町人と、待ち人
夜が明けて朝を迎えると早速、親衛隊の少年と獣使いの少女は救い出した女達を馬車に乗せた。
町へ行けば彼女達は保護対象となり、恐らくは首都テルゲンへ移送されることとなるだろう。
捕虜となって受けた仕打ちは心身を侵食するように根を張り巡らせ、神国レルヴァの中で最も人間の行き来が盛んな首都と言えど、穢れ者として扱われ厳しい態度を向けられても不思議はない。神国は貿易が盛んな一方で他国との交流は少なく、特に首都は国の中央に存在するため保守的だ。港町とは世情も文化も異なる。
彼女達の未来はそう明るくない。
それでも捕虜であり続けるより。
最悪殺されてしまうよりは、ずっと良い。
――そう考えないと、やってられないんだよね。
狼を森に残し白毛の巨犬だけを連れて、獣使いの少女は馬車を操舵する。
暫くして、自然豊かな町カルデに到着した。
「難民か?」
町の入り口で衛兵に止められる。
「新興国の捕虜を助けた。女が十一人いる」
馬車から降りて、親衛隊の少年は淡々と答えた。
「身元は確かか?」
「知らん。直接訊け」
衛兵に対して無作法な物言いだが、彼の胸には精巧に紋章が刻まれたガラス細工がぶら下げられている。
件と斧と、城。
これを描かれたペンダントは国家に忠誠を誓った親衛隊にのみ与えられ、魔術契約の証であり、命が絶えるまで共に在り、輝きを保ち続ける。
身分証明の代用品としては必要以上な代物だ。
現に親衛隊の証を目にした衛兵は、
「失礼致しました!」
突然態度を変えて、敬礼した。次いで、一昨日配属されたばかりで――、と言い訳がましく口にする。
捕虜であった彼女達はこれから衛生検査を受けることとなる。隔離の意味も含めて、検査場までそのまま馬車での移動となった。
但し、馬車の周囲は衛兵が呼び寄せた兵が囲って、逃亡を見張る。
「視線が痛いね」
「いつものことだ。気にするな」
町を行く馬車に、町民は物理的な距離を置く。馬車が特段珍しいというわけではなく、それを操舵する人間が親衛隊の少年と獣使いの少女だからだ。
彼らが馬車で運んでくる人間は、決まって迫害を受けた難民。
それも衛生検査前。
捕虜から解放されても衛生検査の結果が出るまでは隔離施設内に閉じ込められることとなる。更に隔離施設からは首都までは、軍が占有した蒸気機関車の一車両に閉じ込められ、自由を与えられずに送られることとなる。
遠巻きに――監視するように――見送って隔離施設の中へ入ってしまえば、町人と難民はそこから二度と拘わらずに済む。
「ん、ご苦労だったね」
隔離施設に併設された衛生検査場の前に馬車を着けると、黒いシルクハットを頭に乗せた紳士が出迎えて言った。
「どこで聞きつけた」
紳士に対して親衛隊の少年が問い、あなたは首都にいるはずだ、と怪訝な表情で付け加える。
「この国のことなら、僕はなんでも知っているつもりさ。――夜行列車で急いで駆けつけたんだ。怖い顔をしないでくれたまえ」
「なんでも――――か。あなたが本当にただの人間なのか、疑わしいものだ」
少年は含みを持たした物言いに呆れた目つきで言い終える。
この町は首都と港町の中継地点だ。首都とはそう離れていない。夜行列車は夕刻発で、昨日の夕刻と言えば親衛隊の少年と獣使いの少女が捕虜を救い出した頃だ。
できすぎた話では偶然かどうかを怪しまれても仕方がないだろう。
紳士は獣使いの少女にも視線を向かわせ、目が合うと軽く会釈した。
同時に隔離施設内から五人の衛生兵が現れて、馬車から女達を下ろし、施設内へ誘導し始めた。そして彼らの中の一人が親衛隊の少年の横に立つと、ビシッと正確な角度で手を当てて敬礼し、告げる。
「失礼致します! 首都で戦時法の改正があり、捕虜を連れ帰った者も衛生検査並び隔離対象となりましたことをご報告致します!」
「…………なんだと」
親衛隊の少年は眉間に皺を寄せて反応すると、更に鋭い眼光を光らせて威嚇するように言い加える。
「ボク達を隔離して、再びこの町に侵攻があれば誰が食い止める?」
衛生兵は一瞬たじろんで、その――、と弱々しい声を放った後、もう一度姿勢を正して精神を持ち直した。
「森の外周に双眼望遠鏡を持たせた監視を張らせております! 我が国のレンズ加工精度を用いれば一日以上かかる遠方で結成された隊であっても、即座に発見することが可能であり――、その……発見さえすれば…………」
確かに神国レルヴァのガラス加工技術を以て作られたレンズは、戦場において他国に渡らぬようにするため『死ぬ前に割れ』と言われるほど高性能なものだ。
監視を張り巡らせているのであれば、全く気付かずに町中まで侵攻されるような間抜けな自体にはならないだろう。
「言い辛そうだな。ハッキリ言えばいい。ボク達を隔離しておきながら、敵軍を発見すれば即座にボク達を戦地へ送るんだろ。……都合良く扱われることには慣れている」
衛生兵に代わって言い切った少年の横で、獣使いの少女は苦笑した。
「はっ、はい! その、申し訳ありません」
何に対して謝っているんだか、と親衛隊の少年は呆れ、ふいと視線を外した。
馬車の荷台から続々と女達が下ろされ、衛生兵に連れられていく。六人、七人――、と親衛隊の少年はつい頭数を数えてしまう。
そして最後の十一人目に、昨晩髪を洗い流してくれた少女が連れられた。
獣使いの少女はその後ろ姿を眺め、
――同じ隔離施設の中に入れられると言っても、多分部屋も扱いも違う。ちょっと面白い子だったけど、ここでお別れかな。
と僅かな寂寞に触れながら感傷的な気分になる。
――昨日の私はバカだなあ。幼い女の子を相手にムキになって。ここに連れてくる時点で、もう二度と会わない関係だなんてこと、解りきってた筈なのに。
女達の誘導が終わると、衛生兵は二人に馬車の操舵席から降りるよう丁寧に促した。