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第十三章 終焉13-6


慰霊祭の日がやってきた。


住民は皆、退去した。

残ったのは兵と少しの臣下のみ。

空になった町を、フィアは城の窓から見つめる。


「失礼します」


アウトリタがいつも通り恭しく入ってくる。

それが彼だ。

どんな状況であってもぶれない。


物語を終わらせるために、彼は身を粉にしてきた。

どれほど自分の幸せを犠牲にしてきたか、フィアはそれを間近で見てきた。


「ねえ、アウトリタ」


空っぽの街を眺めフィアは呟く。


「私たちはもう引き返せないわ」

「何をいまさら」


アウトリタが答える。


「だから、あえて言うわ。私は後悔している。ディニタのこと、エレフセリアのこと…そしてレジーナのこと」

 

フィアは静かに目を閉じる。

二人の夢を語り合った笑顔が、優しかった姉の姿が浮かぶ。


「他の道も選べたはずだった。彼らがあんなに追い詰められる必要はなかった」

「お言葉ですが―」

「貴方は強い」


フィアはアウトリタの言葉を遮る。


「目的に向かって突き進んでいく。だけど、本当の目的を忘れないで」


フィアは振り返った。

アウトリタの眉間に深いしわが刻まれている。それを見て、フィアはふっと笑う。


「私たちは物語を終わらせるためにこうしているわけじゃない。その先の未来を創るためにここにいる」


アウトリタが、微かに目を見開いた。


「何もかも切り捨てると終わらせることはできる。でも始めることはできないよ。アウトリタ」

「…ディニタのようなことを言いますね」

「受け売りだからね」


フィアは笑った。

アウトリタが一瞬俯く。

そして、顔を上げた。


「私は家族を殺された。家族を殺したこの物語を一刻も早く終わらせたかった。だから、この道が間違いだったとは思わない」

「ええ」


フィアは頷く。


「だけど…死んでほしくはなかった」


アウトリタが唇を噛んだ。


「エレフセリアも、ディニタも死んでほしくはなかった」

「ええ」

「平気で見ていたわけではありません」


フィアは、いつものようにまっすぐな茶色の目で自身を見つめるアウトリタに微笑む。


「ありがとう。アウトリタ。それだけ聞きたかったの」


そして、ふっと思いついて口に出す。


「大好きよ。アウトリタ」

「な…」


その茶色の瞳にわずかだが動揺が走る。

それが面白くて、フィアは小さく笑った。

アウトリタはかすかに俯く。


「どうしたんですか。貴方らしくもない」

「ふふ、可愛い姪っ子に影響されたの」


アウトリタは目を見開く。


「アリシヤですか?どこで会ったのです」

「内緒」

「貴女という人は…」


アウトリタは頭を抱える。フィアはくすくすと笑った。

そしてアウトリタを見つめる。


「ねえ、アウトリタ。これからも傍にいてね」

「ええ。わがままなお嬢様の相手は、私しか務まらないでしょう?」


アウトリタが笑った。

それは何年かぶりに見る笑顔だった。


フィアは微笑むと、窓を見下ろした。


「では、行きましょうか」

「ええ」

「私たちの物語を終わらせるために。そして新たな未来を築くために」


***


早朝、城の門の前に立つ。

アリシヤ、タリス。


イリオス。ロセ、ラナンキュラス、クレデンテは近隣の街に避難してもらった。

ルーチェはそのお供だ。


「おはよう」


リベルタがいつも通りやってくる。

大きな戦いの前とは思えないくらい緊張がない。

数々の死線を潜り抜けてきたのだろう。

役割と言え、やはり彼は勇者なのかもしれない。


アリシヤは、素直にそう思った。


「逃げなかったのか」

「ええ」


アリシヤは短く返す。リベルタがふっと笑った。


「行こうか。タリス。アリシヤさん」


***


アリシヤは位置についた。

フィアの隣だ。


「アリシヤ、貴女の仕事は私を守ること。そして」

「エーヌの民の長を殺すこと」

「そう。よろしくね」


フィアの言葉にアリシヤは頭を下げた。


玉座の間。


その扉の前にリベルタとタリスは控えている。

そして玉座の間にはアリシヤとアウトリタのみがいた。

アリシヤはこの場でエーヌの民の長を殺して大英雄となる。


後の兵は、城の外を守っている。

または、避難した住民を守るために近隣村へ行っていた。

近隣の村が襲われる可能性も危惧された。


だが、女王であるフィアは確信を持っていった。

エーヌの民はきっと王家を恨んでいる。

だからここに来るはずだと。


慰霊祭の始まりを告げる鐘が鳴る。

観客のいない慰霊祭が始まった。

 

明け方にはすでに、王都の周りを取り囲んでいたエーヌの民。

鐘の音を合図に、城を目掛けて勢いよく進行してきた。


住民はもぬけの殻だと言うことを知っていたのだろう。

いつもは虐殺を繰り返すエーヌだが、民家には見向きもしないで、城に向かってくる。

あっという間に、広場は赤い面によって染め上げられる。


「行きましょうか」


窓を覗き、フィアは告げた。


城のバルコニーに顔を出すフィア。

エーヌの民がそれを見上げる。矢を引く者もいた。

だが、それは短い一言で止められる。


「やめなさい」


先頭の赤い面をかぶった女が発した言葉だった。

静かな声が全てを止める。

女は面を外し、城を見上げる。

フィアと同じ、碧い目と金の髪を持つ、アリシヤの母親。


フィアが一瞬息を呑んだのがアリシヤにはわかった。

だが、それは一瞬の事だった。

彼女は女王にふさわしい凛々しい声で告げた。


「恨むなら私を恨みなさい。国民でなくこの私を!」


フィアは踵を返した。そして城内に戻る。


「せめて私を恨んでください。お姉さま」


フィアのつぶやきは玉座の間に響いて消えた。


城が戦場と化す。


なだれ込んだ、エーヌの軍勢。

アリシヤは玉座の間で、ただその時を待つ。

それは辛いことだった。


悲鳴が、戦いの音が聞こえてくる。

その音は扉の前まで来た。

玉座の間までたどり着いたものはそう多くなかった。


アリシヤとアウトリタは、フィアを前に、エーヌの民を倒していく。


そして、彼女が現れる。


「レジーナ」


フィアが呟いた。

現れたレジーナは返り血を浴び、不気味な微笑を浮かべていた。


「やっと、ここまで来た」


レジーナはそうつぶやくと、素早く剣を振りぬいた。


「お前はそちらに集中しろ。周りは私が何とかする」


アウトリタの言葉にアリシヤは頷き、レジーナの前に立った。


「アリシヤ。どいてちょうだい。貴方を殺したくはないわ」

「引けません」


アリシヤは剣の切っ先をレジーナに向けた。


「私はこの物語に終わりを告げるもの。私は終焉の紡ぎ手です」


レジーナは一瞬目を見開いた。

だが、その口元に微笑が戻る。


「なら仕方ないわね」


レジーナが構える。


「戦いましょう?」


手に衝撃が来る。レジーナの一太刀をアリシヤは受け止め、払う。

それは、重い一撃だった。

だが、アリシヤはひるまない。

レジーナの胸元にまっすぐ剣を向ける。

レジーナはそれをいなす。迷いはなかった。


実力は互角。長引く戦い。

アリシヤは身を翻し、その剣を避ける。

身を低くし、レジーナの至近距離に潜り込む。

立ち上がり剣を振り切る。

レジーナの剣がそれを受け止める。

互いの剣が、音を立てて鎬を削る。

これ以上は支えられない。

アリシヤは、剣をはじき後ろに下がった。


レジーナは荒い息を吐きながら、アリシヤに問う。


「ねえ、アリシヤ。どうして?」

「何がですか?」

「貴方には真実を教えたはずよ。貴方だって役割だと」


互いに様子を見ながら、円を描くようにゆっくりゆっくり足を進める。


「私を殺せば貴方はもう戻れないわ。皆から大英雄と称えられるでしょうね。そして、殺される」

「…」

「私、そんなの嫌だわ」


アリシヤは目を見開いた。


「嫌…?」

「嫌よ。自分の大切な子が、殺されるなんて見たくはないわ」


レジーナは笑って言った。


そうか。そうなんだ。この人にとって自分は子供なのだ。

ただそれだけの存在で、彼女なりに愛情を向けてくれているのだ。


今更ながらにそれに気づいた。

だからこそ。

アリシヤは心に決める。


「私も嫌です」

「なにが?」

「貴方にこれ以上多くの命を奪わせたくない」


レジーナの息がふっと乱れた。


「だから―」


アリシヤは踏み込み、レジーナの懐に飛び込む。

レジーナの守りが遅れた。今なら―


真っ赤な血が飛んだ。


「え」


アリシヤは声を上げた。

自分はレジーナの腕を狙った。そして、剣はレジーナの肩を切り裂いた。

だが、レジーナの胸に突き刺さる剣があった。

それは己の後ろから差し出されている。

アリシヤは振り返る。


「フィア…女王?」

「ごめんなさいね。アリシヤ」


真っ白なドレスが返り血に濡れていた。

フィアは、剣を抜くと地面に倒れたレジーナに寄り添う。

アリシヤはレジーナを見つめて口元を押さえる。心臓は貫かれてはいない。

だが、彼女の余命があと少しなことくらいアリシヤでもわかった。


「あ、はは…」


レジーナは天井を仰ぎ、笑った。

そして、フィアを手招く。

その頬に、手を添える。


「妹に…殺されるなんて…皮肉なものね」

「お姉さま」

「でも…娘に殺されるなんて…もっといやよ…」

 

アリシヤは息を呑んだ。


「ありがとう…私の可愛い妹」


フィアは頷いた。

そして、レジーナはアリシヤを向く。


「ごめんね…」

「え」

「醜い母で…ごめんね」


アリシヤは首を横に振る。

彼女の行いは残虐非道だった。

だが。だが、今だけは否定したい。

レジーナの碧い瞳に涙が溜まる。


「アリシヤ…お願いがあるの…」

「なんですか…」

「お母さんって…呼んで」


フィアの口から血が漏れる。

アリシヤは震える唇を開く。


「お母さん」

「…うん」


アリシヤはレジーナの手に自身の手を重ねる。暖かい手だった。


エレフセリアとレジーナで暮らした三か月があったという。

きっとこの手はアリシヤの頭を優しく撫でたのだろう。

この人は自分の母親だ。

今更になって実感として込み上げてくる。


「お母さん!」

「…うん、アリシヤ」


レジーナは微笑んだ。


「アリシヤ…。最後にお願い…」

「なに?」

「貴方は…世界を愛して」

「え」

「エレフセリア様の…ように…世界を」


アリシヤは息を呑んだ。

レジーナは誰よりもこの世界憎んでいたはずだ。

レジーナの目が閉じていく。

アリシヤは必死になって叫んだ。


「私、大好きだよ!この世界には大好きなものがいっぱいある!だからこの世界もきっと愛せる!愛してみせる!」


レジーナは小さく笑って目を閉じた。

聞こえただろうか。最後の言葉は。

アリシヤの目から涙が落ちた。


「さよなら。お母さん」


扉から、赤い面をした女が駆け込んでくる。


「レジーナ様…!」


アウトリタが剣を構える。だが、フィアが首を横に振った。

彼女は面を外すと、レジーナの亡骸にそっと寄り添った。


「カリーナ」


フィアが彼女に声をかける。


「…私はいつも間に合わない」


カリーナがぽつりと零した。

カリーナがアリシヤを振り返る。


「レジーナ様はなんと…?」

「世界を、愛せと」


アリシヤは答えた。カリーナは目を見開いた。

そして、涙の浮かんだ笑顔を見せた。


「そう…そうですか」


カリーナはもう一度視線をレジーナに移す。


「私は裏切者です。私は貴女を止めたかった。そんなことを言っても、貴女は許してくれないでしょうね。だから」

 

カリーナは、羽織っていたストールを脱ぎ、レジーナの顔にかけた。


「地獄で会いましょう。レジーナ様」


閲覧いただきありがとうございました。次回「終焉」です。残り二話。よろしくお願いします。

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