捨てるもの
検査を受けた日から三日が過ぎようとしていた。
未だ親衛隊の少年と精霊術使いの少女は、軍部からの足止めに遭いながら森の中にある小屋へ帰ることができないでいる。軍の管理施設に寝泊まりをしながら町に留まされている状況だ。
「――で、朝っぱらからあなたは、何をしているのかしら」
「ゴミ拾いですが、なにか?」
加えて、置き土産のように自己死霊術の少女も残された。彼女の再検査を待っている間に他の捕虜を乗せた首都テルゲン行きの列車が出てしまって、本当に置いて行かれたのだ。
そこへ魔女教会の紳士が「一人のために車両を貸し切る必要は無いだろう。僕が連れて行くから待っていてくれ」と首都の軍本部へ伝えると、二つ返事で「わかりました」と返答されて今に至る。
朝の鮮やかな日差しに似つかわしくない低調なトーンで、自己死霊術の少女は言葉を紡ぐ。
「神国だ何だと言われていますが、ゴミぐらい出ます」
しかし死にかけの肉体を使って朝っぱらからゴミ拾いというのは、感心すべきか嘆くべきか、わからなくなる。
「私もまとめて火葬されてしまえばいい――という顔ですね」
「そこまでは思ってないわよ」
「そこまでは、ですか。当たらずとも遠からずですね」
「あと一歩でそこに混ざっちゃうなぁ、ぐらいのことは思うわよ。普通」
「思わないですよ、普通。……まだ小屋には帰れないのですか?」
「帰りたいんだけどね。オオカミの群れだって待ってるし。ただ……」
獣使いの少女は一度口籠もって、打ち明けて良いことなのか判断してから、慎重に言を継ぐ。
「軍部は、私と彼を港町奪還作戦に加えて、確実に作戦を遂行できる体制を整えたいみたい。その説得が――ね」
ついでに言えば、絶滅したはずの魔女が死霊術という格別に特殊な術を用いながらとりあえず生きて発見された、ということにも軍部は色めきだっているらしい。
これで神国の体裁を保つことができる――と。
「作戦に加わる気は無いのですか?」
「あの町に居たあなたに、こんなこと言いたくないけれど……」
あと一歩でゴミに混ざりそうとまで言っておいて、この人は何を言い辛そうにしているのだか――。死にかけの少女は無表情のまま呆れた。
「彼、この町のことしか頭にないのよ。他は二の次、三の次。どうでもいい、なんて言葉を口にすることもあるわ」
一方、表情豊かで溜め息の多い獣使いは、悩ましげに言葉を紡いだ。
彼の言う『他』の中に自分も含まれていると思うと、酷く切なくなる。――いっそ本当に身を切り裂いてくれても、彼の手でやってくれるなら幸せかもしれないと思えるくらいなのに。
「そうですか」
「――意外。自分の生まれ育った町を助けてほしくないの?」
「私も、彼と同類なんです」
同類という語句に獣使いの少女は一瞬の苛立ちを覚えたが、年下を相手に苛立っては大人げない、とどうにか表情に出さず飲み込んだ。
「奪い返すことに興味はありません。――尤も、生まれ育った町を本当に救えるのなら協力は惜しみませんが。軍の言う奪還というものは、土地や建物の話でしょう。人間にとって本当に大事なものを奪い返すのは難しいです。それを無理に奪い返す――奪い返した気になるには、自分が失った分を相手にも失わせることに他なりません。そこに興味を抱くのは難しいことです」
だが今度は、自分より年下の少女が発した言葉に思わず胸を打たれた。奪われたものは領土や建物、金銭だけではない。命、時間、精神――。比較すれば『奪い返せないもの』のほうが圧倒的に多い。
それらは目に見えず、何をもって奪還とするのかも曖昧。でも復讐を果たせば少しは取り返した気分になれるのだろう。
「軍部の人間にも聞かせてあげたいわ」
圧倒的な力を持つ魔女を失った神国軍部は、領土の奪還だけを目標に蛮族のような荒くれ者をそのまま国家親衛隊として契約しはじめた。
親衛隊という精度そのものは遙か昔からあるものだけれど、そこには厳しい訓練や試練があり、契約がある。荒くれ者が荒くれ者のまま親衛隊となることは無かった筈なのだが。
『戦力が足りない』、『神国を守るため』と言えば無理矢理でも道理が通ってしまう。
故に評判は悪い。蛮族が軍の威を借りているのだから方々で問題は起こり、この町にも話ぐらいは伝達されてくる。
年上の少女は朝焼けの空を見上げながら、評判が地に落ちた親衛隊にわざわざ志願した少年のことを想った。