーリーは困り顔をする。
周りはドリーに同情しつつも、シャーリーが語るのを待った。
「えっとね、まず勝負なんだけど引き分けだったの」
「引き分けっ? あんだけやったのに引き分けなの!?」
「う、うん。それでお互いの健闘を讃えて、ココアパーティーをしたんだ」
「どういう流れよ! そこから打ち上げってことなの!?」
「それからいっぱいお話したんだ。錬金術のこととか、宝石のこととか、先生のこととか!」
「へ、へぇー。そうなの、私が大変な目にあっていた時に、そんなことを。へぇー」
「大変な目? もしかしてドリーちゃん、ギルドマスターさんに追いかけられたの?」
「ちゃんと小突かれたわよ! もう怒った! ギルドマスターの代わりに鉄拳制裁してあげるわ!」
「きゃあぁー!」
シャーリーとドリーは仲よくじゃれ合い始める。それはいつも通りの光景であり、いつも通りに微笑ましい出来事だ。
だからなのか、そんな二人を見たロメオが朗らかに笑った。
「ホッホッホッ。何はともあれ、円満解決したようだノォ」
「円満解決と言えばいいんですかね?」
『とても円満には思えないが』
「シャーリーちゃんのおかげで店には客足が戻ってきたからノォ。だから問題ないノォ」
どうやらアーニャとの商戦がいい宣伝になったようだ。
勝負に引き分けた、ということもあってかロメオの雑貨店には前の賑わいが戻っていた。
何はともあれ、この戦いはいい方向に転がったようだ。その証拠にロメオの顔もどこか明るい。
「あ、そうだ。先生、アーニャちゃんからの伝言です!」
シャーリーが思い出したかのように笑う。
アルフレッドがなんだ、と思い耳を傾けるととても嬉しい言葉がその口から放たれた。
「もっと自分を磨いて、一人前の女性になってから会いに行きますって言ってました」
アーニャはアーニャで、何か目標を見つけたようだ。
その目標を遂げてから、またアルフレッドの前に現れる。
そう捉えたアルフレッドは、とても優しい顔をして「そうかそうか」と微笑んでいた。
「待ちなさい、シャーリー!」
「いやぁー! もう小突かないでぇー!」
何もかもが丸く収まり、終わりを告げようとしていた。
だが、怒ったドリーの怒りは収まらない。
逃げ回るシャーリーは、ロメオの後ろに隠れた。ドリーはシャーリーを捕まえようと手を伸ばすが、上手くロメオを使われて逃げられてしまう。
ロメオは元気いっぱいにじゃれ合う二人を見て笑った。
『これを、シャーリーに――』
ふと、ロメオは何かを思い出したかのようポケットへ手を入れた。そして後ろで隠れているシャーリーに、あるものを渡す。
「そうだノォ。今回のお礼としてこれをあげるノォ」
それは、とても小さな笛だった。銀色に輝く、本を象った装飾がされた笛だ。
キレイに輝く増えを受け取ったシャーリーは、ロメオの顔を見た。
「何に使うかわからないものだノォ。まあ、本当に困った時に使えば、何か起こるかもノォ」
シャーリーは笛を不思議そうに見つめる。
そんなことをしていると、右の手首を掴まれてしまった。思わずドリーを見ると、悪魔のような恐ろしい顔をいて笑っている。
「もう逃さないわよ!」
「きゃあぁー!」
引っ張り出されたシャーリーは、そのままももみくちゃにされてしまう。
一生懸命に抵抗するものの、ドリーに拘束されてされるがままやられてしまった。
「ゆ、許してぇー!」
かわいい悲鳴が響く中、シャーリーの手の中で輝く銀色の笛は笑う。
こうしてシャーリーは、ロメオから報酬として〈ダンダリパンの笛〉を手に入れた。