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保護された子供は養父の愛を乞う

作者: サトム

・このお話はフィクションでファンタジーです。


・一人称で書く習作第二弾でしたが、なんか微妙。それでもよろしければお進みください。


・33歳の大人が15歳の少女に落ちる話です^^


【あらすじ】

 元平民、現男爵令嬢のネリは入学した学園で大変困っていた。それは少しお世話になった高位貴族の子息たちから気に入られ、付きまとわれているからである。

 幸いにもあらぬ誤解が生じることはなかったし、助けてくれる友達もできたのは良かったが、ネリの大好きな養父が婚約者候補を紹介してきたことで自分の気持ちをうち明けてしまう。


 年齢差十八歳なんて吹き飛ばせ! 周囲の人々に助けられながらも大好きな人を捕まえようとするネリの告白宣言物語。

 初めて会ったその人はとても大きくて、それでも少し寂しそうな微笑みを見て、大人なのにとても心配になったのを覚えている。

 その灰色の髪に厳つい顔の男爵が、まだまだ子供だった自分を怖がらせないように片膝をついて優しく話しかけてくれたことも。

 父も母も一度に失って絶望のどん底にいた私に、最初に手を差し伸べて優しくしてくれた人。

 それが今の養父だった。








 授業が終わり、これから図書館に行こうと思っていたネリは廊下の奥から歩いてくる集団に小さく舌打ちする。クラスメイトが「頑張って~」と小さく笑いながら去っていくのを恨めしく見つめながらも、とにかく声を掛けられる前に逃げるしかないととっさに空き教室に入って身をひそめた。


 これでまた時間を無駄にした。

 養父(ちち)にははしたないからやめなさいと言われているが、家族や親しい友人の前でだけなのでいいだろうと勝手に自分で許可した舌打ちをまた一つ。この学園に入ってから数の多くなったそれが、いざというときに出たら彼らのせいだとこぶしを握りつつも、派手な集団が通り過ぎるのをじっと待つ。


 おそらく彼らは私の教室に向かっている。通り過ぎたら人ごみに紛れて渡り廊下に曲がれれば、天敵のいる図書館までは追ってこないはずだ。

 十分に時間をとって、もちろんその間は教科書を開いて今日の復習をする。女性が学園に在籍できるのは二年までで、それまでに好成績を収めなければ下級文官として試験を受けることすらできないのだ。

 それでなくとも学問を本格的に始めたのは養父に引き取ってもらってからだから、周囲の人よりずいぶん遅く、こんなくだらないことで時間をとってはいられないのだけれど。


「今日は遅かったわね。また捕まったの?」


 ようやく図書館に逃げ込んだ私を気遣ってくれたのは見事な金髪の美女である公爵令嬢のアラニラ様だった。


「ここに向かう前に会いそうになったので空き教室に隠れていました。こちらには?」

「まだ来ていないわね。それなら準備室をお使いなさいな。来たら誤魔化してあげるわ」


 女神のように艶やかな、女性の私から見ても惚れてしまうほど美しいアラニラ様は、現在この学園に通っていらっしゃる第二王子殿下の婚約者でもある。柔らかな声音と立ち振る舞いの高貴さはさすが公爵令嬢と思えるほど優雅で、身分の高さをひけらかさずに元平民、現男爵家令嬢の私の話も親身になって聞いてくださる優しい方だ。


 私には学園の入学式後からなにかとちょっかいをかけてくるアホども……高位貴族令息が数人いて、なぜか当たり障りのない反応をした私を気に入ったと付きまとわれている。中には第二王子殿下の側近候補の方もいて、立場上は会いに来られたら無下にはできないのだ。

 養父にも相談したがやはり位が高すぎでどうすることもできず、救いなのは彼らの婚約者が諫めてくれていることで他の人たちに妙な誤解がないことだろうか。


 元平民の男爵令嬢などほとんど平民だ。子爵家の方ですら(おそ)れ多いのに伯爵、侯爵家の方など口を聞くことすら難しい。確かに入学式に広い学園で迷子になって助けてもらった侯爵子息さまや、移動教室で忘れ物を取りに戻ったら迷子になったときに助けてくれた伯爵子息さま、真理の塔に向かっていたはずなのに途中で見失い森の中で迷子になったときに出会った騎士団長さまのご子息(侯爵家)には助けていただいたお礼を言ったが、当たり障りのない話をした記憶しかない。


 それなのに彼らは「面白い」とか「馬鹿なの?」とか「強いな」とか、訳の判らない理由で私に付きまとうようになったのだ。

 っていうか、なんで入学式の忙しい朝に校舎の裏にいるの?

 次の授業がすでに始まってるのになんで廊下にいたわけ?

 あんな人気(ひとけ)のない森の中で何をしてたんだろう……

 あまりにも身分の高い生徒たちに出会ったせいでその時は不審に思わなかったが、冷静になってみればおかしなことだらけだ。


 そんな時、あまり利用する人のいない図書館での勉強中に、付きまとってくる彼らに辟易してため息を吐いていた私を見て声をかけてくださったのがアラニラ様である。その時は公爵令嬢でさらに王子殿下の婚約者さまだとは知らずに、追い詰められて余裕のないまま天使のように慈愛に満ちた彼女に相談し(ぶちまけ)てしまった。


 アラニラ様はそれならば図書館(ここ)に来ればいいと麗しい笑顔でおっしゃってくださって、私は放課後の勉強時間を確保できたのである。

 アラニラ様曰く、図書館はアラニラ様の大好きな場所で、学園にいる間しか通うことができないために第二王子殿下に立ち入らないようにと約束させたらしい。「わたくしだって王子殿下の婚約者という立場から離れたい時があるのよ」と笑われたのを見たときは、可愛らしすぎて魂が体から飛んでいきそうになるくらいの衝撃を受けた。


 第二王子殿下が立ち入らないようにしているため、自然と側近候補や王子殿下の取り巻きたちもここには来ないそうだ。来たとしても今の学園で王子殿下の次に身分の高いアラニラ様が追い払ってくださることになった。


 当時追い詰められていた私はボロボロと涙をこぼしてしまい、アラニラ様のいい香りのするハンカチまでいただいてしまった。もちろんお返しはちゃんとしたよ。同じようにハンカチを買って返そうと思っていたら、アラニラ様に今庶民で流行っているマーハケーキが食べたいからそれにしてほしいとリクエストをいただいたのだ。


 正直ハンカチ一枚でも公爵令嬢の使っているものと同等な品を買おうと思ったら、一か月の生活費の半分が飛んでいく値段がする。洗って返すなど貴族間ではしないことだし、アラニラ様はそんな私の懐事情を知ってお話をくださったのだと感激した。


 マーハケーキは卵と小麦粉、砂糖を使った素朴でふわふわのケーキだが、焼き立てでないと美味しくないため貴族が食べるには自分の家で作ってもらうしかない。まだ下町のお菓子だから衛生面でも異物混入の危険もあるからだ。


 それでもうっかり庶民の流行りを話してしまった私が悪いので、アラニラ様(と第二王子殿下)に許可をもらって学園のカフェテリアの厨房を借りて作らせていただいた。アラニラ様(となぜかついてきた第二王子殿下)には大変喜んでいただいて、私の学園での最高の思い出になったのである。


 ちなみにいただいたハンカチは洗って綺麗な巾着に入れ、宝物入れに大事にしまってある。鍵付きだし、宝箱もベッドの下という普通のご令嬢なら考えない場所に隠してあるから安心だ。

 アラニラ様との出会いを思い出して準備室でニヨニヨしていると、図書室が少し騒がしくなった。どうやら彼らが私を探しに来たらしいが、アラニラ様が知らぬ存ぜぬで追い返してくださったらしい。さすがに二度も三度も図書館には来ないだろうと準備室を出てお礼を言うと、いつものように麗しい笑顔でマーハケーキをリクエストされた。


 そんなので良ければ、いつでもどこでも喜んで!! 私の夢さえなければ下級侍女でもいいから一生お仕えしたいくらい大好きです!!








「貴女はいつも勉強ばかりしていますね。女性の文官は結婚と同時に退職するのに、どうしてそんなに頑張っているのですか?」


 ある日、宰相補佐を父に持つ侯爵子息に捕まった私は彼に連れられるままカフェテリアに来ていた。図書館で勉強したいといった私にここですればいいと言われたので遠慮せずに教科書を広げていたら突然聞かれたのだ。


 本気で言っているのだろうかと見上げると、少し長めの黒髪を揺らして切れ長の青い目が不思議そうに見返してくる。あ、これ、本気のやつだ。


「学園は何をしにくる場所なのですか?」


 勉強だろうが。お前らみたいに家庭教師をつけて一対一で教えてもらえる人間ばかりじゃないんだよ。男というだけで学園に三年もいることができるわけじゃないんだよ。こっちは時間がないんだよ!

 言いたいことをぐっと我慢して(こら)えると、低くて優しい養父(ちち)の声が脳裏に響く。


『ネリは少し頑張りすぎだな』


 大きくて温かい手がそっと頭を撫でてくれた。貴族らしくない行動に卑しい者を見るような目を向けてきた家庭教師から守ってくれた。

 だから――


「学園は人とのつながりを作る場所です。特に女性は自分を貰ってもらう相手を見つけるためでしょう」


 日に焼けたことなどないような白い指でティーカップを持ち、上品にお茶を飲む男性が平然と言う言葉が我慢できなくて思わず立ち上がる。


「皆様ならば勉強など必要ないのでしょうね。私のような下位の者には判りかねますが。用事を思い出したので失礼します」


 お茶を飲んでりゃすぐには席を立てないだろうと返事も聞かずにその場を立ち去ってやった。そんな扱いを受けたことのない男は唖然としていたようだが、知ったことかとすぐに化粧室で時間をつぶしてから寮へと帰る。

 これはアラニラ様から聞いたのだが身分の低い者が高い者に犯す不敬罪とは、現行犯でなければならないらしい。後でどうこう言っても立証が難しい上に、偽証も安易だからこそ数代前の国王が言ったとか書いたとか。


 アラニラ様は本当に博識でどこまでもついていきたくなるような姉御肌の御方だよ。まぁ、第二王子殿下もアラニラ様の隣に立っても遜色(そんしょく)がない方だから、多少馬鹿な貴族子息がいようともこの国は安心なんだけどね。








 とお茶会で話したら王子殿下への感想は不敬だと笑われた。


「いや、だってさ。よく知らないあの方(王子殿下)より、よく知ってるアラニラ様の方が好きになるでしょ」


 思わず本音で語ってしまう。


「判るわ、ネリ。アラニラ様は同性でも惚れてしまうくらい魅力的な方よね」


 そういって私に賛同してくださったのは宰相補佐を父親に持つ侯爵子息(付きまとい男1)の婚約者であるピネア様だ。


あの方(・・・)は腹黒さを隠されておりますが、アラニラ様はご自分の黒さを白く見せるから素敵なのです」


 口の悪い伯爵子息(付きまとい男2)の婚約者であるマルカ様が微かに頬を染めて小さくため息を吐く様子は、さすが伯爵令嬢といった色気を感じてしまう。

 残念ながら騎士団長のご子息(付きまとい男3)の婚約者はすでに卒業されているのでここにはいないのだが、ピネア様、マルカ様の両方に面識があるのだそう。「貴女のことも誤解のないように話しておくわね」と言われ、後に「愛妾になるなら私が結婚してからにして。逆に逃げたいなら遠慮なく頼ってちょうだい」とありがたいお言葉をいただいた。もちろん愛妾になどなる気はないとお返事させてもらったのだが。


 一足早く成人されているせいか、上流階級の女性とはたくましいものなのか、どことなくアラニラ様と似た言動をされる方だった。学園にいる男性など子供に見えるほど落ち着いた対応に憧れるばかりである。


「それにしても女性の情報網を馬鹿にしすぎではないかしら。女性側がよほど非常識でない限り浮気など簡単にできるものではありませんのに」


 ピネア様は侯爵家のご令嬢だが、家庭の事情で家を継ぐ役目を負っていらっしゃる。だから付きまとい男1は婿入りする予定なのだ。


「そうなのですか?」


 好奇心から聞き返すとピネア様の茶色の髪にサファイヤのイヤリングが楽し気に揺れる。


「身分と財産と信頼できる配下がいれば秘密裏の浮気も可能でしょうが、子息(未成年)程度では隠ぺいの度合いもたかがしれますわね。その上、学園は将来を見越して切磋琢磨する場所でしてよ。(女性)たちの情報交換がどういう意味を持つのかを学ばなければ、男性の出世は見込めませんわね」


 ずいぶんと辛らつな物言いだが、おかげでネリが高位貴族子息たちを(たぶら)かしているなどという根も葉もないうわさが間違いであると知ったのだろう。さらにネリの境遇(付きまとい)に同情して周囲の令嬢に根回しして下さったうえに、友人としてお茶に誘っていただく仲にまでなってくださった。

 おかげで彼女たちといる時は付きまといがなくなって、図書館と同じく一息つく貴重な時間となっている。


「そういえばネリは女性文官を目指しているのよね? でも男爵家はどうするの?」


 話の流れでマルカ様が質問してくる。

 現男爵に妻子はいない。子供も今のところ養子のネリだけだ。


「私の話はどこまでご存じですか?」


 隠していることではないのでどこまで知っているのかと確認すると、マルカ様は小さく首をかしげる。


「確かネリは現男爵当主の従兄の子供なのよね? ご両親が亡くなったから男爵に引き取られたって聞いてるわ」


 おおむね間違いではないけれど事情はもっと複雑だ。

 先代男爵、つまり現男爵の両親はなかなか子供に恵まれなかったらしい。だから先代男爵の弟の子供――従兄弟であるネリの父親を養子として引き取って跡取りとして育てていたのだが、数年後に奇跡的に現男爵を授かり無事に生まれたことが転機となった。


 ネリの父親は男爵家は直系が継ぐべきだと言って、現男爵が二歳まで育つと好きだった女性と駆け落ちする。性格的にもネリの父親は貴族に向かなかったらしく先代男爵も無理に引き留めることはしなかったらしいが、行く先を突き止めて少しだけだが援助もしていた。


 そして今から四年前に両親を事故で失った十一歳のネリを当時二十九歳で家を継いだばかりの男爵が引き取ったのだ。引退していた先代男爵夫婦もネリを孫のように可愛がってくれて、男爵は無口だが常に見守ってくれた。


「養父はまだ結婚していないのです。先代が遅くにできた子供なので、家を継ぐのと結婚適齢期が重なったと本人は言っていますが、ただ単に忙しすぎてお付き合いしていた女性をないがしろにしたせいだと私は思っています」

「なかなか厳しいことを言うわね」


 褒めてくださるマルカ様に「ありがとうございます」とお礼を言えば、「褒めてないわよ!」と返されたがまぁいいだろう。


「ですから私が女性文官になって二年(実務を経験)したら男爵領に帰り、養父の手伝いをしようと思っているのです。そしてあわよくばそのまま養父と結婚出来ればいいな、と」

「結婚などしなくとも男爵領は貴女が継ぐのではないの?」

「私が欲しいのは男爵領ではなくて養父――ヒューズ様なんです」


 告白すれば一気に気色ばむお二人が身を乗り出してくる。恋のお話はだれでも楽しいものですもんね。とくに政略で婚約を結んでいる方々にとっては。


「男爵様はおいくつ?」

「三十三歳です」

「ネリが十五だから十八歳差なら余裕ね」


 ピネア様の言葉に胸をなでおろしていると、マルカ様が心配そうに問いかけてくる。


「その男爵様がネリの婚約者を決めてきたりはしないの?」

「実は先代男爵(おじい様)に根回し済みです。ちゃんと学園で好成績を修めて、女性文官になって二年勤めたら結婚しても良いって」


 実は先代男爵は養子にした息子にも実の息子にも、自分たちのせいで無理をさせたと申し訳ない気持ちがあるらしい。だから可愛い孫娘といえども息子を幸せにしてくれる女性でないと結婚をさせないつもりだと言われたのだ。


「で、肝心の男爵様はそれを知らないのね。ネリ、恐ろしい子!」


 マルカ様が今(ちまた)で流行っているという演劇のセリフとともに笑えば、年齢差や抱えていた様々な不安が吹き飛んだ気がして一緒に笑ってしまう。


「それで男爵さまのどこが好きなの?」

「十一歳で一目惚れってこと?」


 などと冷やかされながら楽しいお茶会の時間が過ぎていったのだった。








 こうして私の学園生活一年目が終わった。

 相変わらず複数の貴族子息から追い掛け回されているが、アラニラ様やピネア様、マルカ様の助言のおかげで彼らを出し抜く回数が増えて勉強もはかどるようになった。それにより成績も順調に上がり、養父を胸を張って学園に迎えることができたのだ。


 今日は学園の一年の締めくくりである舞踏会が行われる日である。セミ社交会ともいうべき行事であり、一年の間にどれだけ貴族としての知識を身に着けたのかを生徒が試される日でもあるのだ。

 この日だけはドレスに身を包み、学生は紳士淑女となる。本格的な式典なのでエスコートも本式に(のっと)って行われることとなっていた。


 それがどうしてこうなった。

 久しぶりにお会いした養父は相変わらず大きくて真面目そうな顔で丁寧なエスコートをしてくれる。だが授業ではない大好きな人のエスコートに胸を高鳴らせていたのは最初だけ。あいさつ回りに連れ出されているうちに気が付いたのだ。どうやら今養父があいさつしているのは私の婚約者候補なのだと。

 四組目のあいさつを終えたところで顔色を失った私を気遣って一度壁際に連れ出されると、給仕から飲み物を受け取って心配されてしまった。


「疲れたか?」


 違うの。相変わらず素敵な声。そうじゃない、けれど。

 遠くでこちらを心配そうに見つめるアラニラ様たちの姿も見える。胸の痛みはまだ小さくて、それでも鼻の奥がじんわりと痛くなってきた。


「先ほどあいさつされた方は男爵家と付き合いのある方なのでしょうか?」


 一縷の望みをかけて問うと、ヒューズ様は困ったように説明を始める。


「お前の成績がいいのでいくつか縁談の話がきていた。こちらでいきなり婚約を決めるようなことはするつもりはないが、紹介するくらいならいいかと思ったのだ」

「私は!」


 思わず顔を上げて強く言い返す。

 後ろに撫でつけられたグレーの髪と見下ろす黒い目にぶち当たる。


「私は文官になって実務を経験して、男爵領に帰ってヒューズ様のお手伝いを、する、つもりで」


 それでなくとも年齢に差があるのだ。子供のように駄々をこねたくないのに出てくる言葉は養父を困らせているのだろう。いつものように大きな手が頭をゆっくりと撫でるのはヒューズ様が私を慰める手段だった。


「確かに私はお前を引き取ったが、それは本来お前が受けるべき恩恵を返しているに過ぎない。お前は領地にこだわる必要はないのだよ」


 それも判っている。ヒューズ様は自分のせいで義兄(私の父)が家を出たと思っているから、(つぐな)いで私の幸せを願っているって。悔しくて白と紺色のグラデーションがかかったドレスのスカートを握りしめる。


「私は男爵領にいたらダメなんですか? ヒューズ様のそばにいたいと思ってはダメなんですか? 私が好きなのはヒューズ様なのに、別の誰かに嫁ぐほうが幸せなんですか?」


 泣くな、泣くな、泣くな!

 まだ婚約者候補を紹介されただけじゃないか。勝手に婚約者を決めないと言ってくださっただけで、今は十分じゃないか。これからもっと一生懸命勉強して、領地経営の専門家になって、男爵領を盛り立てて、私がいないと困るようになってもらうことが目標だったはずなのに。


「私では年が離れすぎているだろう」


 そんなことも判ってるけど、そればかりはどうしようもないじゃないか。どんなに努力しても年齢差は縮まらない。どんなに願っても今すぐ大人にはなれないのだ。


「それは、私の想いは迷惑だってことですか?」


 逸らされる視線に答えを見た気がして声が出なくなる。そんな硬直した私たちに突然割り込んできたのは、最近少しだけ関係が変わった彼らのものだった。


「ネリ、見つけた。先ほどから子爵家の子息とあいさつしていたようだけど、あんな奴らに嫁ぐくらいなら私の愛妾のほうが贅沢できるよ?」

「こちらがネリの養父殿か。初めまして。アセルス侯爵家のマクナイトと申します。ぶしつけな彼はモフェット伯爵家のブライス、もう一人はクィルター侯爵家のラドクリフです。突然お邪魔して申し訳ありません」


 宰相補佐を父に持つマクナイト様は慇懃に、それでもどこか楽しそうに私とヒューズ様を見た。


「初めまして。ヒューズ・レイナードと申します」


 突然現れた彼らに警戒を最大にした男が私を背中に隠すように腕を引く。最近の彼らを知っている身としては一体何事かと首を傾げていたが、彼らの名前だけは伝えられていたヒューズ様は険しい眼差しで彼らを見返した。


「先ほどの言葉は冗談が過ぎます」

「そうですか? 私はネリが気に入っていましてね。婚約者がいるので妻にはできませんが愛妾として愛してあげたいと思っていたのですよ」


 いつものように輝くような笑顔で言い切ったマクナイト様に驚いて婚約者のピネア様を見ると、満面の笑顔で手を握り親指を立てている。淑女としてはいささか問題の姿に脱力しつつ、彼らの行動はピネア様たちの公認であることだけは理解できた。


「僕ならギリギリ正妻にもなれる身分だけど僕が愛しているのはマルカだし、それでもネリは見てて面白いから愛妾にしようかな、と」

「ネリ殿の行動力は見ていてハラハラさせられます。私が守って差し上げたいと常々思っておりました」


 マクナイト様に続くようにブライス様とラドクリフ様がにこやかに告げると、ピリッとした空気が辺りを包んだ。大柄な男から発せられる怒気に苦笑いを浮かべつつ青年たちは楽しそうに話を続ける。


「レイナード男爵も早く彼女が嫁げばご自分の嫁探しもはかどるのではないですか?」


 ああ、そういうこともあるのかと再び落ち込む。


「私の結婚と彼女は関係ありません」


 はっきりと言い切るヒューズ様のたくましい背中を見つめながら、それはつまり私と結婚するつもり()ないということなのだろうかと聞きたくなる。


「そうですか。それでもネリが望めば貰ってもいいですよね」


 子息とはいえ上位貴族に問われれば拒否することは難しい。たとえこちらが男爵本人だとしても将来に何らかの影響をもたらす行動はするべきではないのだ。

 ヒューズ様が振り返り見下ろしてくる。何を考えているのか判らない無表情に、それでも信頼する大人の決断を待つと。


「先に」


 絞りだしたような低い声に緊張して、目をそらすことなく言葉の続きを聞く。


先ほどされた質問(・・・・・・・・)に答えておく。お前の想いは薄々気が付いていたが、迷惑だと思ったことは一度もない」

「それは希望を持ってもいい、ということでしょうか」


 私を選んでくれるという、希望を。


「……年齢差を気にしているのはネリだけじゃない、ということだよ」


 視線を逸らすのも拒絶じゃないなら、戸惑っているものの嫌ではないのなら。


「三年待ってください。必ずいい女になってみせます。そうしたらもう一度告白するので、その時に答えを聞かせてください」


 初めて出会った時のように大きくてかたい手を取り、近くなった視線を合わせて精いっぱいの勇気を振り絞り出てきた言葉。今の自分の素直な気持ちにヒューズ様は幸せそうなほほ笑みを浮かべてうなずいてくれた。


「残念ですね。愛妾にするという話は結構本気だったんですが」

「あら、私がいながら浮気ですか? いつでも捨ててさしあげますわよ?」

「今回私は頑張ったじゃないですか。逆にご褒美が欲しいくらいですよ」


 いつの間にか近くに来ていたピネア様が笑うとマクナイト様は甘い空気駄々洩れで彼女の隣に移動して腰に手を回す。他の二人も婚約者の元に戻ると第二王子殿下とアラニラ様もいらっしゃった。


「ほらね、私の言った通りだろう?」

「本当ですわ。わたくしには表情が変わったように見えませんでした」

「私は何度かレイナード男爵に会っているからね。彼がネリ嬢を紹介(・・)しているときの顔を見れば違いに気づくよ。それに男には男のやせ我慢(・・・・)が判るものさ」


 どうやらマクナイト様たちを差し向けたのは殿下の入れ知恵だったらしい。正式な礼をとるヒューズ様に第二王子殿下は鷹揚にうなずいた。


「私の大事な婚約者があまりにもネリ嬢を心配するのでね。少しおせっかいを焼かせていただいた。ネリ、これは貸しだぞ。城に上がったらこき使ってやるからな。一年後が楽しみだ」


 これはアレか。学園でアラニラ様との大切な時間を奪った私への嫌がらせか。試験も受けていないのに城に上がる話をして……そうだ。彼も雇用主の一人だったよ。


「ネリ。少しやりすぎでしたけれど結果が良かったので許して下さいね」

「アラニラ様には助けていただいてばかりです。このご恩は必ずお返しいたします」


 今日も素晴らしく美しいドレス姿のアラニラ様にうっとりしながら返せば、天使のごとき笑顔を浮かべられた。ああ、本気で癒される。いい匂い。いただいたハンカチは家宝にしますね!

 いろいろと社交のある彼らが去ってからヒューズ様が心配そうに顔を覗き込んでくる。


彼ら(あの三人)はお前に付きまとっていたんじゃないのか?」


 そういえばそんな話をしていたなぁと懐かしく思いながら、ここ数か月で変わった関係を慌てて説明した。


「最初はね、珍しかったんだって。おかしな場所に迷い込むし、迷子になって泣きそうになってるし、虫を見て笑ってるし。そのうちにポンポンと返される何気ない会話が楽しくなってきたらしいよ。最近は婚約者の方々と私の話題で盛り上がっているらしくて逆に惚気(のろけ)られているの。婚約者のご令嬢方がこんなに楽しい人たちだって知らなかったんだって」


 年下ということもあるし、皆様が本当に高貴な方々だという認識が私は甘いらしく、ポロっとこぼれる言葉に大笑いされてからかわれているのだ。

 それを聞いたヒューズ様は片手で目を覆い肩の力を抜いて大きく息を吐く。


「お前は凄いな。学園に通い、あれだけの方々に繋ぎを作り、自分の味方に引き込むとは」


 いや、味方というより娯楽?に近いと思うんだけど、そこはヒューズ様が私をよく見てくれるということで放置する。それにしても『繋ぎ』かぁ。マクナイト様が言った『学園は人とのつながりを作る場所』って正解だったんだなと反省する。彼は私なんかよりずっと大人で、知識もあり、社交界にも詳しいのだろう。


 ひとしきり考え込んでからこちらを見つめてくるヒューズ様に首をかしげる。ヒューズ様は先ほどまでの無表情から柔らかい微笑を浮かべ、黒に見える紺の目の奥にはかすかな熱を含んでいるように見えた。


「お前から家名を聞いて万が一のために『貸し』のある御方に連絡を取っていた。元平民の男爵令嬢が侯爵子息の愛妾になるならば十分恵まれていると思わなければならないのに、あの時の私は『貸し』を使ってどうやってお前を守ろうかと、そればかり考えていたんだよ」


 そっと頬に触れてくる指にすり寄ればヒューズ様は何かを諦めたように苦笑した。


「三年、待っているよ。私もお前に愛想を尽かされないように努力するつもりだけどね」








 それからネリは翌年に首席で学園を卒業と同時に女性文官として王城勤めとなる。彼女は第二王子直属の部下になり、第二王子妃とも個人的に付き合いがあった。

 赤銅色の髪と緑の目を持つ才女となった彼女は多数の婚約を申し込まれたようだが、すべて丁寧に断り、権力をちらつかせるしつこい(やから)は第二王子が直々に釘を刺したらしい。


 第二王子曰く「ネリが欲しいなら彼女に惚れさせるのが一番の早道だよ。できるものなら、ね」と笑っていたという。もちろんそれを聞いたネリが激怒して仕事を放棄し、第二王子妃のところに立てこもった話は文官の間で有名である。


 アラニラ第二王子妃は笑いながら「あれは殿下が悪いのです。ネリが仕事に集中できる環境を整えるのが上司の役目なのに、逆の行いをしたのですから」と殿下を(・・・)無視して(・・・・)話したらしい。


 第二王子に泣き付かれたレイナード男爵が秘密裏にネリとの婚約を結んでうるさい連中を蹴散らしたり、その婚約を『貸しのある御方』が聞きつけて根回ししたことで、ネリの周囲はようやく静かになってアラニラ第二王子妃の怒りも解けたようだ。

 そして。








 確かにヒューズ様は愛想を尽かされないように努力すると言った。

 そして私はヒューズ様が結婚していないのは、忙しすぎてお付き合いしていた女性をないがしろにしたせいだとも言った。


 いや、それは当たってたよ。


「お帰り、ネリ」

「ただいま帰りました」


 なぜか第二王子から里帰りしろ、だが三日だけな!と命令されて帰宅すれば、ヒューズ様が忙しい中出迎えてくださった……んだけれども。

 大きな体で包み込まれるように抱きしめられると、熱い両手を頬に添えて額、頬、首筋の順に口づけられた。


 ひぃぃぃ! ちょっと待ったー!と叫んだのは思考でだけ。真っ赤になって硬直した私にヒューズ様は優しいほほえみを浮かべてもう一度抱きしめ、耳元で「会いたかった」とささやかれれば立っていることなどできるはずもなく。

 へにゃりと腰の砕けた私を軽々と嬉々として抱き上げたヒューズ様は首筋まで赤く染めて動揺する私を自室まで運んでくれる。なに? これ、誰? 私、夢でも見てるの? (たくま)しい身体が素敵です!と真っ白な頭で考えているうちに自室のソファへとそっと降ろされた。


「移動してきたばかりで疲れているだろう。父と母へのあいさつは少し休んでからでもいいから」

「あの、さっきの……」

「ああ、唇は結婚式まで待つから大丈夫。今日はゆっくり私にネリを補給させて。明日はウェディングドレスの採寸とデザインを一緒に決めよう」


 そう言って額に口づけをもう一つすると部屋を出て行く。それを呆然と見送ってから声のない叫び声をあげてソファに転がった。

 大人の本気、凄すぎる。








(おまけ)


「三日、で帰ってこられるのでしょうか」


 仲直りした第二王子夫妻がお茶を飲んでいるとアラニラがぽつりとつぶやいた。


「レイナード男爵はあれでネリに激甘だから、彼女の邪魔はしないだろ。うっかり孕ませることもないんじゃないか?」

「文官になってきっちり二年後の日付で結婚退職届を出しているのですよ! ネリは告白すると言っていたのに、周りが完全に埋められてますわ! 途中で気が変わったらどうするつもりなのかしら」

「あの男が一度手に入れたものを逃がすわけがないだろう。アレは狡猾な男だぞ」

「ああ、わたくしの可愛いネリが騙されている気がしますわ」


【登場人物紹介】


・ネリ(15歳)――11歳まで平民として両親と共に暮らしていたが、事故により孤児となり男爵に引き取られる。後から思えばあれは一目惚れだったのだろう。それからは彼の助けになるために努力を続け、いつか振り向いてもらえるように画策していた。


・ヒューズ(33歳)――養子だった義理の兄の忘れ形見を引き取って、彼女の熱意に負けた人。厳つい容姿のわりに常識人でヘタレ。ただ人生経験はしっかりあるので、ネリを受け入れたあとの執着と豹変は周囲を引かせた(ネリ本人も含む)。


・アラニラ公爵令嬢(??歳)――高位男性貴族に追いかけられていたネリを助けてくれた心優しい天使。いつもいい匂いがして、優雅で、美しい。いただいたハンカチはネリの家宝となった。(年齢の質問をしたところ、にっこり笑って首を傾げられたので記載を中止いたします)


・ピネア侯爵令嬢(17歳)――ネリに付きまとっている男1の婚約者。家の都合で彼女が将来爵位を受け継ぐ予定。ネリの境遇に同情して茶飲み友達になる。


・マルカ伯爵令嬢(17歳)――ネリに付きまとっている男2の婚約者。胸が大きくとても色っぽい。おっとりとした見た目にそぐわない毒を吐くことがある。


・マクナイト侯爵子息(18歳)――付きまとい男1。ピネアの婚約者で宰相補佐を父に持つ。インテリ眼鏡系キャラ。


・ブライス伯爵子息(17歳)――付きまとい男2。マルカの婚約者で口が悪い。子供っぽい言動の裏で暗躍しているといううわさがある。


・ラドクリフ侯爵子息(18歳)――付きまとい男3。婚約者はすでに学園を卒業している。騎士団長を父に持つが、ブライス曰く脳筋らしい。黙っていればいい男の典型なのだとか。婚約者はそこが可愛いとネリに惚気てきたことがある。


・第二王子(18歳)――このお話では意外とおいしいところを持って行ったキャラ。名前はない(笑)。ネリの優秀さに目をつけて二年間こき使ってくれる王子様。


 こんなもんかな? 誰か忘れてる? いないよね。

おっと一人忘れてた。


・『貸しのある御方』(??歳)――ヒューズがお付き合いしていた令嬢をないがしろにした原因を作った方。彼曰く「ヒューズだってもともと(結婚に)乗り気じゃなかったんだから、私の責任じゃないよね? ネリ嬢に対する情熱を見たら私の罪悪感なんて消えてなくなったよ」


 読んでいただきありがとうございました~

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[良い点] めっちゃ読み応えありました! また、一気に読ませられるテンポの良さ! ネリさんかわええ(///∇///) ヒューズ男爵が羨ましい限りです。w そして、アラニラさんがいいキャラしてる! …
[一言] 最初は王子の側近たちはヒロインを追いかけまわして本気で熱を上げているのかと思いましたが、側近たちの使い方、というか配役が少し新しく感じて意表を突かれました。 男のやせ我慢、わかります。大体…
[一言] 年齢差おいしいれす(´〜`)モグモグ
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