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処女懐胎 なりそこない魔女の悪あがき  作者: 本山葵
町と死に人
14/25

死体検査と、偽りの体温

「――悪い人」


 部屋に連れられて二人きりになった瞬間、体温の低い少女は呟いた。

 監視役の衛生兵を綺麗に欺いた少年は表情を元に戻し、一息吐く。


「騙されるほうが悪い」

「生意気な少年が、さも可憐な女の子のように正反対の性格を演じているのですから、騙される気持ちは解ります」


 この部屋に衛生兵は入ってこなかった。生意気な少年は、ただ前髪を下ろして、部屋に入ってきただけ――。別に可憐なところなど見せてはいない。僅かな情報でなぜそこまで読み取れるのか。


「ボクには解せないな。町を守る重要な職務を差し置いて男の感覚で盲目になるのなら、そいつは町を守るどころか、こうして隙を与えミスを生み出す、最悪の穴だ」


 少女は少し考えた後、言われてみるとそうですね、とゆっくり頷いて同意した。


「女に化けてまで何をしに来たのか、訊かないのか」


 少し意外だ、という風に少年は言った。

 さすがにこの少女と言えど……、いや、鋭い洞察力を有するこの少女だからこそ、現状を把握して自分の置かれた窮状を察知すると考えていた。問題があれば殺される、と。


「――質問があるのは、あなたでしょう。私は嘘偽りなく答えますし、もし嘘だと思われて殺されたとしても、構いません」

「既に死んでいるからか?」


 少年は単刀直入に、相手の事情や感情など一々容赦していられるかと問う。


「厳密には死にかけです」


 そして少女も、特に怖じけたりすることなく、淡々と答えた。


「隠していることを全て吐け」


 しかし今度は、少年の言葉に、死にかけの少女がくすりと笑う。


「あなたと同じです。肉体を強化するために魔術を使いました。――そうですね。正確に言えば仮死状態へ追い込んだ体を死霊魔術で操っています。きっと、あなたとは方法が異なるでしょうが、結果は似たようなものですよ」


 よく見れば光の薄い、仄暗い瞳をしている。

 感情表現に乏しい印象があったが――。


「目的を言え」

「姉の名誉挽回」


 少年は一瞬、険しい表情を見せる。対して死にかけの少女はやはり、僅かだが嘲るように笑った。

 どこからその情報を得たのか――。


「……皮肉のつもりか?」

「今、少しだけ驚きましたね。あなたは冷酷、不躾、そして表情を最大限消すことで感情を偽っているだけ。――私たちは表向き似ているようで、実は真逆なんですよ」


 眉を顰めて黙る少年に、少女は言葉を突き付ける。


「あなたは死んだ姉の代わりに感情を偽ってでも生き、私は生きる姉のために仮死状態となって感情を表現できなくなった。――死にかけの人間が喜んだり、笑ったり。まして今さら痛がったり苦しんだりなんて、できるわけないじゃないですか」


 冷笑して語る少女。

 まるで生気を感じない表情は見目の良さと同時に得も言えぬ不気味さを併せ含んでいる。


「安心してください。肉体強化と言ってもあなたと同じ、頭のネジを何本か失っているだけです。所詮、女子供の筋力が元手では、あなたに大きく劣ります。訓練も実戦経験も積んでいません」


 警戒を高めつつ、少年は少女の仄暗い瞳を見る。 

 ――つまり、本気で殺そうとすればいつでも、ということか。

 仮に敵であれば、狂戦士(ベルセルク)の少年は昨日の夜に襲われたはずだ。

 一晩を経た今ならば多少は動けるが、泉で血を洗い流している頃は違った。彼女は少年が満足に動けないことを知っていて手を出さなかった。

 ――ボクを殺すことが最大の利益になることは、戦闘を観ていれば気付いたはず。


「全てを語らせるには、時間がかかりそうだな」


 死霊魔術が使える理由。

 姉とは。

 ――どちらにせよ、魔術は複数を同時に行使できない。

 精霊術は精霊の力を借りて精霊が行使する力であり、願いさえ叶えば精霊の数だけ行使できる。だが魔術は力の源泉すら不確かだ。

 当の魔女が魔術を使えるようになった切っ掛けである洗礼の儀式を覚えていないのだから、力の源などわかるはずもない。尤も、洗礼を執り行っていた魔女協会(ストラガル)ならば知っているのだろうが。

 何れにせよ人間が直接力を行使する以上、複数の力を使うことは難しい。散漫な脳で実行できるほど魔術は簡単なものではない。

 死霊魔術を自身に使っているというならば、彼女は常に魔術を行使していなければ本当に死んでしまうということになる。

 だが仮に、逆であった場合。

 彼女が魔女であり、健康な肉体を一時的に死人並の体温に変えていたとすれば、検査時だけ魔術を使い今は使っていないという可能性が残る。


「念のためだ。手を触らせろ」

「悪い人。また彼女が泣きますよ」

「――冷たいな」

「冷たいのは、あなたでしょう」


 ならば常に体温を確認し続ければいい。

 確実に他の魔術行使を防止でき、この状態なら逃がすこともなく何時でも殺せる。

 だが発言の真偽はともかく、昨日の夜に襲わなかったことや今の協力的な態度を見れば、敵である可能性は低く感じられる。――とすれば、残る問題は異常な洞察力。


「なるほど。頭のネジどころか、脳の制限機能(リミッター)を丸ごと失ったのか」


 言われた少女は、仄かに笑った。


「当たり前じゃないですか。死にかけの人間が、死にかけの脳で、自分の意思で動いているんですよ」


 体温を含めた生体機能が限りなく死人に近いところまで落ちているなら、脳の活動も相応に低下するはずだ。しかし彼女の異常な洞察力は活動の低下どころか、常人離れした異常な脳の過活動を裏付けているように感じられる。

 脳を魔術で、無理矢理に動かす。とはいえ死にかけのほとんど活動していない脳がベースにあるならば、制限機能(リミッター)も同じくほとんど活動していないのだろう。

 制限機能リミッターが存在する意義は正常機能の保全だが、死にかけの彼女にとって機能を保全することは、既に重要でないのかもしれない。死にかけの脳が死を拒み全力で回転しているとも考えられる。

 これらが事実ならば、思考を透視するような洞察力にも幾らか得心がいく。


 しかし肉体が壊れたところで他者への害はないが、脳が先に壊れた場合はどうなるのか。自分に対して魔術を行使するという意思はどうなる? 壊れかた(・・・・)によっては見境のない攻撃を実行し、破滅に繋がる可能性がある。

 ――それこそ、狂戦士(ベルセルク)のように。


「ボクは、ボクより壊れた人間を初めて見た」


 言うと死にかけの少女は冷たく微笑し、ありがとうございます、と答えた。

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