取り調べ
これから、容疑者達から事件当時の話しその他を聞くことになった。取り調べ、という奴だと思ってくれ。
まず最初に取り調べるのは、田沼慶二郎だ。二葉家の一室を借りて、仮の取調室が設けられた。
「慶二郎さん。あなたは事件当時、何をしていましたか?」
「慶太と話しながら、ハンバーグを食していました」
「犯人に心当たりはありますか?」
「これといって心当たりはないです」
「では、殺された一郎太さんを恨んだことがあったり、恨んでいた人を知っていたりはしますか?」
「一郎太君は大親友である冬真の長男なので、恨むなんてそんなことは無いです」
「そうですか? 本当ですね?」
「はい」
「それについて証言があるんですよ。一郎太さんはマナーにしつこいんですがね、あなたの服装に一郎太さんは『マナーがなっていない』とケチを付けていたようなんですよ。スーツに皺が寄っていたことだけで指摘されたら、それはもう怒りますよね」
「そんなくだらない理由で私が人殺しをするとでも!?」
「いえ、私があなたに尋ねているのは『スーツの皺を指摘された際に少しでもムッとしたか』を聞いているんです。正直に答えてください」
「誰でも皺の一つや二つを指摘されたら、少なからず怒りますよ。人間なんですから」
「大変参考になりました」
取り調べというのは愉快だ。人の弱みを突いて言及する。殺人事件が起きているのに不謹慎かもしれないが、取り調べは嫌いではない。
次に取調室に入ってきたのは、慶二郎の息子の慶太だった。
「慶太さん。あなたと次郎太さんのお陰で、事件がかなり進展しました。捜査協力に感謝いたします」
「いえ、それほど大したことはしてません」
「早速本題ですが、あなたも一郎太さんも寡黙ですよね? 同族嫌悪なんてことはありませんか?」
「まさか、そんなことはあり得ないです!」
「では、一郎太さんを恨んだり、恨んでいたりする人は知っていますか?」
「一郎太さんはマナーに厳しいと、父さんや次郎太さんから聞いています。坂上さんや冬真さんは、そういう部分は嫌っていたとも耳にします」
「ふむふむ。一郎太さんを殺した犯人は誰だと考えていますか?」
「決めつけるのは良くないですが、坂上さんなら物理的にも殺害は可能だと思います」
「ですよね。警察も似たような見解ですから」
「はい」
「大変参考になりました。取り調べは終わりです」
次は二葉村村長の島崎が姿を現した。
「刑事さん」
「何ですか?」
「俺はやってないぜ」
「何を?」
「殺人に決まってんだろ!」
「根拠、証拠などはありますか?」
「へへ。俺が潔白だとは証明出来ないが、坂上が一番怪しい。動機もあるし、奴なら毒を盛る機会が山ほどある」
「現段階では、坂上さんは最有力容疑者ですから」
「そうだろ? へへへ。絶対に坂上だよ。あいつしか殺せない」
「一郎太さんに恨みを持っている人物は知っていますか?」
「あ? 知らねーよ。坂上だ、坂上!」
村長は面倒な奴だったから、早々に取り調べを終わらせて次の人を呼んだ。冬真だ。
「冬真さん」
「何だ?」
「一郎太さんを恨んだりは、していませんでしたか?」
「恨む? 俺が一郎太をか?」
「はい」
「そんなことはない。一郎太は後継ぎとして優秀だった。そんな後継ぎをわざわざ俺が殺すわけがない!」
「なら、何で老人の落としていった紙切れに動揺していたんですか?」
「それは、誰だってそうだ! 息子が死んだなどと書かれていたら、とどめを刺されるだろ!」
「仮にそうだったとしましょう。筆跡はあなたと一致しているんです。言い逃れなど出来ないと思ってください」
「この野郎! たかが筆跡一つでゴチャゴチャうるさいんだよっ!」
「たかが筆跡と言われましても、手掛かりの一つではあるんですよ」
「知ったことか! 俺が一郎太を殺すわけはない。何度も言わせないでくれ!」
「私は、なぜ筆跡があなたのものと一致したのか聞いているんです」
「それを調べるのも警察の仕事だろーがっ!」
「警察も大変なんだ! 知っていることがあったら、とっとと吐けよ!」
「筆跡なんて、犯人が真似ただけだろ」
「ほぼ十割、微妙な書き方の癖まで同じ筆跡だったそうだ。他人がここまで筆跡を真似ることは難しいんだよ」
「そこまで俺を犯人にしたいなら証拠を見せてみろ! 筆跡以外の証拠を出せ!」
まだ証拠と言える証拠は出てきていない。これには沈黙しかなかった。
「そら見ろ! そら見ろ! 俺が犯人だという証拠が出てきてから、俺を取り調べろってんだ」
冬真は勝手に立ち上がって取調室を出て行った。辺境の地に住んでいると、性格がひん曲がるらしい。
お次は最有力容疑者の坂上が、取調室に足を踏み入れてきた。ここは慎重にいかないと......。
「どうも、神田です」
「坂上です......」
「一郎太さんは遅効性の毒によって密室内で死に至りましたが、あなたは一郎太さんに『アーン』をしましたよね?」
「はい。しました」
「私どもはそれを怪しんでいるのです。別に坂上さんが犯人と言っているわけではなく、犯人は坂上さんのハンバーグの一部に毒を盛っていて坂上さんを殺そうとしたがその部分を一郎太さんが食べてしまった、という線も考えているのです。それを踏まえて、あなたは恨みを買ったりはしていますか?」
俺は真剣に、坂上の表情の微かな変化を観察した。