第二章 慰霊祭2-3
「私が出します」
「そうはいかない。女の子に払わせないのが僕のポリシーなんだ」
くっ、とアリシヤは眉間にしわを寄せる。
今日の祭りでアリシヤは一銭もお金を払わせてもらっていない。
給料をもらったのだから自分で払うというのだが、タリスが払わせてくれない。
タリスから手渡された氷菓子をアリシヤは不服の表情で頬張る。
だが、たちまちのうちに顔が緩んでしまう。
「美味しい?」
タリスに言われてハッとする。美味しいものを食べると自然と表情が緩んでしまうのである。
むぅ、と頬を膨らませながらもアリシヤはおいしいと答える。
ふと、顔を上げると、リベルタと目が合う。
蒼い瞳がまっすぐこちらを見ているものだからドキリとする。
「勇者様?」
「ん、ああ。強いな、アリシヤちゃんは」
意味しているところは分からない。
けど、おそらくルーチェが亡くなって間もないのに、と言うことだろう。
アリシヤはまっすぐにリベルタを見据え、答える。
「強いふりをしているだけです」
「それがすごいんだよ」
どこか辛そうな笑顔。
ああ、そうだ。この人は本当にあの『勇者伝説』の本に出てきた人なんだ。
たくさんの出会いとそして別れを経験した勇者。
「頼りにしていいからな」
頭をわしっと撫でられる。力強い手だ。
本の中で見て憧れていた英雄にこうしてもらえるなんて。
照れと感動で言葉が出ず、俯いてしまう。
顔が火照っている気がする。
「広場の方騒がしいですね。行きましょうか」
タリスの声に顔を上げる。少し不服そうな顔。
「タリスさん?」
「ほんっと勇者様っていいとこ取っていきますよねっ!」
「え?俺?」
「知ってたー!無自覚だからモテるんですよね!天然怖い!」
一通り叫んだあと、タリスがアリシヤを見つめる。
「僕のことも頼りにしてね、アリシヤちゃん!」
そう一言いうと、広場の方へ先立って歩きだす。リベルタとアリシヤは顔を合わせる。
「タリスっていい奴だな」
「はい、本当にそう思います」
二人で笑った後、タリスの背を追いかける。
***
広場に出ると、なんだか暑苦しい。
いや、外気温のせいもあるのだが集まっているメンツが何とも濃い。
屈強な男達ばかりだ。
「ああ、武闘会か」
リベルタが嬉しそうに呟く。
「ブトウカイ?踊るんですか?」
「そっちじゃなくて、戦いの方だよ。あんまり野蛮なのは好きじゃないんだけどね」
そういいながらも、タリスは携えている剣に手をかけている。
「タリスが出るなら俺も出ようかなー」
「いいですね。今度こそ本気出してくださいよ」
「わかった!賞金もかかってるしな」
嬉しそうに会話をする二人は、アリシヤを引き連れながら受付に向かった。
だが、二人を見た瞬間、受付係が顔を青ざめさせる。
「え?大会壊す気ですか?」
「参加するだけだって」
「いえいえいえいえ、勇者様!あなたが出場されたら皆恐れ多くて辞退しますから!」
周りでエントリー待ちをしている男達もうんうんと頷く。
まあ、そうだろう。
「同じ理由でタリス様も駄目です」
「お願いしますよ、何とか」
「何ともなりませんから。ところで」
受付係の目がアリシヤに向く。
「そちらの赤毛の方、参加されますか?」
「いえ、私は—」
アリシヤが断ろうとした時、あたりから声がする。
「なんだ、赤い髪の人間は火を吐くんじゃないのか?」
「弱いのか?」
「何のために勇者様やタリス様とともに?」
「オルキデアにいる化物だろ」
「ああ、化物だから剣は使えないのか」
聞こえるか聞こえないかくらいの声がアリシヤに届く。
普段ならこんな声無視する。
だが、隣にいるタリスが反応した。
隠しきれない殺気にアリシヤはびくりとする。
「お前らまとめてこの場でブチ殺してやろうか…」
低く押し殺した声に、タリスに似つかわしくない物騒な言葉。
殺気立つタリスに、アリシヤは覚悟を決める。
「出ます」
「え?」
その場にいた皆が声をそろえた。
「このアリシヤ、火も吹けませんし、化物でもありません。ですが、剣のたしなみは少々あります。エントリーさせてください」
自分への侮辱はせめて自分で処理しよう。
アリシヤは受付から竹刀を受け取る。
なるほど、これで怪我をしないようにするのか。
重さ持ち心地、十分だ。
そして改めてタリスを見る。
「タリスさん、ありがとうございます」
「アリシヤちゃん、無理しないで。僕が—」
「大丈夫です。なので、見守ってください」
早速、名前を呼ばれたアリシヤは壇上に上がる。
相手の男はいかにも屈強という言葉の似合ういかつい男だ。
にやついた顔でアリシヤを見下ろす。
「細っこい悪魔だな」
「ただの人間です。では、よろしくお願いします」
アリシヤの差し出した手を握ろうともせず、男は突然攻撃を仕掛けてきた。
アリシヤはそれを回避する。相手の動きが見える。
一発の攻撃の重みはあるが、動きが鈍い。
何より、今まで戦ってきたのは、盗賊や山賊といった本気で命を奪いに来る相手。
明らかに何かが違う。
男の斬撃を数回避けた。
見切った。左の守りが甘い。
アリシヤは素早く左側に回り込み、一歩踏み込んだ。
アリシヤの竹刀が男の頭に見事に命中した。
***
「おお、結構な額が入っています。これでセレーノさんにたくさんお土産が買えますね」
優勝賞金を手にアリシヤはほくほくとしていた。
「つ、強い…ゴメン、アリシヤちゃん。舐めてました」
「大したものだなぁ」
タリスは目を白黒させ、リベルタは快活に笑った。
結局アリシヤは五戦あった戦いをすべて勝ち抜いてしまった。
はじめの方は赤い少女に恐れと侮蔑を抱いていた観客も、まだ幼いアリシヤが次々と屈強な男を倒していくのに痛快さを覚えたのか、決勝戦では前年のチャンピオンよりアリシヤを応援する声の方が多くなっていた。
「それにしても、良い腕だ。誰に教わったんだ?」
リベルタが興味深そうに尋ねる。
アリシヤは少しの胸の痛みを覚えながらも笑顔で答える。
「ルーチェです」
「あのレベルになるまで教えられるってことは…相当な実力者だったんだな」
リベルタの言葉にアリシヤは頷く。
アリシヤの目が確かなら、ルーチェはタリスよりも強い。
リベルタと同等くらいか。さすがにそれは贔屓目かもしれないが。
だが、アリシヤはルーチェが負ける姿を見たことがなかった。
ルーチェが死んだ、あの時までは—
「勇者様。今まで出会った中で勇者様と同じくらい、または勇者様より強い人はいましたか?」
アリシヤは尋ねる。リベルタは口元に手をやって考える。
こうするのが考える時の癖のようだ。
「そうだな。二人いる。まず一人目は魔王だな」
アリシヤは、ああと声を上げる。本の中でも、魔王とリベルタの戦いは死闘だった称されていた。
「そして二人目は…」
そういって、リベルタは空を見る。
つられて顔を上げると、早くも日は沈み夕暮れ時になっている。
「よし、じゃあそろそろ行くか」
話を切り上げて、リベルタは城の方に歩き出す。
「タリス、アリシヤちゃん。今から行くところは秘密だぞ?」
そういって、リベルタは口の前で人差し指を立てた。
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