第十三章 終焉13-4
白く薄暗い一本道をひたすらに走る。
だが、その足は止まる。
先には一つの人影が見えたのだ。
「はい、ご苦労」
壁に背をつけ、こちらを見下す蒼い目。
「何で」
「いつかは来ると思ってたんだ。だから門兵をソーリドに頼んだ。あいつもスクードという手駒を欲しがってたからな」
リベルタは剣を抜いた。
アリシヤは唇を噛む。
そうか。門兵がソーリドだったのはリベルタの差し金か。
リベルタは震えるルーチェを見やると笑った。
「つれないなぁ、スクード。俺は続き、楽しみにしてたんだけど」
タリスが剣を抜いた。ルーチェの手を離し、アリシヤもそれに倣う。
「まあ、ちょうどいいか。アリシヤ、目の前で殺されて泣きわめくお前も見ものだな」
飄々と恐ろしいことを言うものだ。
アリシヤは剣を深く構える。
ここで殺されるわけにはいかない。
が、その手が後ろから抑えられる。
ルーチェの手がアリシヤの腕を握っている。
「ルーチェ?」
「貸せ」
「え」
「その剣を貸せ」
ルーチェの強い語気にアリシヤは剣を渡した。
ルーチェはふらりと前にでる。
「クズ野郎が…今、お前をここで殺して終わりにしてやる」
「あはは、良い殺気だなぁ。スクード!来いよ!相手してやるよ」
ルーチェは踏み込んだ。刃と刃がぶつかり合う音が狭い通路に響く。
ルーチェが、リベルタの首元を狙いに行った。
だが、それは簡単にはじかれる。
「おいおい、スクード。剣筋が読めるんだよ!?お前の剣はそんな感情的だったか!?」
「うるせぇ!!黙れぇぇ!!」
アリシヤでもわかった。ルーチェは今感情に支配されている。
リベルタはルーチェの剣筋を弄ぶように受け流している。
リベルタが本気を出せばルーチェは今すぐにでも負けてしまう。
だが、隣でタリスが踏み込めずにいるのがわかる。
二人の戦いは高度すぎるのだ。
下手に手出しができない。
ルーチェの大きすぎる振り。
「腹ががら空きだぞ、スクード?」
リベルタが剣を振った。
あの日と同じ光景だった。
「ルーチェっ!!」
アリシヤの目に涙が浮かんだ。
だが—
「ふう、何とか間に合った」
ルーチェとリベルタの間で、彼の剣を止める人物が一人。
茶色交じりのもふもふした白髪を一つにまとめた―
リベルタが目を見開く。
「あ、アウトリタ!?…一瞬のうちに老けたか!?」
アリシヤは悟った。この男、素で天然なのだ。
だがそんなことは、今はどうでもいい。
ルーチェの手を取り、リベルタから距離を置く。
タリスとラナンキュラスが並んでリベルタに剣を向ける。
ラナンキュラスが口を開く。
「タリス、スマン。檻の鍵、間違えて渡しておった」
「ああ、そうだな、ジジイ。でも今はそのことに感謝しかねぇよ」
タリスの言葉で気付いたのかリベルタがきょとんとする。
「え、あんた噂屋の爺さんか」
「そうだよ。勇者の坊ちゃんよ。さあ、タリス、行け」
ラナンキュラスがタリスの背を押す。
「ここは老いぼれに任せていけ。お前は嫁を守れ」
「でも」
後ろからの足音にアリシヤは振り返る。
そして声を上げる。
「クレデンテ様!?」
「はあ、久々に友人に会ったと思えば一緒に戦えと。老体に無理を言う」
「けどクレデンテお前もそれなりに鍛えてたんだろ?」
快活にラナンキュラスが笑う。
「まあまあですよ。さて、勇者様。ここは老いぼれ二人がお相手しますよ」
クレデンテとラナンキュラスが隣に並ぶ。
それは一枚の絵のようにとても様になっているものだった。
そういえば聞いたことがある。
かつてジオーヴェ家とサトゥルノ家。
両家の隔たりを超え、共に戦った剣聖の話を。
「さあ、走りなさい!若者よ!」
「ここはワシらに任せとけ!」
二人の言葉にアリシヤ達は走り出した。
***
扉を開ける。どうやらここは教会の地下らしい。
タリスが懐から地図を取り出す。
「うん、ジジイの地図には載ってないわ」
「ラナ爺さんは、サトゥルノ家ですもんね」
とりあえず地上を目指すことで意見は一致した。
だが、問題は残っている。
アリシヤは呟く。
「門兵はソーリド様」
「そして、勇者様とグル」
二人は顔を見合わせる。
ソーリドは強い。
乾いた笑いがこみあげる。
「私を置いていけ」
ルーチェが言った。
「なに言って―」
「あいつからは逃げられない。…私は言ったんだ。アリシヤの代わりにどうにでもしろと。対価だ。お前らが無理をする必要ない」
「ルーチェ、そんなこと言わないで!」
「そうよ!」
階段の上から、響いた声にアリシヤ達は振り返る。
「馬鹿ね。ここまで来て無策なんて」
「ロセさん」
ロセの横から小さく顔を出す人物。
「イリオス…?」
「付いてきてよ。城の外まで逃がしてあげるから!」
イリオスは笑った。
***
ロセとイリオスに導かれアリシヤ達は城の裏側へ回り込む。
「どうして二人が…」
アリシヤは驚きを隠せなかった。
ロセがふっとアリシヤを振り返る。
そしてその頬をぱしんと挟んだ。
「ふぎゃ!?」
「今は!とりあえず!城から抜ける!」
「ふぁ、ふぁい」
「あとで嫌って言うほど聞かせてあげるわ」
頬を開放されたアリシヤは首をかしげる。
「何をですか?」
「秘密!」
ロセはいたずらっぽく笑った。
見たこともない通路を通り、アリシヤ達は城の外へ抜ける。
そしてそのまま、路地を行きかいながらオルキデアまでたどり着く。
部屋に入る。
セレーノはもう近隣の村への避難を済ませている。
部屋はがらんどうだ。
「…勇者様来ないかな」
タリスが呟いた。アリシヤも同感だった。
ロセも黙った。
ルーチェに至ってはわざとらしく目を逸らした。
アリシヤは不安になる。
リベルタの狂気を垣間見たアリシヤにとっては来ないとは言い切れない。
「とりあえず、座ろうか」
タリスの言葉にそれぞれが席につく。
アリシヤはふっと息を整え、ロセ、そしてイリオスに頭を下げる。
「助けてくれてありがとうございます」
「ええ、そうね。感謝しなさい。そして立ちなさい」
「え、あ、はい」
立ち上がったアリシヤにロセが抱き着く。
ロセからの突然のスキンシップにアリシヤは戸惑う。
「え?え!?ロセさん!?」
「本当に無事でよかったわ」
ロセは安堵の声を漏らした。
アリシヤは不思議に思う。
「ロセさん。私を助けても何の得にもならないはずです。どうして助けてくださったのですか?」
「馬鹿」
「え」
「貴方と私は友達でしょう!?」
「へ…」
アリシヤはぽかんとする。
ロセはアリシヤから顔を逸らす。その耳は真っ赤に染まっている。
「友達を助けたいと思うのは当たり前じゃない」
ああ、確かにロセは自分を利用しようと近づいたのかもしれない。
それでも、ロセとの日々に嘘はなかったのだ。
アリシヤはロセを強く抱きしめた。
「ちょ!?何するのよ!?」
「ロセさん!大好きです!」
「な、なに…!?わ、私だって、好きなんだからね!!」
タリスがギリリと歯を食いしばったのが見えた。
そして、ロセはピースサインを出す。
ロセはアリシヤを離すと、いつものようにタリスとくだらない喧嘩を始める。
それが嬉しくってアリシヤは笑う。
それをじっと見つめる者がいる。
アリシヤは視線に気づき振り返る。
「イリオス…」
その先の言葉が続かなかった。
自分は、イリオスの大切な人を殺し、そしてイリオスはエルバの村での虐殺を率いた。
イリオスは俯いた。
「アリシヤ、ボク本当は知っていたんだ」
「…なんですか?」
「デイリアはアリシヤに殺されたんじゃない。デイリアは自分でアリシヤに刺されに行ったって」
アリシヤは息を呑む。
「ですが―」
「聞いて。アリシヤ」
イリオスは顔を上げた。その青い真摯な目にアリシヤは頷く。
「ボクはそれを見ていたはずだ。だけど、苦しくて苦しくて恨むものが欲しかった。それがアリシヤであってこの世界だったんだ」
「はい」
「でもね、アリシヤが叱ってくれたんだ」
イリオスは膝に置いた手を強く握りしめた。
「ボクの望んでいたものがあれじゃないってアリシヤは気づかせてくれた」
イリオスは懐からくちゃくちゃになった紙を取り出す。
イリオスはそれをアリシヤに開いて見せた。
アリシヤは息を呑む。
それはコキノの一族のデイリアの筆跡だった。
短い文章だった。
「『誰も恨むな』って『愛する人を見つけてくれ』って書いてあったんだ。ボク、アリシヤに叱られて、やっと、やっとそれを受け入れられたんだ」
イリオスが立ち上がり、アリシヤに抱き着く。
「アリシヤ。ボクまだ誰かを愛するとか分かんない。でも、アリシヤの事は嫌いだけど好きなんだ」
「…はい」
「デイリアを殺した。でも、あの時のアリシヤの顔を忘れられないの。鏡で見たボクの顔と一緒の顔だった。苦しくて辛い顔」
アリシヤはイリオスを見つめた。
どこか寂しそう笑顔。
自分も今そんな顔をしているような気がする。
イリオスは青い目をまっすぐにアリシヤに向ける。
「アリシヤ。一緒にいさせて。アリシヤと一緒なら何かがわかりそうなんだ」
アリシヤはそのクリーム色の髪を優しく撫でた。
「ありがとう。イリオス」
「うん」
「私からもお願いします。もし、私が道をたがえたら、今度はあなたが私を叱ってください」
「わかったよ」
イリオスが笑った。その表情を見て、アリシヤも笑えた。
イリオスの笑顔は暖かい笑顔だ。
コンコン、とノックの音が響いた。
皆がびくりと体をはねさせた。
タリスが剣を掴み、ルーチェは構えた。
だが、外から聞こえるのは間の抜けた声。
「えー、ファッジョだー。約束通り老いぼれを城から引き揚げてきたぞー。なんかおまけにもう一人老いぼれと優男ついてきたけど」
その声に、顔を見合わせて扉を開けた。
閲覧いただきありがとうございました。次回「なくならないもの」です。残り四話。よろしくお願いします。




