15、プライドを懸けたどうでもいい戦い
辺りは静まり返る。
あまりにも突然なことにシャーリーだけでなくドリーやアルフレッド、部下であるスタッフの全員が驚き戸惑っていた。
そんな中、アーニャはシャーリーをガンと睨みつけている。一体何があって、それほどまでシャーリーを敵視するのかがわからなかった。
『あー、ゴホンッ』
唐突なことに驚愕し、戸惑って動けなくなったシャーリーを助けるためにアルフレッドは咳払いをする。
その効果はバツグンであり、アルフレッドは全員から注目を集めた。
『アーニャとやら、悪いが勝負を仕掛けた理由を話してくれんか?』
ごもっともな意見である。
ボールを投げられたアーニャがどう投げ返すか、と考えながらアルフレッドは待った。するとアーニャはわなわなと身体を震わせ始める。
「アルフレッド様ぁ!」
だが、アーニャの反応は想定外のものだった。
その目は星の如く輝いており、その頬はほのかな朱色に染まっており、ムスッとした表情は満面な笑顔に変わっていた。
大きく手を広げ、そのままアルフレッドへ飛びかかるように抱きつく。アルフレッドはというと、「あー!」ととても情けない声を上げて潰れたのだった。
「ああ、ああ、ああ! なんということでしょう! まさかこんなところでお会いできるだなんて。夢にも思いませんでした! ああ、愛しの賢者様っ。あの時の約束を果たしに来てくれましたのね!」
『ぬぉぉっ! 嬉しいけどちょっとやめてくれぇぇ!』
顔をスリスリとされるアルフレッドに、ドリーは目を点としていた。
シャーリーはというと、とても冷めた目でジトッと見つめている。
本当に一体何があり、こんなことになっているのか全員がわからなかった。だからこそ全員がアーニャの言葉を待つ。
『ア、アーニャ! すまん、なぜワシにこんなことを!』
「なぜ? まさか忘れてしまったのですか!? そうですわね、なんせ十年も前のことですし」
『十年前?』
「そうですわ! 十年前、エルニア公国の公女だったわたくしを、アルフレッド様が救ってくださったのです! あの時は家出した途端に、盗賊に襲われましたからね。やらなければよかったって考えましたわよ」
エルニア公国の公女。
家出。
盗賊。
アルフレッドの頭の中で舞って踊り、そしてある記憶へと収束した。
『ま、まさか、あの時の女の子か!?』
「はい! ようやく思い出してくれたのですね」
『おお、あれからそんなに経ったのか! いやぁ、大きくなったな。まさかあの女の子が、こんなにも大きくなるとは……』
アルフレッドは懐かしむように優しい目をしていた。それはシャーリーが見たこともないアルフレッドの顔でもあった。
だからなのか、ちょっとだけつまらなく思ってしまう。
そんなむくれた顔をするシャーリーをちょっと微笑ましく思いながら、ドリーはアルフレッド達に声をかけた。
「アルフレッドの知り合いだったのね。にしても、アンタって十年前からその姿だったの?」
『バカ言うな。ワシが本になったのは三年前だ。それまではイケイケのダンディーな男だったぞ!』
「見た目は変わっても、性格は変わってないみたいね。にしても、どうしてアルフレッドだってわかったの? 完全に違うじゃない?」
確かに、と全員がドリーの言葉に同調した。
アルフレッドが以前の面影を残しているというならばわからなくはないが、完全に人の姿をしていないのだ。わかったほうがおかしいと言える。
「何を仰る? わかって当然ではありませんか」
「いや、わかったほうがすごいと思うけど……」
「そうですね、敢えていうならば〈愛の力〉ですわ!」
ふふん、とアーニャは微笑み、胸に手を添えて恥ずかしげもなく言い放った。
なんだか質問したこっちが恥ずかしくなってくる。
ドリーがそう感じていると、アルフレッドが困ったように笑いながら言葉を放った。
『ま、まあ、そうだな。アーニャよ、ちょっと頼みたいことがあるんだが――』
「勝負だよ、アーニャちゃん!」
アルフレッドが穏便に収めようとした時だった。
シャーリーから思いもしない言葉が放たれる。思いもしないことに、アルフレッドだけでなくドリーも反射的に振り返ってしまった。
「私と勝負だよ!」
「シャ、シャーリー! アンタ一体何を言っているのよ!」
「あら、やる気満々じゃない。いいですわよ、乗ってあげるわ」
『ま、待てっ! その前にワシの話を――』
「よし、じゃあ勝ったほうが何でも言うことを聞くね! 私が勝ったら、この請求書を全部払ってもらうんだから!」
「ならわたくしは、アルフレッド様をいただきますわ。もう毎日のようにラブラブな生活を送りますから!」
「ちょ、ちょっと、勝手に話を進めないでよ! アルフレッドも何か言いなさい――」
『ラブラブな生活……。いや、いかん! ワシとアーニャはとんでもない年の差があるし。しかし、だが――』
「何バカなこと考えているのよ! 止めてよアルフレッド!」
なんやかんやで話が進んでいく。
火花を散らすシャーリーとアーニャに、いけない妄想をするアルフレッド。そんな三人を見て、ドリーは激しい頭痛に襲われてしまった。
始まってしまった勝負。ひとまず話をまとめるためにも、ドリーは質問を投げかけた。
「もう、わかったわよ! で、どうやって勝敗を決めるの?」
「ん? うーん……」
「そうですわね。同じアイテムを作って、その売上で競い合うというのはどうです? 売上が少しでも多いほうが勝ち。シンプルでいいと思いますけど?」
確かに簡単に勝敗がわかる。
しかし、ドリーはその勝負ではシャーリーに勝ち目がないと感じていた。
「ああ、でも難しいかしら? なんせアルフレッド様に頼ってばかりみたいですし。だから請求書も溜まっているのでしょうし」
「やってやろうじゃない! 絶対に勝ってやるんだから!」
売り言葉に買い言葉とはこういうことだろうか。
安い挑発に乗ってしまったシャーリーに、ドリーは頭を抱えた。
相手は相手でシャーリーが舞台に乗ってくれたことに喜んでいるようで、すでに勝ちを確信したかのような顔をしていた。
「そうね、このままじゃあかわいそうだからあなたが自信ある爆弾で勝負しましょうか。ふふふっ、まあわたくしが作った〈水玉ザラシ〉が勝つでしょうけどねっ」
「負けないもん! 〈ボムっとん〉が最強だもん!」
「勝負は一週間後。それまで腕を磨いて作っておきなさい!」
かくして、シャーリーとアーニャのプライドを懸けた戦いが火蓋を切る。
生活を、アルフレッドを懸けたどうでもいい戦いの幕開けだ。
「ハァ……」
巻き込まれたドリーは、なんだか身体から力が抜けたのだった。