第十三章 終焉13-3
「タリスさん…」
「…」
「どうですか」
「…」
タリスが頭を抱えた。アリシヤも頭を抱えた。
ロセに呼び出されたこの機会に二人はルーチェ救出作戦を決行していた。
もともと夜間に城に入るには理由がいる。
特別な用がない限り入れない。
それをカルパがなんとか通してくれた。
夕刻のリベルタの言を思い出す。
ルーチェは直に狂う、と。
一刻も早く助けないといけない。
城の奥にそびえる今は使われない塔。
かつて、教会が自衛権を持っていた頃に使われていた牢だ。
今は用無しとなり、使われていない。
リベルタは言っていた。
国の管轄ではなく、リベルタ自身がルーチェを管轄すると。
その言葉からラナンキュラスは推測した。
塔の牢は、権力者が時に秘密裏に罪人を括り付ける場でもあった。
勇者であるリベルタが使うならこの塔だろうと。
塔に入る。壁一面の牢。
小さくて狭くとても人間が入れられていたとは思えない。
こんなところにルーチェが入れられていると思うとぞっとする。
「アリシヤちゃん。こっちだ」
タリスの言葉にアリシヤは頷く。
塔の中で一番堅牢な場所。それは、地下牢だという。
隠し事をするにはぴったりだとラナンキュラスは言った。
地下への扉を開け、階段を下っていくと、廊下に出た。
土臭く湿っぽい。左右にある牢は空っぽだ。
だが、一番奥に扉があった。
アリシヤとタリスは顔を見合わせて頷く。
最深部にある鍵付きの牢。そこに幽閉されているだろう。
ラナンキュラスは言った。
そして、したり顔で彼は物置から古びた鍵を取り出した。
「なんと、そこの鍵がここにある」
だが、お分かりのとおりである。開かない。
「ジジイがこの城を出てもう数十年だもんな」
「鍵ぐらい変わりますよね」
「扉破るか」
「鉄ですよ」
アリシヤは扉を強く押してみるがびくりともしない。
みしりと小さく音を立てただけだ。
その時、中から小さな音がした。金属の音だ。
アリシヤははっとした。
「ルーチェ?」
呟いたその口をタリスにふさがれる。
タリスが人差し指を立てる。
「誰か…来てる」
小さくタリスは言った。アリシヤは戦慄した。
来ると言えばリベルタか。
いや誰であれここにいることがばれるのは困る。
だが、ここは塔の最深部。逃げ場はない。
アリシヤは剣の柄を握った。
階段を下る足音が近づいてくる。心拍数が上がる。
ここで切り捨てられるわけにはいかない。
手に力がこもる。
「え、ええ!?」
近づいてきた人物が素っ頓狂な声を放つ。
アリシヤは目を見張る。そして向こうも目を見開いている。
「アリシヤ。タリス君?」
階段を下りてきたのはフィアだった。
まごつくフィア。そして焦るタリス。
「ふぃ、フィア女王!?どうしてこんなところに」
「それはこっちのセリフだわ!」
そういってフィアは口元を押さえる。
上をうかがうと、いつものドレスとは違うラフな服のポケットから鍵を取り出した。
「中で話しましょう」
***
重い扉の鍵が開いた。
中には牢が一つ。広い牢だ。
その隅に小さくなって震えている人物が目に入る。
「ルーチェ…?」
声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。
そして、落ち着きなくアリシヤ、タリス、フィアを見つめる。
か細い声でルーチェは尋ねた。
「リベルタは…?」
「いないよ。大丈夫」
「本当に…?」
弱り切ったルーチェの声。アリシヤの胸が詰まった。
こんなに追い詰められたルーチェは見たことがない。
記憶の中の彼女はいつも堂々としていた。
おそらくリベルタに対する恐怖が彼女を臆病にさせているのだろう。
フィアが牢の前に吊るしてあった鍵を取り、開く。
「スクード。いえ、ルーチェ。出てきなさい」
ルーチェはフィアの言葉に恐る恐る牢から出てくる。
そして、牢から出てきたルーチェの枷をあっという間に外すと、フィアはルーチェに抱き着いた。
「ごめんなさいね。助けに来るのが遅れて」
言うべき言葉を取られてしまった。
アリシヤはその光景を呆然と見守る。
フィアがぽかんとしているアリシヤを見つめる。
そして、何か思い出したように、ポケットから髪留めを取り出し、頭の上で一つにくくる。
「アリシヤ。今の私は女王ではない。貴方の味方よ」
「はい。ありがとうございます。フレアさん」
タリスがきょとんと首をかしげた。
アリシヤとフィアは顔を見合わせて笑った。
「とりあえず」
フィアは咳払いし、そして、ルーチェの手を握る。
「大丈夫?ルーチェ。貞操は奪われていない!?」
「はい!?」
フィアの言葉にアリシヤは飛び上がる。
「ど、どういうこと!?ルーチェ!?」
「カリーナから報告が来たの。ルーチェの貞操が危ないって」
「カリーナ…?」
アリシヤは耳を疑う。
その名は確か。
「エーヌの民との内通者よ」
アリシヤは息を呑む。
カリーナはレジーナの側近であったはずだ。
彼女が内通者だったのか。
衝撃は大きい。
だが、今はその情報よりも重大なことがある。
「貞操が危ないって…それって勇者様…?」
ルーチェは震えるばかりで何も答えない。
代わりにフィアが強く頷いた。
タリスが、うわぁと呻き、アリシヤはこぶしを握る。
「あの人、これは本当に許されない」
あまりの怒りに握った拳が震えた。
そんなアリシヤの服の裾をルーチェが小さく引いた。
「ルーチェ?」
「お前は狂ってないか?」
「へ?」
「真実を知ったんだろ…」
小さな声でルーチェは聞いた。
アリシヤはルーチェを見つめ頷く。
「知った、知ったよ。ルーチェ」
「お前は、大丈夫か?父さんみたいに、兄さんみたいに、リベルタみたいに…!狂ってしまわないか…?」
縋りつくようなルーチェの目。
確かに絶望に打ちひしがれた。それでも、アリシヤは立ち上がった。立ち上がれた。
アリシヤは強く頷く。
「狂わない。狂わないよ。だって私大好きなものがたくさんあるからね」
「大好きなもの…?」
「うん。聞いてほしい。この一年でたくさんできたんだ」
アリシヤはルーチェに抱き着いた。
「そして昔から変わらない。私はルーチェが大好き…!それさえあれば私はきっと狂わない」
それは本心だった。
どれだけ、他人から侮蔑の目で恐怖の目で見られても、ルーチェがいてくれた。
ルーチェが大好きだった。だからアリシヤはここまで歩んでこれた。
「…っ!よかった…、よかった…!」
子供の様に泣きじゃくるルーチェをアリシヤは抱きしめた。
そうか。ルーチェは見てきたんだ。この国の真実を知った人間たちを。
リベルタが言っていた真実を知った人間の末路を。
フィアが小さく息をついた。
「ありがとう。アリシヤ」
アリシヤはフィアを振り返る。
フィアは微笑んだ。
「真実を知った貴方は、私達をなじってくれてもよかった。裏切ったってかまわなかった。でも、貴方は戻ってきてくれた」
アリシヤは首を横に振る。
「私は抗うために戻ってきました」
「抗うために?」
「ええ。抗うために従います」
「そう」
フィアは小さく笑った。
アリシヤは先ほど聞いたことを思い出す。
アリシヤは意を決して尋ねる。
「フレアさん。私は殺されるのですか」
「…」
「勇者様に殺される。そういうシナリオだと」
フィアは頷いた。
涙を流していたルーチェが顔を上げた。
「そんなことは―」
「でも」
声を荒げたタリスを遮り、フィアが言う。
「でも…私もシナリオに抗ってみたいの」
「え…」
「ふふ。アウトリタは嫌がるだろうけど。貴方に会って心が決まったわ」
フィアが立ち上がる。
後ろに手を組みくるりと回った。
「私も好きなものがたくさんあるわ」
歌うように彼女は言った。
「私、ディニタが大好きなの。彼が死んでも尚」
フィアが振り返り、ルーチェに歩み寄る。
ルーチェの頭に手を伸ばし、優しく撫でる。
「その彼が命を賭してまで守りたかった妹。貴女のこと」
ルーチェが目を見開いた。
そして、今度はアリシヤを振り返る。
「私の大切な友人エレフセリア、そして今は道をたがえてしまったけど、大切な姉レジーナの子。貴方のこと」
フィアが大きく手を広げた。
「そして、私はこの国が、この国の皆が好き!」
清々しい笑顔でフィアは言った。
「捨てて楽になることはできる。でも、私は守りたいの。それに今更ながら気づいた」
フィアがアリシヤに手を差し伸べる。
「アリシヤ、ありがとう。貴女と一度お話をして私も考えたの。これが私の答えなの。もしよろしければ協力してくれる?」
「喜んで」
アリシヤはフィアの手を取った。
「さあ、時間がないわ」
フィアが立ち上がった。
入ってきた扉とは違う、奥の扉を指さす。
「あの勇者が来るかもしれない。逃げ出して」
タリスとアリシヤは頷く。
アリシヤはルーチェに手を伸ばす。
「行ける?」
「…ああ」
アリシヤの手を取り、ルーチェは立ち上がった。
アリシヤはその手を離さなかった。ルーチェの手がひどく震えていたからだ。
「アリシヤ?」
「ルーチェ。久しぶりに手を繋いで歩きたいな」
ルーチェは目を見開いた。
「ありがとう。アリシヤ」
扉を開く。そこは真っ白な薄暗い通路だった。
「この道は教会の地下につながっています。命運を祈ります」
「ありがとうございます。フィア女王―いえ、フレアさん」
フィアは優しく微笑んだ。
「アリシヤ。次に会う時、私はフィア。貴方に冷酷な指示を出すかもしれない」
「分かっています。それでもあなたの今日の言葉を私は信じています」
「…ありがとう」
アリシヤとタリス、ルーチェは走り出した。
閲覧いただきありがとうございました。次回「逃走と再会」です。残り五話。よろしくお願いします。




