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処女懐胎 なりそこない魔女の悪あがき  作者: 本山葵
斧と鉄塊に、狼と巨犬
6/25

小屋と泉

 町に、血塗れた彼や彼女を喜んで出迎える者はいない。

 守護する者に敬意を払わない――ということではないが、誰のものかも分からない血に触れればどんな病気が移るか解らず、遠ざけるほか無いのだ。

 特に異国の、侵略者の血など、町の中に一滴たりとも付けてほしくない。


「――ここはもう安全だ。水は下流へ流れていき途中に集落はない。女はここで身を清めろ」


 森と町を結ぶ中途にある、小屋。

 隣接する滝は人間の背丈に対して五倍ほどの高さから水を落とし、人間の生きられる時間とは比べものにならない歳月を要して、直下に川泊まりを作った。

 やがて泉となり、今では汚れを洗い流す場として機能している。

 狂戦士(ベルセルク)と呼ばれた親衛隊(ヴァリヤーグ)の少年が言った言葉は、つまり、この水を生活に用いる者はいないから安心して使ってくれ、ということだ。

 言い方を一つ変えるだけで印象も変わるのになあ、と、獣使いの少女は呆れる。


 川泊まりの手前に立って、少年は辺りを見渡した。

 もしも森に何者かが侵入していれば、滝水の零れ落ちる断崖で逃げ場を失い、袋の鼠と化してしまう。

 一通り動物以外の気配がないことを確認して、泉に背を向ける。


「アルマは後ろを向いてるのよ」


 しかし、獣使いの少女は厳しい調子で指摘した。

 すでに背を向けているのに、だ。


「お前は、ボクを馬鹿にしているのか?」

「わかってるなら、いいけど」


 常識に欠けているところがあるから、心配だっただけで。

 ――何も、そんな言い方しなくたって。

 はいはいわかってますよ、ぐらいの感じで流してくれたって、いいじゃない。


「あの混乱した状況では、殺した人数を正確に数えられなかった。……ほとんどが餌になったからな。ボクは警戒に当たるから、お前も水を浴びてこい」


 優しいんだか、冷たいんだか。


「森は狼とバクスターが守ってるわよ」

「彼らは満腹で警戒心が薄れているだろう。細心の注意を払うべきだ」


 そりゃ、そうだけど。

 ――私のことは、お前、で。狼と白毛の巨犬(バクスター)は、彼ら。納得いかないなぁ。

 少女は頬を膨らませて、解りやすく不満を呈した。


「じゃあ、ちょっと疲れたから、そこに座って」


 不満は彼の言葉に対してだけ、ではない。


「ボクは座りたくなど――」

「私が座りたいの」

「意味がわからない」


 少女は少年の足が細かく震えていることを確認して、肩に手を置いた。


「血が付くぞ。お前は戦場で自分の手を汚さないタイプだろう」

「ひどっ――。もう。無理しないで座りなさい!」


 命令のように言って、少年を強引に座らせる。少年は力なく膝から崩れ、草地に手を突いて上半身を支えた。


 ――うわあ。可愛いなぁ。

 まるで女の子の仕草だ。

 さっきまでの暴れっぷりが嘘のよう。


 でも、ここは厳しく言わなければならない。

 少女は一度表情を引き締めてから、勢いよく口を開く。


「筋繊維と靱帯の炎症、損傷、断裂! 肉離れ、捻挫、打撲! あとその血は、全部他人の血なのかな!?」


 少女染みた体格の少年が、斧とロングソードを片手で振り回す。

 力の根本には魔術が関わるが代償は大きい。


「――――――わかったよ」

「よろしい」


 少女は少年の体が痛んでいることを知っていて、治癒術を選択肢から外す。

 魔術の代償を精霊術で補うことはできないのだ。


「……どれぐらい、かかりそうかな」

「万全には一日――と言いたいところだが、二日はかかるかもしれない」


 少年は回復に要する時間を、大凡で答えた。


「随分、早くなったよねえ」


 泉に向いて少女が座り、逆向きに少年が腰を下ろしている。

 つい先刻、一小隊を壊滅させ百の魂を奪ったばかりの二人が、まるで兄妹か恋仲ように親密な雰囲気で話している。

 救出された女達は、不思議そうに彼と彼女を眺めた。

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