冬真の筆跡
夢野のその後の取り調べでも、嘘を言っているようには見えなかった。同封されたいた、『一郎太は死んだ』と書かれていた紙切れも誰のものかわからないらしい。
筆跡は完全に冬真と一致。しかし、本人は頑なにこれを否定。これによって、警察はより精度を高くして筆跡鑑定に取り掛かったようだ。
冬真が犯人だと納得はいくものの、腑に落ちない。この事件が、そんな生半可なわけがない。何か裏がある。そうとしか考えられない。
「なあ、明智。推理はまとまったか?」
「かなりまとまってきました。そろそろ、私の推理を披露することが出来ると思います」
「手柄は全て俺のものになるんだ。推理を披露する時は盛大にやって、少しでも目立てよ」
「ええ。私が主役になれるのは、推理のお披露目の時しかないですから」
「言い得て妙だ」
これなら、すぐに犯人がわかりそうに聞こえるが、そうでもない。明智は推理のお披露目の際に、犯人の名指しは最後にするんだ。いわく、目の前で謎が解き明かされていく時の犯人の顔ほど滑稽なものはないらしい。明智はそれを、独り占めするために、あえて犯人の名指しは最後にするのだ。怒らせたら、もっとも怖いタイプの人間なり。
明智が自分の推理を時系列順に並べて見逃しがないか吟味している時、俺はペットボトルを見ながら開栓せずに毒を混入させる方法を試行錯誤していた。
慶二郎が用心深くなかったと言えばそこまでだが、そんな単純な話しのわけがない。そうやって攻めあぐねている時間で、明智は自分の推理が成立していることを理解した。
「全てわかりました。これから、事件の全貌を白日の下にさらしましょう」
「事件関係者全員を集めれば良いのか?」
「はい。お願いします」
「わかった。一階の大広間に集めさせる」
俺が一人一人に伝え、大広間に集合するように促した。事件関係者は、犯人が明かされる恐怖から部屋から出ることを嫌がった。それを俺が懸命に説得し、大広間へと向かわせた。
そんな折に、部下からメールが届いた。俺はそれを読んだ。
『件名 神田警部へ至急
神田警部へ、至急の報告があります。鑑識がより精度を向上させて筆跡鑑定に挑みましたところ、二葉冬真の筆跡と「一郎太は死んだ」と書かれた筆跡はほぼ100%一致。冬真が犯人ということで、上層部も捜査をするように指示を出しました。
冬真の筆跡の特徴は二つ。一つは、全体的に字が左側に傾いていることです。もう一つは、筆圧が濃くて線が太くなっていること。鑑識はこの二つを正確に検査したようなので、間違いはないと思います。
犯人が誰か、に関して。私が誰かを疑うならば、被害者に一番近い人物です。慶二郎の場合だと、息子の慶太が犯人としては怪しいです。が、慶二郎の部屋と慶太の部屋は離れています。慶二郎と次郎太は部屋が隣同士なので、次郎太は怪しいのです。それに、次郎太は慶太とも仲が良く、不審がられずに殺害することが可能でしょう。以上。』
長っ! 報告が地味に長い。いらない部分は削り取ってくれないと......。
今は時間があるし、俺も長々しいメールを打ち返してやった。内容はほとんど事件には関係ない。
そんなことより、『一郎太は死んだ』の筆跡が冬真の筆跡と一致したのなら、今度こそ有益な情報だ。これは明智にも言っておいた方がいい。
「明智」
「捜査に進展ですか?」
「冬真の筆跡と、『一郎太は死んだ』と書かれた筆跡は完璧に一致したようだ」
「やっぱりですね」
「やっぱり? 冬真が犯人なのかよ?」
「それは、推理を聞いていれば自然とわかってくるので言う必要がないです」
明智のためにと親切に教えてやったのに、もうすでに完成している明智の推理が覆るはずがないから当たり前の反応なんだが、気分的に沈むよね。
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【読者への挑戦状】
殺人事件を主体とする小説を書くなら、絶対に『読者への挑戦状』をやらない手はないです。ということで、やらせていただきました! v(^o^)
物語で語られた中にヒントとかがあります。動機とか、証拠とかは考えなくても良いです。ここで考えていただきたいのは、犯人は誰で、どうやって殺したか、です。
一郎太が殺された事件では、どうやって毒を体内に混入させたのか。慶二郎が殺された事件では、どうやってペットボトルに毒を混入させたのか。この二つを考えるだけです。
後々考えたら、滅茶苦茶簡単なことです。重要な部分もはっきりと書いているので、ここまでの物語を読んだら推理は可能です。あ、犯人は複数犯ではなく一人。
推理小説に目の肥えている人は、かなりわかっていると思います。わかっている人はすぐに答え合わせに行きましょー! 答え合わせはかなり長々としています。明日から解決編です。