自己
憂鬱な溜め息を吐いた少女に向かって、少女のように姿を偽った親衛隊の少年は自ら言葉を切り出した。
「お前がいるということは、話が通っていると考えていいのか」
「半分。できれば精霊術を使って穏便に正面突破、できなければ派手に裏口突破」
「――ボクとしても町の衛生管理は徹底したい。正面突破で終わらせることを望むよ」
「え、裏口突破のほうが手っ取り早くていいんじゃないの? どうせ問題があったら、殺しちゃうんでしょ?」
「…………ボクは野蛮な人間が大嫌いだ」
少女はムッと頬を膨らませる。
本当のことを言っているだけなのに――と。
だいたい蛮族が成る親衛隊で、その上、昨日どれほどの人をその手で殺したかわからないような人に言われたくはない。
「アルマ君は、もう検査を済ませただろう」
女医は少年に問う。
「裏口突破をするには、ボクが意図を持ってやったことにしなければならないんだ。あなたは騙されたことになる」
「――全く。軍の人間というのは優しいんだか乱暴なんだか、わからないな」
呆れ気味に女医が放った言葉へ、精霊使いの少女が大仰に首を縦に振る。
その首もとへテレサが寄った。
「あなた、妊娠していたのですね」
唐突に突きつけられた事実に、「ちょっとアルマ! 話しちゃったの!?」と大声で問う。だが「そいつの耳が良すぎるだけだ」と返されてしまった。
「さすがに、少し驚きました」
死んだような目でそんなことを言われても、全っ然、説得力が無いんだけど――と、精霊使いの少女は嘆く。
この二人を前にすると自分だけが感情豊かに感じて、自分だけが正常のようで、逆に馬鹿らしくなってしまう。人間らしくあることは素晴らしいことだと思うのだけど、この戦時には彼らのようなタイプのほうが向いているのかもしれない、とすら思える。
「私のことはいいから、早く裸になりなさい。精霊術に服は邪魔でしかないのよ。――アルマは、ちゃんとあっち向いてること!」
「何故怒っているのでしょうか? 愛する人の子供を授かっているのでしょう?」
今度は年齢なりに純粋な問いをぶつけられて、先ほどとは違う意味で嘆く。
――そりゃ、普通はそう思うでしょうけれど。
他言できる話でもないし、少なくとも女医と検査官がいる場で真実を明かすのは気が引ける。
「あなたには関係ないから」
「まあ、そうですね」
しかしあっさり引かれるというのも、なんだか残念な気持ちになる。
「ところで、私に精霊術を使うならかなり弱めにお願いします」
「……なんでよ」
「あれだけの傷が一晩で回復するなんて、可笑しな話でしょう?」
言われてみると、肌や皮下の血管というレベルではなく肉を酷く裂いたほどの傷が、たった一晩でほとんど癒えているというのは、異常だ。
身近にいる人間がアレなもので、異常であることに慣れてしまっていたけれど――。精霊使いの少女はふと考え込んで原因を探りにかかった。
なんとなく、直接的に答えを教わるというのが、癪に障るからだ。
「あなた、死にかけの肉体を魔力で操っている――つまるところ自己死霊術ってところよね」
「ええ」
「じゃあどうして精霊術が通じるの? 精霊は魔法を嫌うはずよ」
「精霊は死にかけの人間を救うのが大好きでしょう?」
確かに、伝承やお伽話では、死にかけた主人公やヒロインを精霊が助ける場面がある。実際のところ魔術というものは攻撃的で、精霊術は浄化や治癒を得意とするから、あながち間違ってはいないのだろう。
「それに私、自分の肉体を操る意外に魔法が使えませんから」
「つまり――。精霊が大好きな死にかけで、かつ、これ以上魔法を行使できないから精霊術がバンバン通じる――と。でも魔法による肉体の維持と精霊術の治癒が混ざると掛け算的に効果が上がってしまうから却って危険――そういうことでいいかしら」
自己死霊術の少女は表情を変えずに頷いた。
仄かに笑っているようにも見えたが、あまりに微細な違いだったから確信は抱けない。でも、この少女もきっと自己死霊術などという奇妙な状態でなければ、もっと普通の感情豊かな女の子だったのかもしれないな、とは思えた。
それから実際に裸になってもらって、弱めの治癒術を施す。
肌にはいくつもの痛々しい痣と鋭利な刃物――もしかすると生まれたての血液を封じたガラスで付けた可能性もある傷跡が無数にあり、精霊術使いの少女は一瞬目を背けた。
そういう扱いを捕虜として受けたというなら、ある程度見慣れたものもある。ここ最近はそういう人を何度か助けているのだから。
しかしそれがもし、自己死霊術になるために自分を痛めつけるための自傷――いや、自害行動だとしたら。死なない程度に自分を痛めつけることがどれほどの苦痛を持ち精神を蝕むのか、想像もしたくない。
「あなた、どうして自分に死霊術なんて使ったの。普通じゃないわ」
「普通に生きていたら、死んでいたからですよ」
捕虜を何度も助けた。しかしその後の扱いというのは、軍部に引き渡されるだけ。先のことまでは知らされないし、親衛隊の地位を利用して想い人が探るなんてこともない。彼はこの町の治安以外に興味が無い。
捕まっていた日々の扱いに関しても、やはり軍部で聞き出す。まさか助けてすぐ『どんな仕打ちを受けましたか』なんて訊けるはずもないから、捕虜の扱いがどうなっていたのか、捕虜を脱して今後どうなるのか。精霊術使いの少女も、国家親衛隊の少年も、知らない。
尤も少年は親衛隊という立場上、知る権利を有しているし、軍部の上官は多大な戦力である彼の協力を仰いで港町の奪還作戦を計画していると聞く。
協力を得るためにも軍部自ら捕虜の酷い扱いを打ち明けて感情を煽ったほうが得策だというのが一般的な話なのだが、彼はこの町を守ることしか考えていない。国とか他所の町とか、そういうのはどうでもいい――なんて平気で口にする。
それでも成り行きで助けた捕虜にはしっかり付き合う。このことは彼が人間的な感情を完全には失っていない証拠ぐらいにはなっていた。
治癒術で回復した自己死霊術の少女は、体温を人間並みの下限のほうまで取り戻し、女医と女性検査官の執り行う検査を一つ一つ順調に通過していった。