4.鈴音でいいよ
「おもしろそうだね!」
ハッと私はその声に我にかえった。
隣に座っていた佐月遥香ちゃんが私にそう声をかけたのだ。
「うん、そうだね。」
私は突然のことに適当なあいづちをうってしまった。
せっかく彼女が声をかけてきてくれたのに。
佐月遥香ちゃんは名前の順で私のすぐ後ろなので、入学式の並び順から教室の座席まで全て私の後ろだった。
なので人見知りの私がこの2日間で何度か会話をした数少ないクラスメートのひとりだ。
今も名前の順に講堂の椅子に座っているため隣同士である。
ただでさえクラス内でグループができ始めているのに私は完全に遅れをとっているのだ。
そういう自分を変えたいと思ったし、すぐにそう思ってしまう自分も変えたいと思っていた。
我ながら哲学的な。
「佐月さんはどこに入るか決まってるの?」
勇気を振り絞って私は彼女に話しかけてみた。
「うーん。まだかな。」
佐月さんは笑顔でそう返してくれた。
彼女は見るからに優等生でお嬢様育ちな感じのする子だった。
肩くらいまでの綺麗な髪に整った顔立ち。
というか百合女は圧倒的にお嬢様風な子が多い。
私みたいなどこにでもいそうな人間を探すほうが逆に難しいくらいだ。
「琴野さんは?」
彼女にそう聞き返された。
「私も…まだかな。」
実際にどこに入るかなんて全く決まってないので素直にそう答えた。
鈴音でいいよ、なんて言ってみたかった。
まだそんなことが言える間柄ではない。
中学の時も私は苗字で呼ばれることが多かった。
本当に一部の子たちが下の名前で呼んでくれていたが、ほとんどの子が苗字で呼び合う仲だった。
もちろん男の子から下の名前で呼ばれたことなんて一度もない。
私は自分の名前を割と気に入っていたけど、下の名前で呼んでもらえるほど仲良くなることがなかなかできなかった。
百合女に入ったらそんな自分を変えたいと思ったのに。
ここでも無理なのかな?
「これから見学もあるみたいだね。生徒会の雰囲気、素敵だったな。」
佐月さんが生徒会の話をしだしたので、私は思わずビクっとしてしまった。
「そうだね…佐月さんは生徒会似合いそうだね。」
私は神咲生徒会長のことを思い浮かべながら、優雅な雰囲気が漂う生徒会を想像してそう答えた。
「遥香でいいよ。」
ふと佐月さんが笑顔でそう言った。
「あ…私も…鈴音でいいよ。」