プロローグ後編 ~始動~
次回から、序章~優しい人々~になります。大戦から二百年後。新世代を築く生き延びた人々の物語です。
「....ないわー」
娘は、巨大なコンソールの前で呆然と立ち竦んだ。
彼女は眼前に映し出された五つスクリーンに点滅する赤い光が、明らかに青を上回るのを理解したくない。
青は生き延びた者がハッチを開けて出てきた印。赤は冷凍睡眠が解除されたにもかかわらず、生命活動が停止したままハッチが開けらていない印。
収容された国民の約六割以上が、死亡していた。
「分かってたけど。....キツイわね」
第三次世界大戦勃発の不穏な情勢を、逸早く察知した父石動は、国民全てを収容出来る五つの核シェルター建設と、放射能半減期まで人々を守る冷凍睡眠カプセルの開発に乗り出した。
夢の技術であった冷凍睡眠は、すでに実現されており、父石動の研究の一環でもあったため、火急的速やかに試験、被験が行われる。
しかし、著しい不具合が発見された。
老若男女による半年の試験運用の結果、老齢な者や持病あるいは重度の疾患を持つ者に深刻な異常が生じたのだ。
だが石動は、それらを黙殺する。大戦勃発のカウントダウンは、すでに始まっていた。止まる時間はない。
父は正しかったのだろう。
各国の争いが激しさを増すなか、冷凍睡眠カプセルを設置した巨大核シェルターは完成した。
予測出来た未来である。
徐々に増える赤い光を見つめながら、彼女は、ガックリと項垂れ、長く細い溜め息を吐いた。
そして勢い良く顔を上げると、コンソールに手早く指を滑らせる。
赤い光とともに青い光も増えていく。しだいに大きくなる人々のざわめきを聞きながら、彼女はインカムを頭につけた。
「ガイア。出番よ。全てのシェルターに、私の声を届けてね」
ヴン...と微かな起動音が鳴り、正面のスクリーンに、多くの人々が映し出される。
不安げで、ときおり悲鳴や怒声も聞こえ、誰もがパニックを起こしていた。
ふぅっと軽く深呼吸し、百香は力強い口調で言葉を紡ぐ。
「おはようございます。こちらシェルター仁の仮設政府代行、前首相元主席秘書官、石動百香です」
百香は、父石動十流の意思を継ぐべく、五つのシェルターに呼びかけた。
人々は混乱していた。何が起きたかは分かっている。しかし、何がどうなったのかは分からない。
次々にハッチを開けて起き上がる人々と、ハッチから出て来ず、蝋人形のように横たわる人々。
見合わせる人々の顔には言い知れぬ恐怖が浮かび、誰もが怯えるなか、その清しい声は聞こえた。
若く溌剌とした女性の声。
今にも弾けそうに膨れ上がった緊張感の中、人々は響く声にビクッと固まり、そしてシンと聞き入った。
第三次世界大戦が勃発し、シェルターの冷凍睡眠カプセルに避難した事。多くを救うために不具合が確認されつつも現在のカプセルを使用し、多大な死者が出た事。
丁寧な謝罪を受けつつ、それしか道がなかった事を人々は理解していた。
あのままであれば、皆死に絶えていたのは想像に難くない。
シェルターの中で、放射能の脅威から逃れるには、これしか方法がなかった。
人道に殉じても、徒に食糧や資源を浪費するだけだっただろう。
真摯な言葉を理解しつつ、人々はこれからどうなるのか、百香の声を聞きながら不安を胸に過らせた。
百香は、すでに地上が壊滅している事。日本各地に五つのシェルターがあり、それぞれ独立自治で運営される事。
シェルターには、出来うる限りの物質と資源が持ち込まれおり、数年にわたり日常生活に支障はない事。
シェルターは日本各地に点在していて、気軽に行き来出来る距離ではないため、指針は各シェルターにいる代行が説明するが、基本は各シェルターごとの人々で協議して行って欲しい事
百香は、人々が知りたい事、こちらが知って欲しい事を、過不足なく、静かに伝える。
「以上です。力を合わせて協力し、新たな街を築いてください。生きて下さい。御願いします」
そう締めくくり、百香は通信を切り替えた。
スクリーンが四分割で立ち上がり、各シェルターの代行が並ぶ。
見慣れた顔触れに、知らず百香の眦が和らいだ。
「ガイア。データをよろしく」
四分割されたスクリーンの左右に、別のスクリーンが立ち上がる。
右側には各種データが。左側には各シェルター周辺の映像が映し出された。
「残留放射能27%かぁ。思ったより悪いなぁ」
一人ごちる百香に、右上のスクリーンから声がする。
「誤差の範囲でしょう。シェルター礼は31%です」
白髪混じりな初老の男性は、シェルター礼の代行、榎政。厳つい顔つきで、どっしりとした貫禄の持ち主だ。
「防護服装着で開墾と種蒔きですねー 野菜から野草まで、種はton単位でありますよ~」
軽い口調で、ちょっぴりメタボだけど、人好きする笑顔が、何故か憎めない男性。シェルター義の代行、鈴木匠。
「地上に太陽光パネルも設置したいですわね。エネルギー不足は、早めに解決しておかないと」
おっとりとした微笑みで、ときおり盛大なウッカリをやらかす女性。シェルター信代行、竹中恵。養殖だと噂の腹黒さん。
「胃が痛い....何で生きてるんだ、俺」
俯いて顔をしかめる細身な男性。シェルター智代行、望月慧。慢性胃痛持ちなクセに、冷凍睡眠カプセルの試験を見事最長突破した強者。
前首相元秘書官勢揃いである。
誰も欠けなくて、本当に良かった。百香は悪戯げに眼を細めた。
「まぁ、なるようにしかならないしねぇ。開墾してテロプランツ蒔きまくって土壌改良と自浄かな。並行してシェルター内で栽培、養鶏。生け簀でフナや鯉の養殖もしないとだし、やる事山積みよ」
シニカルに微笑む百香と、溜め息混じりな元同僚達。望月にいたっては、屈折し過ぎてスクリーンからフェードアウト。
「まぁ....石動首相には御世話になりましたし。自分の人生設計と、恩返しもかねて、やれるだけやってみますわ」
頬に手を当てて、やれやれと呟く竹中に、他の三人も不承不承頷いていた
目の前には難題の山。見通しなど欠片もない。全ての恩恵を失い、ある物だけで世界をつくらなくてはならない。
百香は、逆境の向かい風を感じていた。しかし髪をなぶるその風が心地良い。
時代は繰り返す。百香の感じている向かい風は、かつて大地震で、父石動が感じた物と同じであった。
日本各地に建設された五つのシェルターは、五行から仁義礼智信と漢字一文字がつけられ、その文字は、長く土地に残る事となる。
新暦二十八年。生き延びた人々と、親子二代に渡る新世代物語が、今幕を上げた。
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