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第三章 山賊の村3-2

簡易な準備を済ませ、王都の門をくぐり外へ出る。

空は澄み切っており、天気はいい。気温も暑すぎず寒すぎない。歩きやすい気候だ。

王都近くの整えられた街道を三人連れ立って歩く。


「エルバの村、というのはどんなところなんですか?」


アリシヤは尋ねる。

名前は知っているがどのような村かは知らない。

横に並んだタリスが腕を組む。


「そうだなぁ。特徴といった特徴もない普通の村、っていうのが適切かな」

「なるほど」


タリスの返事にアリシヤは頷く。

旅慣れたアリシヤは、そういった村を幾度も見ている。

作物・家畜を育て、日々を営む村。

穏やかな風景がアリシヤの頭に浮かぶ。


だが、アリシヤの中でどこか引っかかっているものがある。


「魔王軍の拠点が近くにあったという、あのエルバの村と同じ、ですか?」


アリシヤの問いにリベルタが目を見開く。


「よく知ってるなぁ、アリシヤさん。その通り、そのエルバだ」

「物語の中でしか読んだことがないのですが…今は—」

「ああ、今はタリスの言った通り、ごく普通の村だよ」


アリシヤはほっと胸をなでおろす。

愛読書『勇者伝説』では、魔王軍に搾取されるエルバ村のことが書かれていた。

今では復興を果たしているようだ。


「何回か行ったことがあるが…あそこはいい村だよ。穏やかで人も優しい」


そのはずだったのだが……


***


「お引き取りください」


三人は唖然として閉まる扉を眺めた。

 

***


二時間かけてたどり着いたエルバの村。

赤茶色の屋根で統一されたこじんまりとした家が並ぶ小さな村だ。

アリシヤは深く息を吸い込む。

空気がおいしい。


「いいところですね」

「だろ?さぁ、誰に話を聞こうかな」


リベルタがあたりを見渡す。

すると、集落の入り口近くに一人の女性が農作業をしていた。

長く伸ばした茶色い髪を一つにくくった、二十代くらいの女性だ。


「こんにちは」


リベルタが声をかけると、女性は顔を上げ、目を見開く。

それもそのはず。白い髪に蒼い目だ。一目で勇者と分かる。

口を開いた女性に、リベルタは苦笑ながら話しかける。


「はじめまして。勇者のリベルタなんだが、少しこの村で聞きたいことがあって。村長さんはどちらに?」

「あ、案内いたします…!」


裏返りそうな声で彼女は答え、畑から出てくる。

すかさずタリスが彼女の横に並ぶ。


「美しいご婦人、出会えて光栄です。私、タリスと言います。あなたのお名前は?」


安定のタリスである。彼女は戸惑いながら答える。


「ぺルラ、です」

「貴方にふさわしい美しいお名前だ」


ふむ、なるほど。誰にでもそういうのか。

アリシヤの目はじっとりと湿り気を帯びる。

その目線に気づいたのか、タリスが一つ咳ばらいをし、アリシヤに手を向ける。


「ペルラさん、こちら私たちの仲間の」

「アリシヤです。よろしくお願いします」


彼女の目が見開かれる。が、先ほどとは少し違う。

どこか怯えたような目だ。

仕方ない。赤い見た目だ。

いちいち気にしていてはキリがない。

アリシヤは気づかないふりをして、軽く頭を下げた。


***


「こちらです」


ペルラに案内されてやってきたのは村の中心にある、一回り大きな家。

入口までは三段ほどの階段があり、リベルタが先頭を行き、アリシヤとタリスはその後ろで控える。


リベルタがドアをノックした。

出てきたのは初老の男性。

長い髭の身なりを整えたジェントルマンだ。

彼はグレーの瞳でリベルタを一瞥すると、さっと身をひるがえし、部屋に戻る。


「お引き取りください」


そういって扉を閉めた。

唖然とする三人にぺルラが申し訳なさそうに俯く。


「ごめんなさい…祖父が」

「おや、村長さんはペルラさんのおじい様なんですか?」

「はい」


タリスの問いに答えるペルラと先ほどの老人に似たところはない。

ただ、印象的だったグレーの瞳が同じだ。


「勇者様。わざわざこんな村まで来ていただいたのに誠に申し訳ありません」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」


快活に笑ったリベルタに彼女はほっと息をついた。

目じりの下がった優し気な印象を受ける女性だ。


「あの、よろしければお茶だけでも」

「ありがたい、そうさせてもらおう」


***

 

村の教会近くにある小さな家に案内される。

中に入ると木製の机と四脚の椅子がある。

促されるまま、席に着く。


「どうぞ」


ぺルラが台所からカップを三つ持ってきてくれる。

暖かい紅茶だ。香りがいい。


「ありがとうございます」


礼を言い、カップに口をつけようとしたところでアリシヤは視線に気づく。

見ると階段の陰から小さな少女がこちらを見ている。


「アクマがいる…」


その子はそういった。

そうしてアリシヤと目が合うと体をびくりと震わす。


「こら!ピノ!」


ペルラの声も聞かず、少女は走って外へ出て行ってしまった。

ペルラは気まずそうにアリシヤに視線を送る。


「すいません…うちの子が」

「大丈夫です。慣れています」


アリシヤはそのままのことを口にする。


よくあることだ。

ひそひそとこそこそと嫌がらせをしてくる大人と違って、子供は素直にものを言う。

悪魔だとか魔王だとか。騒ぎ立てることもある。

目立つと困るというのに。

アリシヤはそういった点でも子供が苦手だった。

あの子もこの後、村で騒ぎ立てるのだろうか。なら困る。


少女が走っていった方を見つつ、タリスはペルラに尋ねる。


「あの子はペルラさんのお子様で?」

「ええ、そうです。ピノ…あの子、中々大人しくしてくれなくて」


ペルラはため息をつく。


「ああやって、いつも外に行って泥だらけで帰ってくるんです」

「あはは、元気なのはいい事だ」


リベルタはそう笑うが、ピノは思案顔だ。

リベルタが姿勢を正す。


「何か、心配事でも?」

「うちは、旦那が早くに亡くなって、母ももういないのでピノにかまってあげられる時間がなくて」

「…失礼ですがお父上は」


リベルタの言葉にアリシヤはハッとする。

ルーチェと二人暮らし、両親の存在を知らないアリシヤにとって、ペルラが言わなかった父という存在に思いが至らなかった。


「父は…消えました」

「え」


アリシヤは思わず声を上げる。ぺルラは、そんなアリシヤを見て切なげに笑う。


「ある日、行ってきますって言ってそのままどこかへ行ってしまったの」


まだ若いだろうぺルラの茶色い髪はところどころ白髪が混じっている。

先ほどの村長の様子を見ると祖父との仲はあまりよくないのかもしれない。

一人で頼るものもなく子供を育てていれば不安にもなるだろう。


ペルラは少し俯き、口を開きかけた。

だが、きゅっと唇を結ぶと笑顔を浮かべた。


「…ごめんなさい、お客様に。今は大丈夫よ」

 

その笑顔はどこか疲れているように見えた。


***


「何かあるな」

「何かありますね」


ペルラの家を後にしたリベルタとタリスが口をそろえていった。

アリシヤもそう思う。

村長の態度。ペルラの疲れた表情。


「よし、ピノちゃんを探そう」


リベルタが言う。

『エーヌが出た』と書いた手紙のことを探りに来たのに、まだそれに触れもできていない。

ピノに会えば、その友達を伝って行商人に手紙を渡した子供が誰かわかるかもしれない。


「手分けして、最終あの教会、集合。俺は東と北、タリスは西、アリシヤさんは南の方で。何かあったらすぐ逃げること。いいな?」


リベルタのざっぱくな指示のもと捜索に入る。

と言っても小さな村だ。

一周回ってもそんなに時間はかからないだろう。


南は村の入り口がある方面だ。

アリシヤはあたりを見渡しながら歩く。

農作業をしている村人がこちらをうかがっているのがわかる。

リベルタやタリスと一緒にいるといいのだが、やはり単独では警戒される。

アリシヤはフードをかぶる。


路地や家々の隙間を覗いてみたがピノの姿はない。

薄暗い家の陰でアリシヤはふっと息を吐く。


集合場所に戻ろうと、踵を返したその時、後ろからどんっと衝撃が走る。

何かがぶつかってきたような衝撃。

何とか足を踏ん張り踏みとどまったが続いてまた何かがぶつかってきた。

アリシヤは耐え切れずに押しつぶされるように地面に伏す。

背中に何か載っている。重い。


と、目の前に子供が現れる。ピノだ。


「アクマ、つかまえた!」


どうやら背中に乗っているのは子供達らしい。

強引に振りほどき、剣を構えてもよかったのだろう。

だが、流石にそうはしなかった。

この子供たちからは殺意を感じられない。


ピノの指示によって子供たちはアリシヤの手に縄をかけたが、かけかたが下手で今にでもほどけそうだ。子供の数を数えると五人。

その五人でアリシヤを運ぼうとするものだからさすがに無理だ。

ピノが泣きそうな顔をしている。


「…あの、自分で歩きますよ」


ため息をつきアリシヤがそういうと、ピノの顔に元気が戻る。


「ふふ、じゃあ、ついてきてもらおうじゃないか!私たちのキチに!」

閲覧いただきありがとうございます。

次回は「ピノの目的」です。よろしくお願いします。


ツイッター(@harima0049)にて更新情報などを呟いております。よろしければどうぞ。

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