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第三章 山賊の村3-1

ハイネックのシャツに、シンプルなズボン。

リベルタに言われた通り動きやすい服装だ。

腰には護身用の剣。

肩から掛けたかばんにはその他もろもろの必要なものを入れた。

忘れ物はないはずだ。


「アリシヤちゃん、そんな緊張しなくていいよ」


タリスの言葉にアリシヤは頷くがその表情は硬い。

なんせ、今日は城仕え初めての日だからだ。

アリシヤはリベルタからの申し出を受け、セレーノと相談し、城仕えを決めた。

玄関に立つ、アリシヤとタリスを見送りにセレーノが台所から出てくる。


「アリシヤちゃん、吸ってー吐いてー」

「え、あ、はい」


アリシヤは言われたとおりに深呼吸する。セレーノがにこりと笑う。


「そう、いい子。大丈夫だよ」


そういえば、タリスにもこうやって深呼吸を促されたことがあった。

この姉弟のおまじないのようなものかもしれない。

幾分か肩の力も抜けたアリシヤの顔には自然と微笑みが浮かぶ。


「ありがとうございます」

「うん、それじゃあ行ってらっしゃい」


***


「すごい」


城の正面。大きな跳ね橋の前でアリシヤは素直な感想を漏らした。

家から徒歩一五分。

大きな城壁に囲まれた城。ここが王都の中心、そしてこの国の中心地である。


青と白を基調にした荘厳な建物が、石の壁に囲まれている。

出入口は一つ。

大きな跳ね橋の掛った、この門だけである。


門には兵が一人いる。


「おはよう」


タリスが気安く声をかける。知り合いなのだろう。

だが、相手はこちらをうかがっている。


「タリスさん、その隣の人は…」


気まずい。

アリシヤは思わずフードに手を伸ばしかけたが、その手を止める。

リベルタに正式に雇われて城に入るのだ。堂々としなければならない。


「今日から、勇者様に仕えさせていただくアリシヤと言います。よろしくお願いします」


アリシヤは深々と頭を下げる。すると、その背をどんっと叩かれる。


「顔上げろ、アリシヤ!よろしくな!」


予想外の反応に驚いて顔を上げると彼はニコニコと笑っている。


「ああ、俺、門兵のラーゴってんだ。この前の祭り、見てたぜ!いい腕前だったからどこの子か気になってたんだが、そっか、勇者様付の子かぁ!」


あっけらかんとしたラーゴの態度にアリシヤはきょとんとしてしまう。

てっきり、赤髪から警戒されてるものだとばかり思っていた。


「どうした?鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」

「いえ。この見た目でこういう風に話しかけていただくことは珍しいので」


そういうとラーゴは納得したような顔をする。


「なるほどなぁ。まあ、俺なんかそんな気にしないほうだが、教会派の奴らは気にするかもな」

「教会派?」


アリシヤが尋ねると後ろからタリスが答える。


「そう。この城には二つの派閥が存在している。勇者様の上司であるアウトリタ様に付く王族派、それから教会の一番お偉いさんヴィータ様につく教会派」


それに続いてラーゴが言う。


「そうそう。教会派は勇者伝説を強く擁護するから、赤の見た目のあんたは目の敵にされるかもしれない」

「なるほど」


頷いたアリシヤの肩に手がかかる。驚いて見上げると、タリスがにっこりとほほ笑む。


「大丈夫、俺が守るからね」


キラキラオーラを浴びながらアリシヤは目を細める。

と、ラーゴが眉をしかめてるのが目に入る。


「タリスさん、その子、まだ子供じゃないですか。犯罪に走るのはどうかと」

「アリシヤちゃんは立派なレディだよ。大丈夫」

「アリシヤー、この人、すごい女性遍歴だから気を付けなー。なんかあったら頼っていいぞー」


ありがとうございます、とラーゴに頭を下げる。

タリスが不平を漏らしてはいるものの二人で門を後にする。


門をくぐると、左右に大きな塔が現れる。

この塔は見張りのための塔だ。

その先には大きな庭が広がっている。


そして、見えてくるのは大きな三つの建造物。

青と白を基調とした立派な建物だ。

長方形の建物が東西に二つ。

その二つの建物の間の北側に建物が一つ。

三つの建物を合わせると「凹」の形を百八十度回転させたような形だ。


前方に広がった美しい庭に目を奪われていると、見慣れた白髪が姿を現す。


「おはようございます、勇者様」

「おはよう、タリス、アリシヤさん」


タリスもリベルタに頭を下げる。


「さて、じゃあ行こうか」


アリシヤは頷き、後に続いた。


***


城の西に位置する棟の大きな一室。図書室。

この国の創世記から学術書が壁一面に広がる。


その部屋の端に位置する日当たりの悪い一角。

古ぼけた本の並ぶ本棚に囲まれたテーブルにアリシヤは案内される。

アリシヤとタリスを椅子に座らせ、リベルタがしたり顔で告げる。


「ようこそ、アリシヤさん。ここが我ら王家直属特別班の基地だ」

「基地…!かっこいい」


アリシヤは目を輝かす。

王家直属特別班、というのも良い。

なんだか正義のヒーローのようだ。


「いやいや、アリシヤちゃん。騙されちゃだめだよ」

「タリスさん?」

「ここ、正式な場所じゃないから。勇者様が勝手に基地って言ってるだけのただの図書室だから」

「え?そうなんですか?」


思わずリベルタの方を見る。

リベルタは堂々としたまま、「まあ、そうだな」と答える。


「あと王家直属特別班とか名前つけてるけど、基本は雑用だからね」

「え!?」

「タリスー、他に言い方があるだろ。まあ、間違っちゃいないんだけどなぁ」


勇者を雑用に使う。この国の人事はどうなっているのだ。

アリシヤは困惑する。それを見て取ってか、タリスが苦笑する。


「勇者様、軍の指揮官の誘いとか全部断ってるんだよ」

「堅苦しい立場嫌だしなぁ。雑用ポジションなら楽に動けていいだろ?」


リベルタらしいと言えばリベルタらしいのかもしれない。


「それに、雑用だからこそ柔軟に動ける。さて、アリシヤさん」


リベルタが背筋を正す。緩んでいた空気が引き締まるのがわかる。

アリシヤもつられて背筋を伸ばす。


「俺たち王家直属特別班は、今はエーヌに関する情報や噂を集めるのを主な仕事としている」

「え」


アリシヤは声を漏らす。雑用と聞いていたところからの、重大な仕事。アリシヤは息を呑む。


「ただ、不確かな情報も多い。半分以上は空振りだったりする」


なるほど。だから、身軽な立場のリベルタたちが、動くのだろう。

きっと軍の指揮官となると空振りするかもしれない情報に人を割いてはいられない。

アリシヤははっと思いいたる。


「じゃあ、セストに来ていたのも」

「そう。エーヌの情報があったから。あれは珍しく本物の情報だった。ただ、逃してしまったけどな」


アリシヤが初めてリベルタとタリスと出会ったセスト。

あの時も二人はエーヌの情報を追ってやってきていたのだ。


「と、言うことで、今回は—」


リベルタが声を上げたところで、本棚の向こうから咳払いが聞こえる。

呆れたようなため息とともに一人の少女が姿を現す。


「煩いと思ったら、あなた達でしたか」


頭の上で二つにくくられた美しい金の髪。猫を思わせるような青い目。美しい少女だ。

アリシヤはその美貌に息を呑む。


「図書館ではお静かに。何度も言いましたよね」

「悪いな、ロセさん。新しい子入ったから嬉しくて。あ、紹介するな」


リベルタは右手を開き、彼女に向ける。


「彼女はロセ。この図書室を管理している。分からないことがあったら彼女に聞くといい。物知りで頼りになるぞ」

「…神経質だけどな」


リベルタの言葉に付け足すようにぼそりとタリスが呟く。

それを耳にしたロセの目がタリスをキッと睨む。

リベルタは苦笑し、今度は手をアリシヤに向ける。


「で、ロセさん。こっちは—」

「ええ、聞いています。なんでも勇者様が赤い悪魔を拾ってきたとか」


ロセの冷たい視線がアリシヤに向く。

その強いまなざしに射貫かれるようにアリシヤは固まってしまう。


「本当に、何を考えているのやら」


そういってロセは踵を返すと、どこかへ行ってしまった。


「相も変わらず愛想のない女だな」


タリスが舌打ちでもしそうな勢いで吐き捨てる。

アリシヤはそれをぽかんと見つめる。

目線に気づいたタリスがいつもの王子スマイルで微笑む。


「どうしたのかな?アリシヤちゃん?」

「とても美人な方だったのに」


タリスの範囲外だとでもいうのか。

いつもは女性なら誰でもかというくらい、王子対応を見せるタリスである。


「タリスは小さい女の子が好きなんだ」


リベルタの深刻そうな声にアリシヤは思わず振り返る。


「え!?そうなんですか!?」

「違う!勇者様!変な嘘つかないでください!」

「あははーでも小さい女の子も好きだろー?」

「範囲内ではありますが!」


犯罪だ!思わず口をついて叫びそうになったところで、アリシヤは言葉を飲み込む。

じっとりした目でこちらを睨む目が見える。ロセだ。


うん、確かに騒がしい。


二人もロセの目線に気づいたようだ。皆でしゅんと静かになる。


「と、言うことで本題に戻ろう」


リベルタが声を潜めて言いながら、懐から一枚の紙を取り出す。

開かれた紙にはつたない字で『エーヌが出た』と書かれていた。


「これは?」


タリスが問う。


「今日、行商人の知り合いから預かったんだ。なんでもエルバの町で子供に渡されたらしい」

「へえ」


タリスの反応は薄い。その目がリベルタをじろりと睨む。


「まさか、これを確かめに行くとか言いませんよね?」

「え?行くぞ?」

「子供のいたずらって可能性が八割だと思いますが。なあ、アリシヤちゃん」


アリシヤは紙から顔を上げる。そして、眉間にしわを寄せ応える。


「そうですね。いたずらならまだしも、罠、という可能性も考えられますよね」

「罠?」


アリシヤは頷く。今まで生きてきた中で子供というのは関わるとろくなことがないことが多い。

同情を誘い金品を奪っていくもの。

賊と徒党を組み、命を脅かすもの、その他もろもろ。


「そういうことを考えると、訪れるなら注意した方が—」


アリシヤがふと前を見ると、タリスとリベルタが目元を覆っている。


「え?なんですか?」

「いや、アリシヤさんが今までどれほど過酷な生き方をしてきたかと思うと…なあ、タリス」

「はい…アリシヤちゃん。純粋で可愛い子もいるよ。大丈夫、君の前にきっとそんな子が現れる日が来るよ」


はあ、とアリシヤは間の抜けた返事をする。

そうか、世間一般では子供は可愛くて純粋なものなのか。

アリシヤは己の中のずれに改めて気づく。


まあ、でも。とリベルタが言う。


「確かにその可能性もある。これを書いたのが子供かどうかってところから疑うべきだろう」

「その行商人は信用できるんですか?」


タリスの問いにリベルタが答える。


「それは大丈夫だ。何年も付き合ってる人だから」

 

そういいながら、リベルタは再び懐から一枚の紙を出す。今度は地図だ。


「王都が今ここ。で、エルバがここ。ざっと歩いて二時間」

「まさか…」


タリスが顔を引きつらせる。


「そのまさか!じゃあ、今から歩いていくか!」


タリスは言う。

リベルタはこうやって急に予定を決める。

人を困らせるのを楽しんでるのではないかと疑うくらいだ、と。

閲覧いただきありがとうございます。

次回「エルバの村を訪れる。そして拒絶される」です。よろしくお願いします。


ツイッターで(https://twitter.com/harima0049)更新情報などを呟いております。

よろしければどうぞ。

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