喧嘩
一服するために庭に出ると、まだ喧嘩が続いていることを知った。
「今日の喧嘩はやけに長引くな」
三上さんが仲裁に入ったにも関わらず、喧嘩は収束するどころかヒートアップしていた。
次郎太さんは煙草を懐に戻すと、頬を掻いてから喧嘩を収めに行った。
「おい、テメェら! 何やってんだよ」
「次郎太様」三上さんは平伏した。「申し訳ございません。何者かが塀の一部を壊していて、使用人一同はもう我慢できないと話しをしていたのです」
「塀を破壊? いつも覗いている奴か?」
「さようです」
「誰かはわからないのか?」
「見当は付いていますが、わたくしは話しを大きくはしたくないのです。次郎太様も、どうかこのことは冬真様には」
「言わねぇよ」
「ありがとうございます」
次郎太さんは煙草を吹かしながら、僕の元に帰ってきた。
「どっかのバカが塀を破壊したようだ」
「いつも覗いていた人なのでしょうか?」
「多分、そうだろうな。そんなことより、今は自由行動だから塀を壊した奴を見つけ出そうぜ」
「何でですか?」
「俺の家の塀をぶっ壊しておいて、かなりムカついているんだよ」
「見つけ出したら、叩きのめしたりするんですか?」
「いや、脅して二度としないようにさせる」
僕は怖すぎて、体が小刻みに震えていた。敵にしてはいけないと本能的に察して、煙草にライターで着火した。
「探し出すにしても、どうするんでしょうか?」
「防犯カメラが設置されているんだが、そこから絞り出す」
「防犯カメラ?」
「門のところに防犯カメラがあるんだ」
「そういうことですか」
その後、二人で防犯カメラを確認してから犯人を探し始めた。
時計が午後四時を示し、僕と次郎太さんは大広間に向かった。大広間には隠居パーティーの参加者がほとんどそろっていた。総数は十数名。僕、父さん、一郎太さん、次郎太さん、三郎太さん、四迷さん、五太郎さん、冬真さん、二葉村の村長・島崎勘九郎さん、一郎太さんの婚約者である坂上美海さん、三上筆頭の使用人ら。三上以外の使用人は壁の前で並んでいるだけ。
全員が大広間に集合すると、使用人達が一斉にテーブルを運び入れた。椅子も一緒に配置され、冬真さんの指示通りに着席した。
一郎太さんと坂上さんは隣同士で、僕と父さんも同じく隣同士だった。
「今日は俺の隠居パーティーに集まってもらって、大変感謝する。さあ、ディナーはハンバーグだ!」
皆の前にハンバーグが置かれた。その両脇にはナイフとフォークがある。
「食べ始めてください」
三上さんの声と同時に僕はナイフとフォークを持ち、ナイフでハンバーグを一口サイズに切ってフォークで突き刺した。
ふと一郎太さんの方に目を向けると、坂上さんが丁寧に切り取った一切れのハンバーグをフォークで刺して一郎太さんの口に運んでいた。アーン、と言う奴だ。
すると急に、最初の一口がアーンだった一郎太さんのスマートフォンが鳴って、焦ったように椅子から立ちあがった。
「父さん、電話が入りましたので少し席を立ちます」
「そうか。早く帰ってくるんだぞ」
「はい」
一郎太さんはスマートフォンの画面をスライドさせて、小走りに大広間を飛び出した。
数十分経っても帰ってこない一郎太さんに腹を立てた冬真さんは、ナイフを壁に叩きつけて地団駄を踏んだ。僕はそれに驚いて唖然としていたと思う。「三上! 何で一郎太が帰ってこないんだ!?」
三上さんも驚愕しつつ、壁に叩きつけられたナイフを回収した。「し、少々お待ちください。わたくし共で探しに行って参ります」
「俺も行く。使用人も数人は着いてこい! 至急だ!!」
冬真さんを先頭に、使用人三名が連なって大広間を出た。
「慶太。冬真がキレるとマジで怖いから、ああなったら気をつけろよ。逆鱗には触れるな。俺も前に、冬真の逆鱗に触れちゃってボコボコにされた。何本か骨を折ったが、まあそのお陰で折った骨はより頑丈になった。ハハハハハ」
「そ、そうですか。......わかりました」
父さんは冬真さんを見てから額から垂れる汗を拭い取った。汗が垂れるほどに、父さんは冬真さんを恐れているらしい。さっき自分で話して自分で笑ったのは恐怖心を吹き飛ばすためかもしれない。父さんもかなりキレやすく怖いが、その父さんも怖がるのだから冬真さんは相当怖いんだな。
以前、クレジットカードが不正利用されたとかで父さんは激怒していた。あの時は確か、家の壁に穴が三つほど出来た。結局、クレジットカードは母さんが買い物で使ってたってことで終着した。あれは恐怖だった。
「冬真を怒らせないように、急いで飯を食っちゃえ」
「は、はい!」
「ただ、冬真からハンバーグの感想を聞かれたらちゃんと答えられるように味を覚えておけよ」
僕は首を何度か縦に振った。
一生懸命にハンバーグを噛みしめていると、上の階から叫び声が聞こえた。冬真さんの声だったけど、別に怒って叫んでいるわけではなさそうだ。何か、恐ろしいものを見たときの悲鳴のように感じた。