推理 参
「待ってください、皆さん。まだ推理には続きがあります。私は坂上さんを犯人とは言っていないことをお忘れ無く」
俺はまた口を挟んだ。「坂上以外が犯人だとしたら、坂上も一緒に毒を摂取して死んでいる」
「そこにまたトリックが存在しているんです。坂上さんを殺さず、かつ一郎太さんだけを殺す方法もテーブルマナーが深く関わっています」
「テーブルマナー......ヒントはないのかよ?」
「ヒントを言うほど難しい問題でもありませんよ? 考えてみてください」
「マジか」
テーブルマナーが坂上を守った、ということか。でも、テーブルマナーが肝心だということは──。
「明智、ついに俺わかった! ほら、外国に行った時のテーブルマナーはナイフでハンバーグとかを切った後は持ち替えて食べるだろ? そのお陰で坂上は、ナイフの左側に付いた毒を摂取せずにすんだんじゃないか?」
「面白い発想ではありますが、日本で外国のテーブルマナーをすることの方がマナー違反。一郎太さんが見逃すわけないです。そんな当然のことを私に言わせないでください」
「悪かったよ」
明智は俺の邪推にケチを付けていった。
「坂上さん自身は、なぜ毒を摂取していなかったのかわかっていると思います。さて、それでは坂上さん。あなたが毒を摂取していない理由を言ってみてください」
「私は、一郎太さんがテーブルマナーにうるさいので、一郎太さんがいないところでは必ずしもマナーを気にはしていませんでした。
私が毒を摂取しなかったのは、一郎太さんが電話に出るために大広間を出ていったあと、私がナイフを使わずフォークでハンバーグを切って食べていたからです」
「そうです。もし坂上さんがナイフでハンバーグを切ることに慣れてしまっていたら、犠牲者が一人増えていたんです。まあ、坂上さんがフォークで食べていたから犯人の計画通りとなってしまいました」
「おい、明智。俺は鑑識に坂上のナイフとフォークを調べさせたが、毒は不検出だったぜ?」
「犯人が毒の付着したナイフと毒の付着していないナイフを入れ替えたのでしょうが、現状では誰が入れ替えたのかわかりません。なので、一郎太さんが殺された事件では犯人が誰なのか皆目見当がつかないのです」
犯人は一郎太を殺す時に、テーブルマナーを駆使したということか。だから、二葉家邸宅の隅々を調べても毒は不検出だったんだ。さすが明智の推理、と言ったところだろう。一郎太が殺された事件の謎は、ちゃんと解決された。
「次は何と言っても怪老人についてですね。実は怪老人の正体は夢野八策さんだったのですが、そんなことより怪老人が落としていった紙切れが重要になってきます。紙切れには『一郎太は死んだ』と記されていたのですが、その筆跡を調べてみたところ冬真さんの筆跡と一致したのです!」
次は一同が、冬真から離れていった。
「違う! 俺は犯人じゃない!? 筆跡を模倣されただけだ! でたらめ言うな。探偵ごときが調子に乗るなよ!」
「調子には乗っていません。私は事実を述べているだけなのです。筆跡は間違いなく、二葉冬真さんのものでしょう」
「筆跡が俺のと一致したからって、俺が犯人なわけないだろ!」
「そうかもしれません。あなたは、殺人ではなく別の犯罪に手を染めているのでは?」
「別の犯罪だと!? 何が何だかわからんぞ! 犯人は俺じゃない! それで良いだろ!」
「良くないです。まずは、紙切れの筆跡について言及しましょう。あそこまで精密に筆跡を真似る技術は、現代では不可能です。加えて、書いた人物は筆跡を真似ているのに何の躊躇もありません。これは少し怪しくないですか?」
「怪しくなんかない! バカなことを言ってるんじゃない!」
「あの筆跡は、あなた以外には考えられないんですよ!」
冬真が焦っているため、怪しさに拍車が掛かっていった。結果、冬真の半径三メートル以内に人は誰一人として入ろうとは思わなくなった。
冬真だったら一郎太のことも細かく知っているため、テーブルマナーを使って一郎太を殺すことも可能だ。それ故に、冬真は犯人ということで濃厚、という感じに考えられるようになった。
「お前ら! 俺を見捨てる気なのかっ! ふざけるなよ! 舐めるにもほどがあるだろ!」
「落ち着いてください、冬真さん」
「落ち着けるわけあるか!」
冬真はギャーギャー叫びまくって、明智の服やら俺の服を鷲掴みにしてきやがった。なので、俺は冬真を床に押さえつけて手錠を掛けた。
「二葉冬真。公務執行妨害罪で現行犯逮捕だ」
「テメェ、今俺が何をしたと言うんだ!」
「俺の服を掴んで、引っ張っただろ? あれは広い意味では暴行に該当する。ま、署まで来いや」
署で取り調べた方が早いと思ってやったことなのだが、明智に止められた。
「やめてください、警部。手錠を外すんです」
「いや、公務執行妨害だろ」
「今は私の推理の途中でしょう?」
舌打ちしてから、手錠を外して冬真の体を起こした。顔から察するに怒ってはいたが、もう捕まりたくはないのか大人しくなった。




