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第十二章 答え12-4


仕切りだけがある小さな部屋。

ベッドだけがある簡易な部屋だ。

アリシヤはベッドに座る。


「アリシヤちゃん」


仕切り越しにタリスの声が聞こえる。


「なんですか?」


アリシヤはベッドのふちに手をかけ、足を伸ばす。


「いや…」


タリスの言葉が切れた。

沈黙が訪れる。


「この部屋、俺と姉さんが使ってた部屋なんだ」

「そうなんですか」

「そう。アリシヤちゃんが使ってるのが姉さんの部屋だった」


また、沈黙。


アリシヤはベッドに深く手をついた。


「タリスさん。私はすべてを失いました」

「アリシヤちゃん?」

「英雄という地位も、勇者様という信頼できる人も…ルーチェですら信頼できるか分からない」


天井を見上げため息をついた。


「タリスさん、あなたが私を認めてくれるから、私はいる。私はたったそれだけの存在で、私は…なんなんでしょうね」


苦笑した。

自分を形作っているのは、周りの人だと思っていた。

リベルタの部下で、ルーチェの大切な人で、セレーノとタリスの家族、そしてロセの友達。

ほとんどを失った。


そして、ずっと子供のころから思っていた。

自分は化物なのではないか。

それすら否定された。

それは嬉しいことのはずなのになぜか胸に穴が開いたような気がした。


「アリシヤちゃんはアリシヤちゃんだよ」

「そうですかねぇ」


タリスの言葉にアリシヤは適当な答えを返す。

なんだか納得できない。

タリスが言葉を投げかけてくる。


「勇者様の部下じゃなくても、英雄じゃなくても変わらないこともあるだろ?」

「どうでしょう…?」


アリシヤは考える。

変わらない事。

あるのだろうか。

こんなに世界が変わってしまった今でも変わらない事。

自分が赤い目で、赤い髪であること。

確かに変わらない。


だけど、そうじゃなくて。


ああ、そうだ。自分の中身だ。


真実を知ってしまった。

真実を知ったことで自分が変容してしまったように感じた。

アリシヤの中で、世界は反転してしまった。

美しいものも、醜いものも何が本物で何が偽物なのだろうか。

分からない。怖い。


「アリシヤちゃん。そっち行っていい?」

「…どうぞ」


タリスが仕切りを抜け、こちらに入ってくる。

アリシヤが座るベッドに、タリスも腰を掛ける。


「勇者様、怖かったな」


タリスがぽつりと言う。

アリシヤは教会での出来事を思い返し、頷く。


「本当に…ホントに怖かったです」

「…あの時、助けに行けなくてごめんな」


タリスが申し訳なさそうに言った。

あの時、タリスは壁越しにいたのだ。

だが、リベルタへの恐怖に負けて出てくることができなかったのだ。

アリシヤは小さく笑う。


「あそこで助けに来てくれたら本物の王子様みたいだったのに」

「ごめん、俺はそんな器じゃなかったみたいだ…」


タリスがうなだれた。

アリシヤは首を横に振る。


「冗談ですよ。それに、助けに来てくれたでしょう?」

「でも…」

「こうやって隣にいてくれるのが、どれほど嬉しいか…。あ」


アリシヤは気づいた。


「あった…」

「え?何が?」


タリスが首をかしげた。

アリシヤは思わず立ち上がり、タリスの手を取る。


「ありましたよ!タリスさん!」

「へ?」


確かに自分は真実を知ることで変わってしまったのかもしれない。

真実によって崩れた人間関係もある。


だけど、あった。

変わらないものはここにあった。


アリシヤの口から心からの言葉がこぼれる。


「私は、タリスさんが大好きです!」

「へ!?」


アリシヤは嬉しくなって、タリスの手を取りくるりと回る。

タリスは目をぱちくりとさせている。


「私は、セレーノさんが好きです」

「うん」

「セレーノさんの作る料理が好き」

「そうだね。俺も」

「街の人が好き」

「うん」

「ルーチェのことも好き」

「ああ」


アリシヤはタリスに抱き着いた。


「タリスさん!私の好きは変わらない!どれだけ世界が変わったって、私が好きだと思っていることに嘘はないんです!」


タリスをぎゅっと抱きしめた。

暖かくって、嬉しくって、そして、急に我に返る。


「あ、えっと…はい」


冷静になった。手で顔を覆う。


「すいません、えっとちゃんと変わらないことありました。以上です…」


真っ赤に顔を染めるアリシヤを今度はタリスが抱きしめる。


「あはは!アリシヤちゃん、君って人は…!」


タリスが腕の力を緩め、アリシヤを少し離し、顔を見つめる。


「俺も好きだ。アリシヤちゃん」


緑の目がまっすぐにアリシヤを見つめる。

そして、タリスはアリシヤの手を握る。

その手は暖かくそして頼もしかった。

アリシヤもタリスの目を見つめ返す。


「タリスさん。私、自分の好きなものを諦めたくない」

「うん、俺もだ」

「私のわがままに付き合っていただけますか?」

「違うよ。俺たちのわがままだ」


そういってタリスははにかむ。

アリシヤの目じりに涙が浮かぶ。


この人に出会えてよかった。


「一緒に行こう。アリシヤちゃん」

「よろしくお願いします」


アリシヤとタリスは笑いあった。 


***


深夜。


アリシヤとタリスはラナ爺の部屋をノックする。


「ラナ爺さん。遅くに申し訳ありませんが」

「大丈夫。起きてるよ」


扉が開いた。ラナ爺は椅子に座り、何かを考えていたようだった。


「心は決まったか」


ラナ爺の言葉に、アリシヤは頷く。


「私たちは、抗います」

「え」

「私たちは、この国に抗います」


それが二人の出した答えだった。

ラナ爺はその茶色の目を見開いた。

一瞬俯き、そして笑った。


「あっはっは…!!そうか、そうか!!」


ラナ爺がタリスを見つめる。

そして。穏やかに笑ったように思えた。


「大きくなったなタリス」


ラナ爺が立ち上がった。


「少し待ってろ。準備を整える」


そういってラナ爺は二人に座るように促し、部屋を出ていった。


***


十数分後。


「待たせたな」


そういって、眠そうな目をこすっているファッジョとともに現れたのは―


「誰?」


アリシヤとタリスは同時に声を上げた。

体格のいい初老の男性。まとめた白い髪は、その男らしい顔に似合っている。

男性は笑う。


「あはは、分からんかタリスー、アリシヤ君ー」


ラナ爺だ。おそらく、この声はラナ爺だ。

そうか髭を剃ったのか。

アリシヤは口をぽかんと開ける。


「劇的ビフォーアフター…」


タリスが頭を押さえ苦笑する。


「まじかぁ…ジジイ、嘘だろ?」


ラナ爺が快活に笑う。


「さあ、さっぱりもしたし、作戦会議だ。ファッジョ、地図を出してくれ」

「へいよ」


ファッジョが、机の上に地図を開いた。それは城の設計図だった。

タリスとアリシヤは目を見開く。


「ジジイ、本当に何でこんなもん…」

「ワシは城で仕えていた」


ラナ爺は言った。


「信じられんかもしれんが、これでも高貴な家の生まれでな」

「嘘だろジジイ」

「本当だ。ワシは、サトゥルノ・ラナンキュラス。サトゥルノ家の直系だ」


アリシヤは、ラナ爺、いや、ラナンキュラスの瞳を覗く。

茶色の瞳。

見たことがある。その鋭さ。


「サトゥルノというと…アウトリタ様の家ですね」


アリシヤの言葉にラナンキュラスは頷いた。


「そう。アウトリタ様は赤子のころから知っている。なぜなら甥っ子だからの」


ラナンキュラスは懐かしそうに目を細めた。


サトゥルノ家の次男に生まれたラナンキュラス。

物語の重要な役割を担うサトゥルノの家では、成人になると、この国の真実を親から伝えられる。

ラナンキュラスも初めは戸惑った。

受け入れがたい真実だった。

だが、ラナンキュラスは諦め、受け入れることにした。


「こんな大きなものに逆らえるわけがない。そう思ったんだ」


だが、ラナンキュラスの兄・オルゾは違った。


「抗おう」


結婚し、子供がいたオルゾ。

オルゾは自分の子供であるアウトリタに、この物語を引き継がせたくはなかったらしい。

オルゾは、奮闘した。城の中で、物語反対派を増やし、なんとかこの物語を終わらせようと。


だが、一五年前に魔王が現れる。


「知ってるだろ?サトゥルノ家は魔王の軍勢によって多くの人間が殺された」


それは、物語賛成派の者の仕業だった。


混乱の中、ラナンキュラスは死んだオルゾとその妻の横で、呆然と立ち尽くしている少年を見つけた。

アウトリタだった。

だが、その手を引くことはなかった。

ここで死んだ方がきっと幸せだろうと思ってしまった。


「そして、ワシは逃げた。逃げて逃げてこの名無しの街に逃げ込んだ」


アウトリタはその後、国の者に保護されたと聞く。

そこから立派に育ち、今では国を率いるものとなっている。

オルゾの願いはかなわなかった。

アウトリタはこの国の物語に深く関わっているだろう。


「後悔している」


ラナンキュラスは呟いた。


「ワシは兄のようにこの国に立ち向かう勇気はなかった。それどころか一人の子を救うことさえ疎んだ。自分の意気地なさがいやになる」


ラナンキュラスは机の上の地図に手をやった。


「いつか、兄の敵を討とうと噂を集め、いつかいつかとずっと思い続けてきた」


首を横に振り、ラナンキュラスは言う。


「心のどこかではわかっていた。いつかはもう来ないと。だが—」


茶色の瞳がアリシヤを見据える。


「君達は抗うのだろう?この国に」

「ええ」

「もちろん」


アリシヤは、そしてタリスは頷いた。


「いい。だったら、ワシの知っていることもの、全て授けよう」

「ありがとうございます」


アリシヤは頭を下げた。


そこから、タリス、ラナンキュラス、ファッジョとともに作戦会議に入る。

作戦と言っても簡単なものだ。だが、ラナンキュラスの城の知識は非常に役に立った。

話がまとまるころには、外は明るくなっていた。


「どうだ?いけそうか?」


ラナンキュラスの言葉にアリシヤは強く頷いた。

恐怖はぬぐえない。失敗だって考えられる。

わかってる。


でも―。


アリシヤは空を仰いだ。

雨が上がった春の空は澄み渡っていた。

深く息を吸う。


自分の中に見つけた答えを胸に。

そして。アリシヤは隣を振り返る。

タリスが笑った。

共に歩んでくれる仲間と共に―


アリシヤは動き出す。



閲覧いただきありがとうございました。次回より最終章である第十三章「終焉」が始まります。よろしくお願いいたします。

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