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処女懐胎 なりそこない魔女の悪あがき  作者: 本山葵
町と死に人
8/25

音のない森と、幼女のような少女

 泉で血を流そうとするが、全身が軋み何度も倒れそうになる。

 痛みが無くとも体が自由に動かせなくなるのでは、不便だ。

 それでも親衛隊(ヴァリヤーグ)の少年は苦しそうな顔を見せない。


「……おい。そこで何をしている」


 スッと腕を上げて泉を囲む森の中から一本の木を指し、言った。


「――ごめんなさい」


 出てきたのは、夕刻に救出した女の中にいた、裂傷を負った少女。


「あまりにも綺麗だったもので」


 抑揚のない語り口には、どこか自分と似たものを感じる。


「そうか」


 言って親衛隊(ヴァリヤーグ)の少年が再び血を洗い流し始めると、彼女はゆっくりと近寄った。


「男の人だったんですね」

「ああ」

「魔女なのに」


 一瞬、少年は動きを止める。

 レルヴァの民にとって魔女は、そう遠い存在ではない。少なくとも存在を知らない、ということは有り得ない。だが魔術と精霊術の違いを命懸けの緊急時下で見分けられる人間は、そう多くないだろう。


「いつ気付いた」


 そして魔女は、四年前に絶滅(・・)した――。


「お姉ちゃんが言ってたんです。精霊術は契約だ……って。使う度に契約を結ぶ。その文言が、詠唱」

「ボクが詠唱をせずに、力を行使し続けていたからか」


 思い当たる節を言って、横目で彼女の顔を見る。

 変わらず無表情。

 裂傷を負った少女は否定する。


「それもありますが。――あの獣使いの女性は、あなたに治癒術を使いませんでした。精霊と悪魔の仲違い話は、耳が腐るほど聞いてきましたから」

「精霊と悪魔……」


 ほとんど血は洗い流したが、問題は後ろ髪だ。

 ――些か伸ばしすぎたか。いっそ刈ってしまっても構わないのだけれど。

 瞬間、姉の不満げな顔が脳裏を過って思い偲ぶ。瞼の裏に焼き付いた姉の姿は残酷なほど生々しく温かい。


「私が洗いましょうか」


 しかし目の前にいたのは、少年の魔術使用を見抜いた少女。

 腕に焦点を当ててみると裂傷の傷跡が急激に薄くなっている。たった数時間でここまで治癒したならば、悪化の可能性は低いだろう。


「腕、肩より上がらないんでしょう?」

「優れた洞察力が身を助けるとは限らないぞ」


 痛みなど感じないが、不自由は見抜かれていたか。


「勝手にしろ」

「わかりました」


 少女は少年の後ろに立って泉の水を掬うと、少年の後ろ髪に触れる。


「血で固まってしまっています」

「だから面倒なんだ」

「もっと綺麗に殺す方法もあるのでは」


 淡々とそんなことを言うところは、やはり普通の少女と異を成す。

 救出した女達は全て、食事の場で先の戦闘を想起して餌付いた。今も音の欠けた森が不気味で、このまま眠れぬ夜を過ごすことだろう。


「例えば?」


 少年は珍しく、自発的に質問を発する。


「剣でお腹を刺してしまえば、人間なんて簡単に死にます。返血も少なくて済むでしょう」

「――訊いたボクが馬鹿だった。それでは死を覚悟して戦地に赴いた相手へ、恐怖を与えられない。第一、刺した後に抜く動作は余計だ。命取りになる」


 手を止めずに少女は、案外難しいんですね、と答えた。

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