探偵
電話の相手というのは、昔警察学校の同期だった『明智心』だ。同じく警察になることを目指していたが、警察のずさんな捜査の実状を知ったために自主退校。
どんな事件の犯人も検挙し、警察の尻拭い的なことをするために探偵事務所を開業した。そして、数年前に俺にコンタクトをしてきた。その理由は、難事件の場合には明智に捜査協力を求めさせるためだった。
明智は、可愛い『心』という名前からは想像出来ないほど博識で知能も高い。探偵としては申し分ない。あのまま警察学校を退校しなかったら、俺よりも高い地位に即座になっていたはずだ。もったいない。
さて。俺はそんな明智の提案を快く受け入れて、昇進のために利用している。明智は事件を解決したいだけで、名誉などは興味がないようだ。今まで、明智が解決してきた事件は俺が解決したことにして手柄を奪ってきた。一応は、相棒という位置付けだ。
ではなぜ事件にも関わらず、俺の電話に明智が嫌な顔をしたのか。それは、単純に俺が嫌いだからだ。理由は知らんが、俺のことが嫌いな明智だが警察の扱う難事件に関わるためには俺と会話するしかない。だから、渋々電話に出て現場まで着いてくるのだ。
── 一時間経過
「神田警部。来ました」
「事件概要を説明する。そこに座れ」
「はい」
事件解決には、今まで俺が仕入れた情報を正確かつ手短に伝えなくてはいけない。もし一つでも伝え忘れたことがバレれば、明智に小言を毎時間に一度ほど言われる。かなり根に持つタイプだ。
「──これが、俺が今までに知り得た情報の全てだ」
「毒はまだ不検出なんですか?」
「ああ、鑑識課が総力を挙げて二葉家中を捜索して、警察の威信に賭けてでも毒を検出するように努力はしていた」
「けれど、不検出だったと?」
「その通りだ」
明智は顎を掻いて、俺の肩を叩いた。
「もう神田警部が知り得た情報がないのなら、早速現場に向かいましょう」
「おう」
明智はせっかちだ。先に助手席に乗りこんでいた。どうやら今回も、俺が運転手のようだ。
「法定速度厳守で行ってくださいよ。仮にも警察なんですから。いつもいつも、車を飛ばし過ぎなんですよ」
「''仮''にも警察!? 仮じゃなくても警察だ!」
「ああそうですね。では、発車してください」
「チッ! 友達無くすぞ」
「私の友達は難事件です」
「どんな友達だよ......。その友達を生み出した犯人さんを、お前が検挙するっておかしくないか?」
「あ、おかしいですね」
そんなくだらない会話を交えていたら、いつの間にか二葉家に到着していた。車から飛び降りると、ロックした。
「大きい家。ここが事件現場だ」
「警備は厳重そうですね。死体のあった密室まで案内してください」
「現場は三階。着いてこい」
俺が先導して階段を登り、三階に上がってすぐの部屋に足を踏み入れた。明智は目を輝かせて、現場を眺める。害者の体はすでに移動されていた。
「神田警部の話しと現場の状態から、かなり推理が出来ますね。警部の見解通り、密室は偶然の産物でしょう。そういえば、一郎太さんが死ぬ直前に電話していた相手はわかったんですか?」
「非通知だったから現在調べている途中だ。ただ、害者のスマートフォンには『非通知』という名前で登録されていた電話番号があった。今は夜だから明日にでも『非通知』と登録された相手に会いに行くが、おそらく不倫相手だろう。犯人は非通知という名前で登録されていたことを利用して、電話番号の頭に『184』を付けて害者のスマートフォンに電話したんだ。それを見た害者は、不倫相手だと思って大広間を出たんだ」
「そういうことですか。と言うか、一郎太さんは不倫していたのですか」
「坂上には言うなよ。女ってもんは繊細だから、傷つきやすい」
「まだわかりませんが、不倫が動機で坂上さんが一郎太さんを殺したのかもしれませんよ。アーン、を一郎太さんにしていたんですよね?」
「そうとも考えられるな」
「犯人がわかるまでは、坂上さんには言いませんけどね」
「そうしてくれ」
明智の頭は冴え渡っているらしい。ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。彼が、推理がうまく出来ている証が気味の悪い笑みだ。
「犯人が一郎太さんを殺した動機から考えてみましょう。警部、一郎太さんが死んで一番得をするのは誰ですか?」
「んー、ほとんどの奴が得するだろ。ただ、明智の言った通り坂上は怪しい」
「決めつけは良くないです。動機が駄目なら、手始めに毒の混入ルートを推理で探し出しますか」
「毒の混入ルートなんてわかるのか?」
「一郎太さんはマナーにうるさいようなので、それがヒントになりそうな気がしませんか?」
「マナーか。確かにヒントにはなりそうだけど、難しいぜ」
「でしょうね。私にもまだわかっていませんから」
「それなら俺には無理だ」
「それより、容疑者はこれからどうなるんですか?」
「容疑者は二葉家の割り振られた部屋で今日の夜を明かしてもらう。朝になったら本格的に一人ずつ事件当時のアリバイとか諸々を聞く」
「では、私も二葉家で寝ましょう」
「二葉冬真に頼んでおく。ついでに、俺もこの家で睡眠をすることにしよう」
冬真に頼むと、いとも簡単に許可してくれた。俺達は四階(最上階)の片隅の部屋で眠りに就いた。
俺の寝る部屋と明智が寝る部屋は隣同士であって、同じ部屋では断じてない。