推理 肆
明智に言われて解放された冬真は、大人しくなり顔を下に向けた。
「冬真さん。怪老人が落としていった紙切れの文字は、あなたが書いたものですよね?」
「そうだ、と言ったらどうする?」
「あなたが書いたのなら、納得しますよ」
「あの紙切れについてはくわしく尋ねたりはするのか?」
「しますよ、もちろん。皆さんが気になっていることなので、くわしく質問させていただきます」
「なら、教えられねぇな」
「それは困りましたね」
冬真は大人しくなったものの、態度の大きさはこれっぽっちも変わってはいなかった。
腕を組んでどうしようか悩んだ明智は、最終的にノートとボールペンを取り出した。
「ここにはノートとボールペンがあります。ノートは、表からでも裏からでも、どちらから書き始めても大丈夫ですね。今は表紙、つまり表から書き始めたことにしましょう」
明智はノートの一ページ目に、ボールペンで大きな円を描いた。
「ここが一ページ目です。次のページにも大きな円を描いて、これは二ページ目なのです」
なに当たり前なことを言っているのだろうか。
「怪老人が落としていった紙切れの裏には、何も書かれていません。無地のノートにでも書かれた『一郎太は死んだ』という部分を切り取っただけです。
ノートのページを切り取った切れ端が、怪老人が落とした紙切れですが、これが何を表しているでしょうか?」
急に質問された。まさかここで? と焦った。
「え、えっと......あれじゃなか、あれ」
「何ですか?」
「ああー、わからん」
「紙切れの裏には何も書かれていないので、新しく書かれた文章の一部を犯人に切り取られたということです」
「そうか、日記だ! 一郎太が死んだ夜に怪老人が紙切れを落としていって、その紙切れは冬真の日記の一部だったんだ。裏に何も書かれていなかったのは、一郎太が死んだ当日に書かれた一番新しい日記の文章だったからだな! 次の日になってしまったら、日記は次のページに書かれるから『一郎太は死んだ』と書いた部分の裏にも文字が書かれてしまう」
「そうです。この紙切れは冬真さんの日記の切れ端だったんです」
ということは、冬真が犯人ではないということだ。ならなんで、筆跡のことを否定している?
「この怪老人が落とした紙切れには、指紋を拭き取った跡などはなく、付着していた指紋は亡くなった東郷さんのものだけです。東郷さんについては後述しますが、冬真さんは手袋などをしてから日記を書いていたことになるのです。冬真さん、なんで手袋をはめて日記を書くんですか? その理由を言いたくないから、筆跡についても黙秘しているんでしょう?」
そういうことか。言いたくない理由は、他の罪を隠しているからだ。明智はそのことを見抜いていたとは、脱帽だぜ。
「俺が言いたくない理由を、わざわざ話すメリットはなんだ?」
「殺人事件の容疑者から外れる、という一点です」
「それだけか? たったそれだけのメリットで、俺が全てを吐くとでも思ったのか!」
「包み隠さず全てを話した方が良いですよ。あそこにいる神田警部は乱暴なので、殺人事件の容疑者として無理矢理連行されるかもしれません」
俺のことか! そこまで酷くはない。訂正しろ、訂正。
「チッ! 死んでも言わないからな」
「話してください、冬真さん。このままでは殺人事件の容疑者として──」
「どっちも嫌だよ。俺は何も話さない」
明智は俺に視線を向けてきた。冬真の部屋で手掛かりを見つけろ、と言っているように感じた。俺任せか。
「わかった、明智。皆で冬真の部屋まで行こう」
「ええ、そうしましょう」
冬真の部屋がある四階まで、皆で上がった。冬真の部屋がどれかは知らないから、明智の後に着いていった。
冬真の部屋は広く、家具は少ない。机と椅子、本棚、その他必要最低限のものだけしかない。ここに何かが隠されている可能性がある、ということだ。
「警部。床板、壁、天井。隅々まで調べてください。調べるのが、仕事ですよね?」
「仕方ねぇ。やってやる」
壁を軽く叩いたり、床板を剥がしたりして確かめた。が、隠し扉とか隠し通路の類いは見つからない。どうしたことかと首を傾げたら、明智が本棚に近づいて一冊の本を抜き取った。その本を開くと、数百ページに渡って中央部分がくり抜かれていた。穴となっていた部分には宝石が何個か入っており、明智はニヤリと笑った。
「そういうことですか」
そういうことって、どういうことなんだ? 俺達はまだ何なのか理解出来ていないぞ!?
「もうバレちまったか。あんたの探偵手腕には驚くぜ」
「お褒めいただき、嬉しい限りです。最近は依頼が少ないので、お時間があれば私の事務所にでも訪れてください」
「フッ。俺が実刑を食らわなければの話しだな」
「反省をしてください。そうすれば、執行猶予は付くのでは?」
「頑張ってみようか」
執行猶予? なぜ執行猶予の話しになるんだ。
執行猶予ってのは、刑の執行の前にある猶予だ。猶予の最中に刑事事件を起こさなければ刑がチャラになるって奴だ。