1、お金って大切!
「そうか、もう行くのか」
燃え盛る町並み。
かつては憎たらしく感じていた場所だが、今は少女にとってかけがえのない故郷にもなった。
それを知っている黒髪の男は、踏み出していく少女の背中を見つめていた。
「結構、優しんだね」
「気にかけてやるさ。しかし、他にも道はあるかもしれないぞ?」
「ううん。あったとしても、私はこの道を選んでいるかな」
「いいのか? 片腕だけでなく、全てを失うぞ?」
「いいんだ。約束したから」
グツグツと煮立つ釜があった。
とても大きな釜からは熱気が放たれており、余裕で一人の人間が収まることができそうだ。
少女はもう存在しない左腕を抑えながら、大釜を見つめる。
もしかしたら失敗するかもしれない。だが、それでもやらなければならない。
「待っててね、ドリー。絶対に約束を、果たすよ」
少女は煮立つ大釜へ身を投じた。
一つの願い。
一つの祈り。
一つの約束。
全ては友である姫君のために、今も存在するかどうかわからない名だけの神へ捧げた。
◆◆◆◆◆
「ふーんふふーん」
グツグツとした音が響く。
煮立つ大釜の様子を眺めながら、椅子に体重を預けて少女は手にしていた石ころを磨いていた。
揺れる背中にかかるほどの白い髪とブラウスが女の子らしさを醸し出し、青いショートパンツと足を包み込む黒いタイツがさらに強調していた。
キュッキュッ、と心地いい響きが部屋に広がると同時に、グツグツとした音が混じり合う。さらに少女の鼻歌が、居心地のよさを醸し出していた。
『シャーリー、そろそろかき混ぜないといけないんじゃないか?』
楽しげに石を磨く少女に、誰かが声をかけてきた。
濃青で染まった表紙に、分厚い印象を受ける背表紙。表側にはフサフサのヒゲがあり、片方の目はモノクルがかけられている。
その見た目はまさに本だった。
「もうちょっとしたらやりまーす」
『あのな、シャーリー。錬金術はちゃんとしたタイミングで作業をしないと失敗するものなんだぞ?』
「大丈夫ですよ。真っ黒な煙が出てませんし」
ひたすら石を磨き続けるシャーリーに、本はため息を吐いた。
自身の影を使って生み出した手を使い、一冊の本を手に取る。そのまま開いて目を落とすと、すぐにのめり込んでしまう。
それぞれが自分の時間を楽しみ始めた数秒後、ドアを激しく叩かれる音が響いた。
「アルフレッド、いるのですか! いることはわかっているのですからね!」
シャーリーがノック音に気づき、顔を上げた瞬間に怒号が放たれた。思わず名前を呼ばれた本へ目を向けると、ちょっと後ろめたそうに視線を逸らした。
「先生?」
『シャーリー、頼む! 深い事情があるんだ! だから代わりに出てくれ!』
「ハァ……」
仕方なく磨いていた石を置き、立ち上がり言われた通りにドアを開いた。
だが、シャーリーはすぐに後悔することとなる。
「どうしました、か……?」
ニコニコした笑顔が似合うちっちゃいギルドマスター。
いつも井戸端会議しかしていない幼女で、フリフリなフリルが施されたかわいい洋服を着たギルドマスター。
だけどなんやかんやで優しく、栗毛とキレイな青い目を持つギルドマスター。
そんな幼女エルフさんことギルドマスターが、普段とは違う威圧感たっぷりな笑顔を浮かべて立っていた。
「アルフレッドはどこなのですー!」
「え、えっと、どうしたんですか!?」
「どうしたもこうしたもないのです! 三ヶ月も家賃を滞納したのです!」
「え、えぇー!」
シャーリーは思わず声を上げた。まさかの事実を突きつけられ、思わず震え上がっているアルフレッドに目を向ける。
するとギルドマスターはシャーリーを押しのけ、部屋の中へ入った。
「見ぃーつぅーけぇーたぁー!」
『ひ、ひぃあぁぁぁぁぁっっ!』
情けない悲鳴が上がる。しかし、ギルドマスターは容赦しない。
逃げ出そうとしたアルフレッドをすぐに取り抑え、叩きつけるように一緒に床へダイブした。
どーん、と思いもしない衝撃に、アルフレッドは声を漏らしてしまう。
ギルドマスターは動きが一瞬止まったアルフレッドにまたがり、怪しい笑顔を浮かべた。
「フッフッフッ、覚悟するのです!」
『くぅ!』
ギルドマスターは悪い顔をしながら、本であるアルフレッドの中身を開こうとする。だが、思っていたよりも重く開かない。
つい顔を歪ませると、アルフレッドは勝ち誇ったかのように笑い出した。
『クックックッ。バカめ、ワシだってパワーアップしているんだ! この前みたいになると思うな――』
「黙れです」
アルフレッドが何かを言い切る前に、ギルドマスターはペリッと開いた。思いもしないことに『な、何だとぉぉぉぉぉ!』と、アルフレッドは情けなく叫んだ。
「さて、と。今回は……。へぇー、かわいいフェアリーとお戯れですか」
『あ、待て! それは、それだけはぁぁ!』
「えぇーっと、何々? 小ぶりでかわいらしい胸。それはとても美味しそうだった。肌をはだけさせている彼女の顔は、羞恥心がありさらに欲情を――」
『いやぁぁぁぁぁ! 読まないで言わないで!』
それは、惨劇だった。アルフレッドは何度も何度も中身を見られ、音読されていた。
記されている恋愛の失敗談を読まれては笑われ、読まれては笑われ。ただただ繰り返される罰に、アルフレッドは悶え苦しむ。
ふと、シャーリーと目が合う。スン、と冷めた顔に身体が震え、アルフレッドは見ていることができなかった。
「ふ、相変わらず情けない男ですね」
『ごめんなさい、もうしません。しませんから許してください……』
「いいえ、今回ばかりは許さないです!」
アルフレッドは泣きながら、『そんなー……』と情けない声を上げる。シャーリーはそんなアルフレッドに呆れつつも、ギルドマスターに声をかけた。
「あ、あのぉー」
「なんですか?」
「滞納した家賃を支払えばいいんですよね?」
「そうですが?」
「えっと、どうにかしますから先生を許してくれませんか? ちょうどお金を稼がないといけませんでしたし」
シャーリーの言葉を受け、ギルドマスターはちょっと考え始める。
ドキドキとしながら見つめ続けると、ギルドマスターは何かを思い出したかのように声を放った。
アルフレッドを離し、腰に添えていたポーチから一つの紙を取り出す。受け取ったシャーリーは、何気なく内容に目を通したのだった。
「ちょうど人がいなくて、困っていたクエストなのです」
「えっと、〈新発見された迷宮調査〉ですか?」
「そうなのです。これは本来、駆け出しのシャーリーちゃんにやってもらうクエストではないんですが、せっかくなのです。アルフレッドの罰を兼ねてやってもらうのです」
『おい待て! これ三つ星のクエストじゃないか! こんなのシャーリーが――』
「あ、一応言っておくのです。もしシャーリーちゃんがケガをしたら、その身体を燃やしてやるです。ちなみに拒否権はないのです。拒否した時点で、部屋から出ていってもらうです」
『お、お前ぇぇ!』
唸るアルフレッドだが、ギルドマスターが睨むとすぐに身体を縮こませた。
どのみちクエストを受けるしかない。それを知ったシャーリーは、ギルドマスターに顔を向けた。
「わかりました。家賃のために頑張ります!」
「ありがとですー! シャーリーちゃんなら、そう答えてくれると思っていたです!」
ギルドマスターは「お願いしますですー」と言い、スキップしながら去っていく。
とても喜んでいたギルドマスターの背中を笑顔で見送ったシャーリーは、ドアが閉まると同時にアルフレッドに尋問を始めた。
「先生、一応聞きますよ。どうして家賃を滞納したんですか?」
『えっと、それはな、そこに面白そうな本があったから――』
「燃やしていいですか?」
『ごめんなさいもう二度としません! だから許して!』
積み上げられた本を見て、シャーリーは重々しく息を吐き出した。
最近、妙に本が増えていた原因を知り、ついつい頭を抱えてしまう。
『シャ、シャーリー!』
「なんですか? もう先生のことは知りませんから」
『黒い煙が出ているぞっ』
アルフレッドに言われ、シャーリーは大釜へ目を向ける。真っ黒な煙が吐き出されており、慌てて中に目をやると黒い焦げができていた。
明らかな失敗に気づいたシャーリーは、慌ててツボを掴んだ。中に入っていた水をかけてどうにか鎮火するものの、すでに遅かった。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
爆発とでも言おうか。ドカーンッ、とものすごい音が部屋の中で何度も響き渡る。
シャーリーは悲鳴を上げながら身体を丸め、縮こませた。
アルフレッドは慌ててシャーリーの元へと翔け、影で傘を作って身体を覆う。
降りかかる液体を防ぎ、爆発が収まるまで数分ほど。ようやく落ち着くと、シャーリーは恐る恐る顔を上げた。
『大丈夫か、シャーリー?』
「はい、ありがとうございます」
シャーリーは部屋を見渡すと同時に、表情を歪めてしまった。
爆発のせいか、それとも錬金術の失敗したせいなのか、部屋の壁が所々淡い赤色で染まっている。
あろうことか、探索に持ち歩くアイテムポーチまで被害が及んでいた。
さらに磨いていた石も赤く染まり、まさに惨劇だった。
「『あ、あ、あ、あぁああぁぁぁぁぁ!」』
「私のお宝がぁー!」
『ワシの本がぁぁぁぁぁ!』
小さく立ち上がる炎。中には変色した石ころがあり、本も本としての機能機能を失っている。
あまりの悲劇に、二人は涙を流した。
だからこそ決意する。お金を稼ぐということを。
『行くぞ、シャーリー! この世にあるクエストを全部達成するぞ!』
「はい! 全てはお金のためです!」
藍色のコートに身を包んだシャーリーは、アルフレッドと共に動き出す。
お金を稼ぎまくり、いろいろとリニューアルするために。
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