第十三章 終焉13-1
襟を正し、アリシヤはふっと息を吐く。
「行ける?」
「いつでも、大丈夫です」
隣のタリスの言葉にアリシヤは深く頷いた。
見慣れた城の門を見上げる。アリシヤ達は足を踏み出した。
二人の生還に城の者たちは驚きの声を上げた。
アリシヤとタリスが、ラナンキュラスの家に身を隠して二日が経とうとしていた。
二人は、エーヌの民に襲われ、行方知れずとされていた。
「よく戻ってきたな」
リベルタが二人を笑顔で迎える。
ラナンキュラスの家まで追及が伸びなかったのは、おそらく彼の計らいだろう。
アリシヤはその笑顔を見据え、放つ。
「戻ってきました。やるべきことがあったので」
「そうか。それは、楽しみだ」
リベルタの目が鋭さを帯びた。
負けるわけにはいかない。アリシヤはその瞳を睨み返した。
リベルタがきょとんとした後、小さく笑った。
「本当に楽しみだなぁ」
嘲笑うようなその笑いにアリシヤは何も返さずに、要件を告げる。
「エーヌについて私が得た情報、それを聞いていただきたい」
「わかった。アウトリタにも聞いてもらおう」
リベルタと共に、アリシヤとタリスは政務室に向かった。
政務室までの道のり。
皆、無言だ。話すべきことはない。
覚悟は決まっている。だが、心臓は早鐘を打つ。
ここまで来てしまった。退路は防がれた。
今からアリシヤは自身の脚で物語に組み込まれに行く。
だが、それは自分の意志だ。
誰かに動かされるのではなく、自分で動くんだ。
アリシヤは己に言い聞かせる。
「アリシヤ」
自身を呼ぶ声にアリシヤは振り返る。
久しぶりに見るその猫のような青い瞳。
「ロセさん」
「無事に帰ってきたのね」
ロセは安堵の表情を浮かべた。
それがアリシヤにとっては意外だった。
ジオーヴェ家のロセにとって己は利用すべき対象でしかないはずだろう。
ロセはアリシヤに近づくとアリシヤの手を握った。
アリシヤはハッとする。
その手から小さな紙を受け取った。
「ロセさん、悪い。急いでるんだ」
リベルタがそう言った。
ロセは短く、わかりました、と答えるとその場を去っていった。
その背をアリシヤは見送った。
小さな紙きれ。
それをリベルタに見られないようにアリシヤはポケットに入れた。
政務室の重厚な扉を開ける。
「失礼します」
アウトリタの鋭いまなざしがアリシヤ達を迎える。
そして、もう一人。アリシヤは目を見開いた。
「待っていたわ」
フィアは悲しそうに笑った。
中央の席にいつも通り座ったアウトリタ。
その机の横に置かれた椅子に、フィアは手を重ねて座っている。
フィアの碧い目がアリシヤを見つめる。
「さあ、あなたが言いたいことを言って」
彼女の言葉にアリシヤは頷き、口を開く。
「エーヌの民の長は慰霊祭の日に、この王都に攻め込んできます」
フィアが目を見開いた。アリシヤは続ける。
「信じられない話かもしれません。ですが、信じていただきたい」
「どうして?」
「え?」
思わぬ問いにアリシヤは疑問の声を漏らす。
フィアはその瞳に戸惑いを映しながら、アリシヤに尋ねる。
「貴女はこの国を守ってくれるの?」
「はい。この国には私の大好きなものがたくさんありますから」
アリシヤは迷わずに答えた。
わずかな沈黙が訪れる。
フィアが小さくため息をついた。
「あなたはやっぱり、エルフセリアの子ね」
「え」
「いいでしょう。信じます。アウトリタ」
フィア女王はアウトリタに命じる。
「貴方に命じます。エーヌの民からこの王都を、国民を守りなさい。誰一人、死なせはしないわ」
「承りました」
アウトリタは恭しく頭を下げた。
席から立ち上がると、アリシヤ、タリス、リベルタに言った。
「会議を行う。お前たちも出席するように」
「かしこまりました」
政務室から会議室に移るアリシヤ達。
フィアも同行する。
アリシヤの後ろに立ったフィア女王。
後ろからそっとアリシヤに囁いた。
「ありがとう」
その感謝の意味はアリシヤには分からない。
だが、皮肉でも何でもない感謝に感じた。
アリシヤは小さく振り返り、碧い目を見ながら頷いた。
フィアは柔らかく笑った。
会議が終わる。
会議は酷くスムーズに進んだ。
アリシヤは気付いた。
おそらく慰霊祭の日にエーヌが来ることはもう、国は知っていたのだろう。
リベルタの言っていた内通者によって知らされていたようだ。
だが、無意味ではなかったようだ。
アリシヤは深く息を吸った。
自分がいることでこの作戦は動くようだった。
そう、リベルタの言った通りアリシヤを大英雄に仕立て上げるためだ。
真実を知ったアリシヤにはそれが理解できた。
抗うのだ。
アリシヤは心に誓う。
そのために従うのだ。
アリシヤはまっすぐに前を見つめた。
そこからは、住民の避難作業が始まった。
エーヌの民はこの王都を襲ってくる。
そのため住民を近隣の村や町へ避難させるのだ。
タリスとアリシヤは、住民への勧告と誘導を受け持った。
その担当区域にはオルキデアも入っていた。
久々にオルキデアの扉をくぐる。
セレーノは目を見開いた。
だが、彼女は何も聞かず、何も言わず、二人を抱きしめた。
それだけで十分だった。
アリシヤはセレーノの腕の中で目を閉じる。
自分の大好きな人。守りたいもの。
奪わせない。きっと。
そして―
アリシヤは隣を見る。
タリスが頷いた。
「姉さんは、俺と、そしてアリシヤちゃん。俺たちで守ってみせるよ」
タリスが言った。
セレーノはその言葉に一瞬驚いたようだったが、その後、笑顔を見せた。
「よかった。タリス、隣にいてくれる人を見つけたのね」
タリスははにかんだ。
セレーノがアリシヤの手を取る。
「私の自慢の弟なの。タリスのことをお願いね、アリシヤちゃん」
「はい!」
アリシヤは力いっぱい答えた。
そう、奪わせない。何も諦めきれない。
今はそれを分かち合える人がいる。
だから、進めるのだ。
慰霊祭まであと二日。
***
次の日も、アリシヤ、タリスは住民の避難作業に尽力した。
終業後、リベルタが城の門まで見送りに来た。
いつものことだが、監視されているようで落ち着かない。
日はずいぶん高くなった。
もう六時を回るというのに、まだ薄暗い程度だ。
空気も柔らかい。春の薫りがした。
リベルタは言った。
「スクードはもう直に狂う。手遅れだ」
小さな声だった。
アリシヤは息を呑んだ。
「じゃあな、アリシヤさん。タリス」
そういって、リベルタはいつも通り手を振った。
アリシヤはその姿を睨んで踵を返した。
タリスは小さく会釈した。
タリスがぽつりとつぶやいた。
「全部、嘘なのかな」
「え?」
「あの人のすべてが嘘なのかな」
それはアリシヤには分からない。
タリスとて、そこに答えを求めていたわけではなかろう。
リベルタの姿が見えなくなると、アリシヤはポケットに入った小さな紙を取り出す。
「なにそれ?」
「ロセさんから頂いたんです」
ロセという言葉を聞き、あからさまに顔をしかめたタリス。
その様子がなんだか、平和な日常を思い出して、アリシヤは小さく笑った。
そして、その紙を広げる。
「どれどれ」
アリシヤは紙の言葉に息を呑んだ。
が、タリスは横で指を鳴らした。
「こりゃいい」
「へ?何がですか?」
「アリシヤちゃん。善は急げ、だ」
タリスはウインクした。
相変わらずの顔の良さに圧倒されながら、アリシヤは首をかしげた。
閲覧いただきありがとうございました。次回「ロセの思い」です。よろしくお願いします。




